第52話 秋祭りと郷愁と

 毎年恒例の秋祭りの日、今年も町をあげて盛大に行われるようだ。

 大人たちは前の晩からいそいそとしていて、神社の飾り付けや家々の準備に余念がない。


「よし。じゃあ行ってくるからな」


「はい、気を付けて」


 法被姿に着替えた父さんを、母さんが玄関で見送る。

 町の男の人たちは今日一日、神社の手伝いをしたり、神輿を担いだり、町が出している出店で働いたりと、忙しく動き回る。

 夜にはほんの少しだけれど、花火も打ち上げられるんだ。


 俺も手伝おうかと申し出たのだけれど、菜摘の傍にいてやれと、父さんが言ってくれたんだ。


「さ、こっちは夜の準備をしておかないとね」


 これから母さんも、台所仕事で忙しい。

 祭りの夜はいつも長く続いて、大人たちは一晩中飲み明かす。

 いつもこの家には、大勢が押しかけて来るんだ。


「あの、私手伝います」


「そう? 悪いわね。じゃあお願いしようかしら」


「はい!」


 母さんと菜摘が、台所で肩を並べる。


「おい兄い」


「……なんだよ?」


 遅く起き出して来た朝陽が、視線を絡ませてくる。


「菜摘さんと美空さん、どっちにするんだよ?」


 またこいつは、朝っぱらから直球の質問を。


「そんなの、訊いてどうするんだよ」


「気になるじゃないか。一応バカ兄いの妹としては。それに美空さんは、私の大好きなお姉さんなんだ」


「……美空とは、一応話はしてきたよ。これからもずっと友達だってことでな」


「……そっか……友達か……」


 ずっと友達って、二人の間でそんな言葉は口にしてはいない。

 けれどこれからも、そうあれると信じたい。


「菜摘さんに溺れるのもいいけど、妹のことも忘れるなよ。たまには思い出せ」


「何言ってんだ。お前を忘れたことなんてないよ」


「じゃあたまには、こっちにも連絡してこい。相手してやるから」


「はいはい」


 口は悪いけれど、きっと妹なりに、出来の悪い兄を心配してくれているのだろう。

 昔からこんな感じだから、憎めないんだけども。


 お昼近くになると、家の外からお囃子が聞こえてきた。


「あら、来たわね」


 外に出ると、家の前の街道にはたくさんの人垣ができていた。

 そこを通る神職や、笛や太鼓を奏でる子供たち、法被姿でお神輿をかつぐ行列を見守る。

 なかには酒を振舞う人もいて、豪快な大人は肩に神輿を担ぎながら、それを煽る。


 その中には美空もいて、大きなかけ声を上げながら、笑顔を満開にさせている。


 お神輿の行幸が終ると、山の上の神社が賑わいを見せる。

 いつもは静かでひっそりとしているけど、今日だけは別世界だ。

 出店もあるし、無礼講の今日は、社務所や境内の中で、酒を酌み交わす大人も多い。

 子供はお母さんに連れられて、お菓子を食べながら、その周りを駆けまわる。


 夜が来ると三々五々に解散だけれど、それからも至る所で宴が続く。


 その中の一つが、うちの実家だ。


「よおおし、徳さん、いっちまえ!」


「おうよ!」


 大人たちは顔を真っ赤にしながら、日本酒の一升瓶を回して一気飲み合戦だ。

 母さんが用意してくれた料理に、舌つづみを打ちながら。


 中学時代の同級生や美空もここにいて、旧交を温める。


「しっかし礼司が、こんなに可愛い彼女を連れてくるとはなあ!」


「えっ!? ち、違うよそんなの! ねえ、菜摘!?」


「そ、そうだよ、うんうん!」


「あのさあみんな、うちのバカ兄いに、こんな綺麗な彼女が出来る訳ないっしょ!? 菜摘さんの気まぐれだよ、気まぐれ!」


 相変わらずのバカ呼ばわりは釈然としないけれど、今は絶妙なフォローだ、朝陽。

 俺はともかく、菜摘には余計な気は使わせたくない。

 そんなつもりで、ここに連れてきたのでもないのだし。


 大人たちはこのまま朝まで騒いでいくのだろう。

 これも毎年恒例の風物詩みたいなものだ。

 まだ子供のはずの俺たちもこの日ばかりは、大人たちと一緒に夜遅くまで、歓談の輪の中に入るんだ。


 そんな狂乱の宴の夜が明けた朝、眠い目をこすりながら部屋を出ると、ぱったりと菜摘と鉢合わせした。

 昨日は遅くまで騒いでいたから、彼女の目もはれぼったい。


「おはよう、礼司」


「おはよ、菜摘」


「あ、あのね礼司!」


「ん?」


「そろそろ……向こうに戻ろうかと思うの」


 向こう……それは、東京、俺たちが今住む街へ、戻るってことなのだろう。


「いいけど、大丈夫?」


「うん、なんとか。礼司が傍にいてくれるし。でもその前にね、お母さんの住んでた町を見ておきたいの」


「いいよ。いつ行こうか?」


「えっと……良かったら、今日これから」


 こんな感じで、今日の予定は決まった。

 ゆっくりと支度をして、母さんが作ってくれた朝ごはんを食べてから、二人で家を出た。


 菜摘のお母さんの実家は、ここからいくつか山を挟んだ小さな町のようだ。

 家までタクシーを呼んで、そこへと移動する。

 山間の狭い道を通り抜けて辿り着いたのは、俺が学生時代を過ごした町よりも、もう少し小さな町、というか、村だった。


 菜摘がお母さんから聞いた記憶を頼りに、旧家を探してみる。

 小さな村なのだけれど、どこの家だったのかまでは、よく分からない。


 たまたま通りかかった腰の曲がったお婆ちゃんに問うと、おばあちゃんは菜摘の顔を見て、瞳を震わせた。


「ああ、あんた、関口さんとこの娘さんにそっくりじゃあ……」


「えっ!? 関口って……それ、母の旧姓です」


「ああ、そうなのかい。じゃああんたは、関口さんの娘さんの、娘さんかい?」


「はい、そうかもしれません」


 お婆ちゃんに案内をしてもらった行先は、日本の文化遺産にも出て来そうなほどの、趣を感じる古民家だった。


「今ここには、関口さんはおらんけどな」


 表札には、全く別の人の名前がある。


「ここにいた女の子とは、よう遊んだから覚えておるよ。大人になって、いい人が出来たから東京に行くって言って、喜んでいたねえ」


 それはきっと、菜摘のお母さんの、在りし日の記憶だろう。

 菜摘も感慨深げに、おばあちゃんの話に耳を傾けていた。


「静かでいい所だね」


「うん。来られてよかったよ」


 山々を覆う赤い色を見染めながら、ずっとそこを散策した。

 空気が少し冷たくて、冬の訪れを予感させてくれた。


 そこからまたタクシーを呼んで、俺の実家へと車を走らせた。


 自宅の前に着いた時には、もう夕暮れ時だった。

 山の端が、段々と夜の闇に染まっていく。


「ねえ礼司、私、あっちに戻るよ」


「……ああ、分かったよ」


「だからこれからも、ずっと私の傍にいてね」


 とくんと心臓が反応した。

 菜摘の気持ちは、はっきりとは分からない。

 そこにはまだ、流星の姿があるのだろうか。

 でもきっと、俺の気持ちは……


 断る理由はなくて、俺は首を縦に振った。

 そんな俺に、菜摘は優しい笑顔をくれたんだ。




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(作者より、ご挨拶と御礼です)


本作をここまでお読み頂きまして、誠にありがとうございます。

お陰様をもちまして、ここまで書いてくることができました。

また、★ご評価やフォロー、♡応援を頂きました方々には、重ねて御礼を申し上げます。

カクヨムコン10は、書く側は明日の2/3が最終日となりますが、読者選考期間は2/10の昼まで続きます。

また本作はもう少し続く予定ですので、引き続きどうぞよろしくお願い申し上げます。







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