昨年4月5日、南アフリカの小惑星地球衝突最終警報システム (ATLAS) によって19等の彗星が発見されました。これがアトラス彗星(C/2024 G3)です。軌道計算によれば、太陽に0.09天文単位まで接近することが分かり、肉眼彗星になることが大いに期待……されたのですが、この彗星の軌道というのが「太陽系の南側から太陽に近づき、太陽最接近後はまた南側に抜けていく」というもの。つまり、観測機会はほぼ南半球に限られてしまいます。
ま た 南 半 球 か よ ! (メ゚益゚)凸 *1
しかし、です。
ステラナビゲータでアトラス彗星(C/2024 G3)の見え方を確認してみると、1月上旬に北半球でも見える可能性がわずかにありました。
(彗星について、上段は等級、下段は日付)
上の図は日出30分前の彗星の位置と等級を表したもの(目盛は縦横1度)ですが、8日以降は明るさが1等を上回り、朝焼けの中でも見える可能性があります。しかも都合のいいことに、彗星のすぐ上には水星があり、彗星が見える位置のいい目印になってくれそうです。
1日目
そこで1月8日の明け方、近所の河川敷に機材を担いで出撃してきました。幸い、この季節は日出の時間が遅いので、始発電車を利用できます。家から歩くとなんだかんだでそれなりに時間がかかる*2ので、電車が利用できるのは助かります。
メイン機材はK-5IIs+smc PENTAX-D FA MACRO 100mmF2.8。これに「アストロトレーサー」機能を持つGPSユニットO-GPS1を装着し*3、マンフロットの190プロアルミニウム三脚+RC2付3ウェイ雲台に載せます。
これで撮影を開始しますが……水星こそハッキリ見えるものの、肝心の彗星はカメラで撮っても双眼鏡を覗いても、さっぱり分かりません。一応、日出30分前の6時20分ごろまで粘り、手ごたえのないまま撤収しました。
その後、画像処理を行って彗星を探しましたが、肝心の彗星は影も形も見当たりません。画角的には絶対に入っているはずなのですが……。
となると可能性としては、RAWのビット深度が不足していて、かすかな彗星の光芒を朝焼けの中から抽出できていないこと、そしてRAWでもお構いなしにかかるカメラ側のノイズリダクションの影響が考えられます。*4
こうなったら面倒ですが、冷却カメラを引っ張り出してくるしかありません。あれなら記録ビット数は16ビットと深いですし、画像エンジンが妙なことをする心配もありません。「牛刀をもって鶏を割く」感が拭えませんが仕方ないでしょう。これでもダメなら諦めがつくというものです。
2日目
というわけで翌9日、河川敷へ再出撃です。
今度は、いつも使っているASI2600MC Proに、以前中古で入手したEF75-300mm F4-5.6 IS USMを組み合わせました。これを協栄産業の「ユニバーサル鏡筒バンド」で固定し、アリガタ経由で190プロアルミニウム三脚上のK型経緯台に載せています。
電源は比較的軽量*5&持ち運びが簡単なので、以前使っていた大自工業のSG-1000(バッテリー交換済)を利用。バッテリーを交換したとはいえ9Ahと容量は小さいですが、冷却カメラの駆動だけなら数時間は余裕で持ちますし、十分でしょう。
これで撮影を開始。しかし、相変わらず彗星の存在はカメラでも双眼鏡でも確認できません。おまけにこの日は、前日と比べると低空の透明度が悪いようで、水星の輝きがやや頼りなく見えます。果たしてちゃんと撮れているのでしょうか……?
撮った画像はコンポジット(スタック)後に確認してみますが……予想される位置に彗星の姿は全く見えません。しまいにはSilverEfexで極端な強調を行ってみますが……
2025年1月9日 6時6分43秒~ EF75-300mm F4-5.6 IS USM(@100mm, F4.5)
ASI2600MC Pro, ‐20℃, Gain100
1秒×8, ZWO UV/IRカットフィルター使用
それらしい姿は全く見えません。やはり低空が霞み気味だったし、その影響か……と諦めかけたのですが、ふと「低空がダメでも、もう少し高く昇った後なら減光の影響がなくなって案外見えるのでは?」と思いつきました。
ダメ元で、6時13分ごろの写真をコンポジット(スタック)して強調処理してみると……
2025年1月9日 6時12分56秒~ EF75-300mm F4-5.6 IS USM(@100mm, F4.5)
ASI2600MC Pro, ‐20℃, Gain100
0.5秒×16, ZWO UV/IRカットフィルター使用
あった、あった!ありました!!
想像していたよりもずっと低い位置*6ですが、この姿は目的の彗星に間違いありません。超低空にある割に案外立派な尾で、なるほど、条件さえよければそれなりに見栄えがしそうです。
ステラナビゲータ12の「パノラマ」機能について
それにしても、彗星の位置は事前のシミュレーションよりだいぶ低い位置でした。予測にはステラナビゲータ12の「パノラマ」機能を用いています。
これは、地上のパノラマ画像を事前に用意しておけば、星図に貼り込んでその場の地上風景を再現できるというもので、今回のような場面では強みとなりうる機能です。自分はこの場所のパノラマ画像を事前に撮影していて、それを元に計画を立てていたわけですが……上の写真の時間のシミュレーションの結果はこう(再掲)。
横方向のズレには多少目をつぶる*7として……高さが1度ほどもズレています。パノラマ画像を作成する上で、そんなに変なことをやった覚えはないのですが……。
ステラナビゲータのヘルプを見ると、
画像の縦方向の中心が風景の地平線(高度0度)に相当します。上半分は空、下半分は地平線下の風景となります。縦横比が1:4の場合、上半分は高度45度まで、下半分は高度-45度となり、縦横比が1:8の場合、上半分は高度22.5度まで、下半分は高度-22.5度となります。
とあり、地平線をきっちり取ること、そして貼り込むパノラマ画像の縦横比さえちゃんとしていれば普通に機能しそうに思えます。ところが、実際には御覧の通りで、どうも様子がおかしい。橋のトラスを見ても縦横比が変になっているようには見えませんし、残る可能性としては地平線位置のずれですが……これもパノラマ画像の撮影時には水平を厳密に取っているので画像の中心線=地平線になっているはずで、どうにも腑に落ちません。
ただ、逆に言うと、今回はわずか1度のズレが結果にシビアに現れただけとも言えます。精度を考えると、この機能はせいぜい雰囲気を楽しむだけにとどめておいた方がいいのかもしれません。
*1:1997年のヘール・ボップ彗星(C/1995 O1)以降、明るく立派な肉眼彗星はもっぱら南半球ばかりに現れ(マクノート彗星(C/2006 P1)、ラヴジョイ彗星(C/2011 W3)など)、なぜか北半球には明るい彗星はなかなか現れませんでした。2020年のネオワイズ彗星(C/2020 F3)や去年の紫金山-アトラス彗星(C/2023 A3)は久々の大物でした。
*2:距離にして約3km(それなりのアップダウン付き)
*3:実際に撮影してみると、シャッター速度を短くせざるをえず、アストロトレーサーは使わずじまいでしたが。
*4:後述するように、実際には地上風景に対する彗星の位置のズレもあったのですが、それを考慮に入れてもやはり写っていませんでした。
*5:とはいえ3kg以上はあり、PCを含め機材一式を詰め込んだリュックは9kgもの重さになりました。加えて三脚&経緯台が約3kg orz
*6:つまり、先に挙げた写真ではそもそもそこまで彗星が昇っていなかったことになります。見えるわけがありません。
*7:やると分かりますが、合わせるのはかなり難しいです。