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Winny開発者逮捕のせいで日本は遅れを取ったの?

Winny開発/提供者の金子勇さんに対する著作権法違反幇助裁判で、最高裁が上告を棄却し、無罪が確定したとのこと。

「Winny」開発者の無罪確定へ、最高裁が検察側の上告を棄却 -INTERNET Watch

ソフトウェア開発、提供者の責任が無理やりに拡張されずに済んだことを喜びたい。

この報道に関連して、この事件のせいで日本のP2P技術、ひいてはソフトウェア開発全体が萎縮した、との声がある。まぁ、今に始まったことではないのだけれども。

最高裁で、Winny金子勇氏の無罪が確定した。[…]ここに至るまでの7年は長すぎた。日本のP2P技術は、もう壊滅してしまった。

[…]Winnyクラウド・コンピューティングの先駆だった。転送するファイルを途中のノードに蓄積して負荷を分散する技術は、その後の海外のP2Pクライアントにも使われ、SkypeP2Pによって低価格の電話を実現した。

しかし京都府警は世界で初めてソフトウェア開発者を逮捕し、日本からP2Pソフトウェアは姿を消した。Lessigも「日本の先進的なブロードバンド産業を萎縮させる」と懸念していたが、日本からは検索エンジン音楽配信システムもなくなった。

池田信夫 blog : Winny事件で日本が失ったもの - ライブドアブログ

このあとの結論には同意したいが、上記の意見については同意できないかなぁ。

P2Pに貼られたレッテル

P2P技術の開発・研究が壊滅、萎縮したのだとしても、この件のせいというよりも、「P2P」に貼られたネガティブなレッテルのせいではないかと思う。

P2P」にネガティブなイメージをもたらしたのは、Napsterを始めLimeWireKazaaWinMX、Ares Galaxy、eDonkeyBitTorrentなどのP2Pファイル共有ソフトと、その使われ方であった。これは日本だけに限らず、世界的にそう。あたかも「P2P」という言葉が「P2Pファイル共有ソフト」の略称であるかのように扱われるようになった。そしてその文脈は大抵が著作権侵害に関わるものであった*1

結果、P2Pファイル共有における著作権侵害に起因したネガティブなイメージによって、P2P技術を用いた、というだけで不安がられたり、嫌われたりすることになった。世界的に。

もちろん、日本固有の事情もある。最も影響が強かったのはウィルスによる情報漏えい問題だろう。逮捕がなければ対応できていたはず、とも言われそうだが、著作権侵害と同様に結局はいたちごっこになっていただろう。

いずれにしても、P2Pファイル共有ソフトに関わるネガティブなイメージが、P2P全体に向けられてしまったのだと思う。

日本は遅れてる?

海外を見ろ、人気のSkypeP2Pを使っているぞ、なのに日本は…、というようなことも言われるが、これについても同意しがたい。

よいP2Pの代表格*2として持ち出されるSkypeだけれども、その核となる技術の1つ*3ファイル共有ソフトKazaaからのもの。

では、Kazaaがどのような運命をたどったかというと、一時は世界で最も利用されたP2Pファイル共有ソフトとなったが、本国オーストラリアの著作権侵害幇助訴訟で敗訴し、米国での対RIAA訴訟でも事実上の敗北となる和解を結んだ*4。また、Napster、Aimster、Grokster、LimeWireなども、権利者側から起こされた著作権絡みの訴訟に軒並み敗訴し、WinMXなど訴えられなかったところもソフトウェアの提供やサービスの停止に至った。

民事と刑事、対企業と対個人とでは、インパクトが異なるのだろうが、P2Pファイル共有ソフトウェアに対する逆風は、日本だけのものではないように思われる*5

この事件の実際の影響

ここまでは、「P2P技術の開発・研究が壊滅、萎縮したのだとしても」という仮定でのお話だが、では実際にどのような影響がもたらされたのだろう。

個人的な意見として、ホビーも含めたソフトウェア開発・提供者が利用者の行為の結果責任を負わされるんじゃないかという漠然とした不安が広まったとは思う。ただ、これも私個人の想像にすぎない。実際に開発、研究に携わる人たちが、この事件をどのように受け止め、その結果どのように行動に影響したか、また周囲がどのようなリアクションをとり、その結果環境がどのように変化したのか、を聞いてみないことにはわからない。

逮捕から数カ月後、日本ソフトウェア科学会が開催した「P2Pコンピューティング−基盤技術と社会的側面−」と題したチュートリアルでのパネルディスカッションでは、研究者らがこの件について議論をしている。

 司会を務めた産総研の首藤一幸氏は、「私個人に関して言えば、研究という観点でブレーキがかかったという事実はない」と述べたほか、科学技術研究機構の阿部洋丈氏も「論文でP2Pアルゴリズムなどをテーマにするのは引き続きセーフだと思うし、影響が出ているとは思っていない」と語った。阿部氏はP2P技術を利用した完全匿名型プロキシーシステム「Aerie」を開発したものの、結局そのコードは現時点で非公開のままとなっているとして、その背景にはWinny事件だけではなく、2002年12月に判決が出た「2ちゃんねる動物病院事件控訴審」で被告(2ちゃんねる)側の主張が全て退けられたことや、2003年11月にヤミ金融業者向けに顧客管理ソフトを開発したプログラマーが逮捕された事件など、複数の要因が重なっていると述べ、開発者の法的リスクを高めている要因はP2P技術以外にも数多くあることを訴えた。

 一方、NTTサービスインテグレーション基盤研究所の亀井聡氏は、「Winny事件以後、研究予算の申請時に『P2P』という言葉が入っていると予算がつきにくくなった」「聞いた話だが、昨年まで科研費の申請で題名に『P2P』とついていた研究の多くが、今年の申請では『Overlay Network』とか『グリッド』とかに題名が変わっているらしい」と語り、事件によりP2Pという言葉にマイナスイメージが伴ってしまった結果、研究への影響が多少なりとも出ているという見解を示した。

 会場からも、「阿部氏のソフトが非公開になったことで、同ソフトを使ったユーザーがインスパイアを受けて、さらなる新しい技術を開発するといった可能性が失われてしまったと考えると、やはり研究にブレーキがかかっていると考えるべきではないか」といったコメントがあるなど、少なくともソフトウェアの研究開発にあたって法的リスクの与える影響が大きくなっていることは確かといえる。ただ、そのリスクのうちどの程度をWinny事件の影響が占めるかといった点については、参加者の見解が分かれているという状況だ。

Winny作者逮捕がP2P技術の研究者に与えた影響

影響はない、あるとしても複合的な要因の1つ、研究費の申請に影響した、俯瞰的に見れば萎縮の影響は大きいのでは、など意見が割れている。事件からそれほど時間が経っていない時期の議論ということもあり、それから7年の歳月を経た今、実際にどのような結果をもたらしたのかという議論も聞いてみたいところではある。

結論

実際の影響については保留にした上で、私個人の意見としては、他国を引き合いに出して、日本ではこの事件のせいで研究、開発が萎縮したと強調できるほど、国内外の状況が異なっていたかという点については疑問に思う。

もちろん、日本と海外との間には環境の違いがあるのは確かだろう。たとえば米国には、ベータマックス判決を含むフェアユースDMCAセーフハーバーなどがあり、日本に比べて突っ込んだことがしやすい土壌がある。リスクに対する価値観の違いもあるだろう。ただ多種多様な要因が影響しているのであり、この事件を取り上げてことさらに強調するのは無理があるように思う。

また、P2P技術に今でもつきまとっているネガティブイメージは、P2Pファイル共有(ソフト)を使用した海賊行為、それに加えて日本では情報漏えいに起因するところが大きく、P2P技術の開発、研究環境に影響を与えた要因を考える上で無視できないものではないかとも思う。

余談

WikipediaWikiって呼ぶな」界隈の方には、「P2Pファイル共有を指してP2Pって言うな」という言葉もお勧めしたいと思います。

*1:私のブログ名や扱っている話題もその誤解を促進してそうなので、大変申し訳なく思っております…

*2:「よい」というのはあくまでも皮肉です、念の為。

*3:スーパーノード

*4:Kazaaを運営していたSharman Networksは著作権フィルタリングの実装またはサービスの停止、1億1500万ドル朝の賠償金の支払いに応じた。その後、Kazaaは売却され、Napsterよろしく音楽サブスクリプションサービスとして生まれ変わり、名前だけが残った。

*5:ちなみに、日本ではP2Pファイル共有ソフトファイルローグを開発・提供していた日本MMOが民事訴訟で敗訴している