第14話 リンゼイをダメにする〇〇
◆◆◆
ポヨン鳥たちの訪問から一週間が過ぎて。
「ルシリカ、私だ」
ドンドンと扉を叩く音がした。
「はいはい。今週もお疲れ様です。リンゼイ様」
扉を開けると黒髪の近衛騎士、リンゼイが立っていた。よしよし。今回も持ってきてくれたわね。私の所に命の糧――小麦粉と運が良ければ母たちの差し入れを届けてくれる、唯一の人間。
そういえばもうこの島に来てひと月が過ぎたのよね。
島で見つけた香草や木の実。果実で生かされている命です。
「うわ。なんか少し風が冷たいわね」
「そうだな」
今日のリンゼイはいつもの騎士の服の上に毛織の黒いマントに黒い手袋をしていた。一方私は部屋の奥、暖炉の前でぬくぬくとしていた。
「……ルシリカ……それは……」
「うふふ……座って、みる?」
私が体をくるませていたのは、先日ポヨン鳥からもらった羽毛を、三階の王女様の部屋にあった布を利用して、袋状に縫い合わせて作った大きなクッション!
ポヨン鳥ちゃんに抱きつけるようなクッションが作れたら幸せだろうな~って思って、作ってみました。
これを暖炉のそばに置いたら、ほこほこ暖かく、もふもふとした手触りで居心地が良く、小麦粉を持ってきてくれるリンゼイ様でなければ、扉の入口まで歩きたくなかった代物なのよ。
私はリンゼイにクッションに座るよう誘った。
「……」
リンゼイは背が高いけど、クッションは彼の体がすっぽりと埋もれるくらいあった。しかもポヨン鳥の羽毛は不思議と弾力性があって、座る人の体型に密着してくれるの。
「暖かい……」
「でしょ」
「これはどうしたんだ?」
「作ったの。いい材料が手に入って」
リンゼイがポヨン鳥の事を知っているかどうかわからないけど。
普段仏頂面のそれが、珍しい。眉間から力が抜けて、ペリドットの瞳がぼーっとするように宙を見つめている。
ポヨン鳥クッションの癒し効果、絶大と見たわ。
「なかなかいい座り心地だ……まるで親鳥の羽毛に包まれているような……」
「よかった。今日はちょっと風が冷たいみたいだから湖の上で体が冷えたでしょ」
「そうだな……」
話しかけているそばで、リンゼイのまぶたがはや下がりかけている。
ちょっと待って頂戴。聞きたいことがあるんだから!
「リンゼイ。私が作ったエリス姉様のお香。やっぱり有毒性の判定が出た?」
中空を彷徨っていたリンゼイの目がはっと我に返った。
一瞬寝てたな、彼。
「まだ鑑定中だ」
「……残念」
「だがよい知らせを持ってきた」
「私にとって良い知らせは、たったの一つよ」
クッションに頭を埋もらせながら、リンゼイが口元に笑みを浮かべた。
「わかっている。国王陛下の依頼だ。君が作った『エリス王太子妃のための森の香り』を気に入って、追加で作るように注文を受けた」
「わあ。それはとっても嬉しいです! じゃあ私の作った香は無害だと証明されたんですね!」
「だから、まだそれは鑑定中だ」
「無害に決まっているでしょ? じゃないと王様も私の毒の香りで死んじゃうわよ」
もう。リンゼイをクッションから追い出してやろうかしら。
すると私を見るリンゼイの目が鋭さを帯びた。
「ルシリカ、国王陛下に向かって、不謹慎だぞ」
「だって……いろんな矛盾を感じているのよ。わかってくれない?」
「わからなくもないが、レンシャルに言わせれば、有毒物資を入れていない香をサンプルとして提出したんだろうっていうことだ」
うっわー。何よそれ!
私の中で何かが弾けた。
「どうしても私は毒殺犯じゃないといけないようね。ホンっと腹が立つわ! あのクソジジイ。おっと失言。ごめんあそばせ」
私の欠点は怒りの沸点が低いこと。つい感情に任せてアレな言葉遣いをしてしまう。
公爵家のお勉強会でも礼儀作法の授業で何度も手のひらを講師に叩かれたわ。
「でも国王陛下が、私の作った香りを気に入って下さったのね。そこは素直に嬉しいって思うわ。そうだリンゼイ! 毒殺犯ルシリカが作る『永遠に眠れる森の香り』として、国王陛下のお墨付き! って売り出したら売れそうな気がしない?」
私はポヨン鳥クッションに埋もれているリンゼイの傍に近づき耳元で囁いた。
やっぱり疲れてるのかな、彼。いつもは鋭い瞳も今はリラックスしているのか、穏やかな感じだし。
リンゼイはぼーっとしたように私の顔を見つめている。
「その効能は、香りを嗅ぐと森の中で死んだように眠れる……」
「そう」
「君は……前向きだな」
「えっ」
何? 今日のリンゼイはなんかおかしい。いつもより弱気な感じ。
「湖の孤島に幽閉されているはずなのに。君の所に毎週来るたびに、何故か部屋がグレードアップしていて驚かされる。こんなに満ち足りた生活を送ることなんて……普通は考えられない」
「あの、お言葉ですが不自由はしているんですよ。食材とか食材とか……たまにはお肉も食べたいし。でもリンゼイや母が援助してくれてるから生活できてるし。それからね、この孤島は俗世から離れているせいか、植生も豊かで、香草を扱う者としては実に魅力的でいい環境なんですけど」
ふっとリンゼイが瞳を細めて微笑んだ。
やっぱりこれ……ポヨン鳥クッションの癒やし効果かもしれないわね。出会った時は事務的な会話しかしなかったあのリンゼイ様が、ずっとにこにこと笑みを絶やさないんですもの。
ポヨン鳥ちゃんたちに頼んでもっと羽毛をもらえたら、私の香とセット販売するわよ。素敵な癒やしの時間を提供しますっておすすめのメッセージを添えてね。
まあ……今は悲しき幽閉の身なんだけれども。
「あの、エリス姉様のためのお香、万一を考えて予備を作っておいたの。それを国王陛下にお売りしてもいいわ」
「そうか。それは感謝する……」
「リンゼイ、よかったらハーブティー淹れましょうか。砂糖を持ってきてくれたおかげで、ラズベリーのジャムを作ることができたの。久しぶりに『願いが叶う★ハーブとラズベリー』のお茶を作るわ」
「……願い……ほう、それは面白そうだな」
「うふふ。ちょっと待ってなさいね。作ってくるから」
私はポヨン鳥クッションに寝そべるリンゼイのそばから離れて、壁際のキッチンに行った。作り付けの棚を開けて、一昨日作ったラズベリーのジャムが入った密閉瓶を取り出す。
(大分類)日常生活・食事
(中分類)ハーブティー
(小分類)願いが叶う★ハーブとラズベリーのお茶(レシピ)
・太陽水(カップ数に応じた量)
・ラズベリー(生・乾燥・ジャム可)適量
・ラズベリーリーフ 1カップにつき1枚
・ショウガ(適量)
※ない時はコリーンの球根を擦り下ろしても良い。
これは私のオリジナルレシピ。だから、結構適当。
母にいつも怒られているんだけどね。味の再現性や効能のためにも、使った分量はきちんと量って記録しなさいっていわれるんだけど。ハーブティーに関しては目分量でいっちゃう。
暖炉の鍋で沸かした太陽水――これは透明な密閉瓶に汲み立ての井戸水を入れ、午前中の太陽光だけを当てたもの。
太陽の純粋なエネルギーとエッセンスを取り入れているわ。
他の香草材料を入れたティーポットにそれを注いで、待つこと五分。
カップにできたお茶を注いだら、ティーポットの中のラズベリーの実も入れちゃいます。実を噛み潰すと甘酸っぱい香りが口の中で広がるの。最後に緑のラズベリーリーフをお茶に浮かべてできあがり。
「はい。ルシリカさん特製の『願いが叶う★ハーブとラズベリー』のお茶よ」
呼びかけるとリンゼイは目を閉じて両腕を伸ばし、上半身をクッションから起き上がらせた。私がカップに入ったお茶を手渡すと、珍しそうに中身を見つめた。
「ほう。きれいな……赤紫色だな。香りも甘酸っぱくて……いい匂いだ。では」
「ちょーっと待って!」
私はお茶を飲もうとしたリンゼイを全力で止めた。
「な、なんだ? ひょっとして毒でも入って……」
「そんなわけないでしょ!」
「冗談だ」
うわ。一瞬背筋を寒いものが通り過ぎた!
あのリンゼイ様が冗談を……冗談を……。とと、いけない。
「リンゼイ。このお茶の作法は、絶対に叶えたい願いを心に思い浮かべてから飲むの」
「お茶を飲むのに作法があるのか?」
「えと、ないものもあるけど。このお茶は『願いが叶う』ってタイトルがついているのよ。だから作法を守って頂戴」
「なんだそれは。全くもっておもしろい。ふむ。願い……か」
リンゼイがしげしげとカップのお茶を見つめながら、しかし願いを心に思い浮かべるという行為に戸惑っているようだ。
「そう。じゃ、私はお先に頂くわね」
私は久しぶりに作った『願いが叶う★ハーブとラズベリーのお茶』の香りに、一瞬、子供の頃の思い出がよぎるのを感じた。
そう。エリス姉様たちとこのお茶を飲んだ時。
私達が願ったことは――。
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