シリア・ダマスカスのウマイヤド広場でアサド追放を祝う人たち(2024年12月20日、写真:ロイター/アフロ)

(松本 太:日本国際問題研究所プラットフォーム本部長、前駐イラク大使、元駐シリア臨時代理大使)

 シリアでは昨年12月8日にシャーム解放機構(HTS)の電撃的な侵攻を受けてアサド政権があっけなく崩壊した。

 振り返ると11月27日に筆者は、ちょうどバグダードから東京への帰任途上のドバイにて、多くのシリア人の友人たちからHTSが突如アレッポに向け侵攻し始めたとの緊急連絡を受けた。わずか11日間でアサド政権が倒れる始まりの合図であった。

 HTSの電光石火の侵攻を前にしたアサド政権下のシリア軍の敗走は、アレッポ、ハマ、ホムス、そしてダマスカスへと次々と続いた。シリア軍はHTSと戦わずに負けたのである。こうした様子はシリア軍を構成する若い軍人たちのアサド体制に対する忠誠心の脆弱さを明らかに物語っていた。

 その背景には、シリア国民の7割以上が貧困線以下の生活を強いられ、シリア軍などの公的セクターに従事する以外に、その日の食べ物にさえ困るといった惨状があった。このため、アサド大統領はアラブ諸国との正常化を追求しようとしたが、結果として、アサド体制を支えていたイランとの関係を冷却化させることになった。その意味では、シリアに対する欧米による過酷な経済制裁は、シリア国民に極端な窮乏化を強いることによってその最大の効果を発揮したわけである。

 本稿では、この1カ月ほどのシリアの新たな状況を振り返りつつ、暫定政権下のシリアが直面する諸課題について、冷静な分析(注1)を改めて試みたい。それは、いまだ歓喜に震えるシリア人の期待に応えるためにも必要不可欠であろう。

(注1)筆者の昨年末時点での包括的な分析評価は以下の論考を参照。
 JIIA Strategic Comments (2024-08) Policy Brief: "Fall of Bashar al-Assad and Future Prospect of a new Syria and beyond"