日下部正冬
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時代 | 安土桃山時代 - 江戸時代前期 |
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生誕 | 天正9年(1581年) |
死没 | 寛永2年2月13日(1625年3月21日) |
官位 | 河内守 |
幕府 | 江戸幕府 小姓組番頭 |
主君 | 徳川秀忠 |
氏族 | 日下部氏 |
父母 | 父:日下部定好 |
兄弟 |
宗好、定勝、正冬、早川好勝、景久、 間宮某室、豊嶋忠次室 |
妻 | 正室:村越直吉娘 |
子 |
正定、朝通、脇田某室、森重継室、 小笠原之成室、吉田宗和室 |
日下部 正冬(くさかべ まさふゆ)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武士。徳川秀忠旗下の小姓組番頭。
略歴
[編集]天正9年(1581年)、徳川家康旗本の日下部定好の子として誕生。
同時期の小姓組番頭は他に五名おり、それぞれ、水野忠元、井上正就、板倉重宗、成瀬正武、大久保教隆。徳川家臣団では、大久保忠隣側に属していたとされる。
慶長16年(1611年)、忠隣の嫡男・大久保忠常の葬儀の際に、森川正重らと何の届け出もなく弔問を行ったとして、榊原康勝預かりとなった。