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IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

棋譜データの利用と配信(控訴審)大阪高判令7.1.30令6ネ338

いわゆる評価値放送と呼ばれる将棋中継動画の配信者()が、囲碁将棋チャンネル)を相手に、動画をYoutube等から削除申請されたことについて不競法に基づく差止等の請求を行った事件の控訴審判決。

事案の概要

事案の概要は、当ブログの下記エントリにて紹介したとおり。

itlaw.hatenablog.com

原審では、棋譜等の情報は、「有償で配信されているものとはいえ、公表された客観的事実であり、原則として自由利用の範疇に属する情報である」、棋譜ガイドラインは「法的拘束力を生じさせるものであるとはいえない」などと判示したことから、将棋ユーチューバー、将棋ファンらの間でも大きな話題となっていた。その後、東京地判令6.2.26でも同種の事件について判決が出ているが、主として損害の額が争点となっていたに過ぎない。

また、マニアックな話として、本判決の裁判長は、不競法の保護対象にならないものの一般不法行為の成立を認めたワンスプーン事件*1を出した森崎判事であること、囲碁将棋チャンネルが、前記東京地裁の別事件を含めて務めていた代理人控訴審から変更してきたこと(本訴の控訴人代理人はTMI)、原審判決から1年ほどが経過していること*2からすると(結果論ではあるが)何かが起きるかもしれない、と予感させるものだった。

ここで取り上げる争点

Yによる削除申請(本件削除申請)は、Xの営業上の利益を侵害するか。

従前どおり、Yは、棋譜そのものが著作物であるとは主張しておらず、著作権侵害を理由に削除申請したことは、不正競争防止法2条1項21号の「虚偽の事実の告知」に客観的に該当することは争っていない。Xは、本件削除申請によって動画の配信が停止されたため、営業上の利益が侵害されたと主張していたのに対し、Yは、Xが主張する営業上の利益は法律上保護される利益とはいえないとして争っていた。

裁判所の判断

裁判所は、将棋界のタイトル戦を含む棋戦の開催・運営や、棋譜の管理、Youtubeにおける評価値放送動画配信者の実態などを丁寧に事実認定した上で、次のように述べた。

棋戦を主催(新聞社等あるいはYとの共催を含む。)する日本将棋連盟は、棋戦を放送・配信する権利を許諾することで収益を上げ、これにより棋戦を主催するための開催・運営費用を賄っていること、そして、上記許諾を受けたYら放送配信事業者は、当該棋戦を有償配信し、これにより棋戦の配信の権利の許諾を受けるために負担した協賛金ないし契約金を回収し、さらに利益を上げようとしているものと認められるが、日本将棋連盟がリアルタイムの棋戦の放送・配信につき、このようなビジネスモデルを採用する理由は、同連盟の目的を達成するための事業をする上で、将棋はスポーツ競技のように大きな会場を用意して入場者から入場料を徴収することで開催・運営費用等を賄うことができないことから、会場を用意する主催者として物理的に独占できるリアルタイムの棋譜情報を、Yのような放送配信事業者を介して将棋ファンに提供することで、将棋ファンから上記放送配信事業者を介して対価を徴収し、これにより開催・運営費用等を賄うとともに利益を上げ、もって将棋文化の向上発展に寄与しようとしているものと考えられる。そして、放送配信事業者であるYの収益構造も、このようなビジネスモデルに組み込まれたものということができる。

つまり、将棋は、スポーツと違って入場料収入を得にくいことから、放送配信事業者を介して収益を上げるビジネスモデルであるとする。

これに対し、Xのしていた本件動画の配信は、自らは一視聴者としてYの配信する棋戦を観戦しながら、そこで得たリアルタイムの棋譜情報をほぼ同時に将棋ファンに対して無料で提供するものであるが、将棋ファンにとっては、Xが配信する動画を視聴すれば無料で棋戦のリアルタイムでの棋譜情報が得られるのであるから、対価を支払ってまでしてYから棋戦の配信を受けようとしなくなることが十分考えられ、(略)Xによる本件動画の配信は、対価を支払ってYから配信を受ける将棋ファンを減少させるものであって、このことによってYに対して直接的に損害を生じさせるものであるし、また、このような行為が多数の動画配信者によって繰り返されるなら、Yの収益構造でもある日本将棋連盟がよって立つ上記ビジネスモデルの成立が阻害され、ひいては現状のような規模での棋戦を存続させていくことを危うくしかねないものといえる。

リアルタイムで無料で棋譜情報を配信してしまうと、対価を支払うファンが減少し、ひいては棋戦の存続を危うくしかねないものだとする。AIによる評価値やチャット機能を提供しているという特徴があるとしても、そのことがYに損害を生じさせるということを左右するものではないとした上で、

Xは、(略)上記のとおりの日本将棋連盟のビジネスモデルに組み込まれたYの収益構造を理解していたはずであり、そうすると本件動画を将棋ファンに無料で配信し視聴させることが、その反射としてYから有料で配信を受けていたはずの将棋ファンを減少させ、その結果がYに損害を与えることも認識していたと認められる。そればかりか、Xが、本件動画の配信前からリアルタイムの棋譜情報を提供する動画配信をしており、かつ、これを禁じようとする日本将棋連盟のビジネスモデルの在り方を批判し、本件動画の配信を適法とすることで、そのビジネスモデルが崩壊してもやむを得ないような主張すらしていることからすると、Xは、上記のような動画配信をすることで日本将棋連盟及びそのビジネスモデルに組み込まれたYを害する目的すらあったことさえうかがえる

本件の当事者であるXのこれまでの行動が、Yや将棋連盟のビジネスモデルを害する目的があったのではないか、というところまで踏み込んでいる。

さらには、他の配信者はそれぞれの工夫をしていることなどを挙げた上で、

なお、Xが主張するようにリアルタイムでの棋譜情報の利用制限というルールは、日本将棋連盟等の主催者が一方的に定めたものにすぎず、また、主催者と契約を結ばないXは、この利用制限について法的に拘束されないが、Xが侵害されたと主張する営業上の利益は、他の競争者が主催者の定めたルールに従うことで価値が増したリアルタイムの棋譜情報を利用することにより、棋戦を主催・運営するための必要なビジネスモデルが成立している中(略)、他の競争者が従うルールに従わないことで競争上優位に立った上、競争者であるYの営業上の利益も侵害することで得ている利益であるといえるから、上記の点を踏まえても、これを社会通念上、許された自由競争で得た利益ということはできない

したがって、少なくともYが棋戦をリアルタイムで配信するまさにそのときになされたXによる本件動画の配信は、自由競争の範囲を逸脱してYの営業上の利益を侵害するものとして違法性を有し、不法行為を構成するというべきである。

と述べて不法行為の成立を認めた。

加えて、Yが本件削除申請を行ったことについては、

  • 棋譜が著作物ではないとする確定判例は未だない
  • 棋譜が著作物であるとする学説がある*3
  • 削除申請の対象は、著作権侵害に限らない財産権を侵害するものも含まれている

などを理由に、先行するYの「本件削除申請が不当であったとはいえない」とした。

以上検討したところによれば、Xによる本件動画の配信は、Yの営業上の利益を侵害する違法なものであって不法行為に該当し、これによって得られる利益は法律上保護される利益に該当しないから、本件動画の配信との関係では、Xには不競法によって保護されるべき「営業上の利益」も「営業上の信用」も存在するとはいえない。

したがって、XのYによる不競法2条1項21号該当の不正競争を前提とする同法3条1項に基づく差止請求、同法4条に基づく損害賠償請求及び同法14条に基づく信用回復措置請求は、いずれもその余の判断に及ぶまでもなく理由がなく、また、Yの本件削除申請によりXは法律上保護される利益を侵害されたとはいえないから、XのYに対する不法行為に基づく損害賠償請求にも理由がない。

一審とはかわって、Xの請求がすべて棄却された。

若干のコメント

本件は、知財法関連、将棋ファンら関係者に大きな驚きをもって迎えられた判断ではないかと思います。

棋譜著作権の対象にならないということは多くの研究者・実務家の考えが一致するところであり、そうした知的財産権で保護されない「情報」の流用が不法行為になるのかというテーマは、知的財産権法と民法の交錯するエリアとして長い間重要なテーマとなってきました*4。そして、平成23年北朝鮮映画事件最高裁判決が「著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではない」と述べて不法行為の成立を否定すると、それ以後の下級審判決において軒並み不法行為の成立が否定されてきた*5ことから、「知的財産権の保護にならない情報・デザイン・アイデア等を流用しても、違法にはならないよ」という考えが広がってきたようにも思います。

そういった中で、本件以上に衝撃的だったのが、昨年出された「バンドスコア高裁判決」(東京地判令6.6.19令3ネ4643)でした。これは、他社が発行したバンドスコアを購入して模倣したもの(デッドコピーではない)をネットに無料でアップし、自らはそのサイトで広告料収入を得ていたという者について、不法行為が認められたという事件ですが、原審・控訴審を通じてバンドスコアそのものが楽曲とは異なる著作物だという認定がされていたわけではありません。しかし、この事件では、バンドスコアのフリーライドを認めると、バンドスコアを制作しようとする者がいなくなり、ひいては音楽産業全体が衰退するなどとし、北朝鮮映画事件以降、初めて「特段の事情」を認めました。

私はこの事件を著作権法学会判例研究会で報告し、学会誌で評釈を書く機会をいただいたのですが*6、バンドスコア事件で不法行為を認めたのは妥当だが、それでもなお、バンドスコア制作の労力・手間・費用と、棋譜収集配信の労力・手間・費用を比較すると、棋譜情報については、依然として不法行為の成立は難しい、という評価を添えていました。そういう意味では私の読みは完全にハズレました。

しかし、囲碁将棋チャンネルという当事者(棋戦)の性質や、配信の態様などが決め手になっているのであって、本判決によって、「評価値放送」全般が違法という判断になったわけではありません。つまり、王将戦銀河戦などの有償でしか配信されていない棋譜情報を、まさにリアルタイムで配信する行為が不法行為とされたのであって、加えて、当該配信者の過去の言動といった主観的要素も考慮された判断であることに注意が必要です。

また、これまでの北朝鮮映画事件以降の、不法行為否定事例が続いた中では、森崎コートの判断(冒頭に挙げたワンスプーン事件と、本事件)は少し流れが異なるような印象もあります。これが、バンドスコア事件と合わさって大きな動きとなるのかどうかはわかりませんが、バンドスコア事件と違って、大阪の知財専門部が出した判断だというのは影響が大きいように思います。

それにしても、本判決の判断を前提とすると、銀河戦などをリアルタイムに(厳密にいえば、銀河戦はライブ放送ではないですが)配信すると不法行為になるということですから、過去の配信も含めて囲碁将棋チャンネルは、一部配信者に対して損害賠償請求することもできそうです。実際にするかどうかは別として、今回の判決により、配信者たちへの萎縮効果は相当程度出てくるものと思われます。

棋譜情報の利用に関する個人的なスタンスは、一審判決の際にメモで述べたところと変わりません。本質的には、棋譜情報そのものの価値で勝負するのではなく、プラスアルファの価値を付けていくことで将棋ファンの楽しみ方が増えればよいなと思っています。

*1:阪高判令和6年5月31日

*2:控訴審の多くは1回結審なので、原審判決から控訴審判決まで1年ほど経過していると、仮に結論維持だとしても実質的審理が行われていたことが想定される。

*3:「乙11」が引用されているが、私が知る限り、棋譜を対局者の共同著作物であるとする学説は、加戸守行逐条解説にしか書かれていないので、乙11は「カトチク」で間違いないだろう。

*4:古くは、桃中軒雲衛門事件という大正3年大審院判決までさかのぼります。

*5:本稿の目的から外れるため、詳細は割愛しますが、否定された事案の多くは、著作権等の知的財産権の主張を主位的に行い、予備的に「仮に知的財産権侵害が認められないとしても」と、不法行為の主張をしていますので、一般論としては認められにくい傾向にはあります。

*6:2025年6月ころに発刊の「著作権研究」50号掲載予定