第10話:琥珀眼、引きずり込まれる
放課後、屋上には俺と真雲。カノンはまだ来ていない。今日は天気が曇りなおかげか、七月にしてはかなり過ごしやすい気温だ。とりあえず、カノンが来るまでに……情報の共有をしておこう。
「前にもカノンにはあんな白い現鬼がくっついてたな」
「……多分、あの気持ち悪いのがカノンのお尻をさわさわしてるんだよね、私ですら触ったことがないのに。……許せない、一刻も早く潰さないと」
真雲の眼に強い意志の光が宿っている。妖狩師として人を食い物にする鬼が許せないのだろう。……なんか別の感情が混ざっている気がするがきっと気のせいだ。
「ああ、精気を吸ってるんだろうな。……ただ、ちょっと気になる部分がある」
「……なに?」
「俺は一昨日の朝と放課後の二回、カノンの白い現鬼をはがしてる。登校した高校生って基本学外に出ないよな?そしてカノンは『高校に入ってからこういうことが起きるようになった』と言った。つまり……」
「この学校にあの気持ち悪い現鬼の元締めがいる可能性があるってこと?」
「ああ、そう考えられる。もう少しカノンから情報を集めたいが……もしかしたらしばらくこの学校に近づかせない方がいいかもしれん」
「なるほど、じゃあ次は私からカノンに関する大切な情報を言うね」
「大切な、情報……」
現役の妖狩師の視点から見ても大切な情報ということは、俺が気づけなかったものである可能性は高い。真雲が持っている情報と俺の持っている情報を組み合わせれば……新たな結論が見いだせるかもしれない!固唾をのんで真雲に向き合う。そして、真雲の口が開かれた――。
「レースの黒。……すごくセクシーだった」
「…………? ……!? それは言わんでいい!」
「おぱんつのこととは一言も言ってない」
「今言ってるじゃねえか!」
真剣に聞こうとして損した!……とりあえず、あの白餓鬼について考えなくては。
…………黒。
……カノンは黒、なのか。セクシー……なのか。
――ダメだ、頭の中から黒が離れない!
「……むっつり」
「誰のせいだと……!……。はぁ、真雲。代わりになんか白いもん見せてくれ。それで思考を取り戻す」
「……し、白いもの?」
「ああ、なんでもいいから頼んだ」
とりあえず頭の中にこびりついた黒をひっぺがしたい。なんでもいいから真雲に白いものを見せてもらおう。
「あ、あう……は、博斗が言うなら」
……?真雲の様子がおかしい。妙に頬を赤く染め、体をもじもじと左右へ動かし、なにかをするのをためらっているような様子だ。
「……ん、」
「……っ!?」
そして、なにか覚悟を決めたような表情をすると……藍色の制服のスカートをたくし上げた!?めくれ上がったスカートから見えた……まばゆい肌色の太ももと、純白の綿製下着から目が離せない。
「……見すぎ、博斗。……も、もう、やめていい?」
「あ、ご、ごめん……!というか、やめたかったらいつでもやめていいからな!?」
「……うん。でも、なんで今日の私のおぱんつの色しってるの?」
「それは知らん!俺は白いものならなんでもいいって言ったんだ!」
「…………あっ、そっか。おぱんつ見せてって勘違いしたのは……私か」
真雲の顔はさらに赤く燃え上がり……そのまま顔を伏せてしまった。……しまった、女の子に恥をかかせてしまった。……とりあえず、謝ろう。
「あ、あの……まくむぐっ!?」
「んっ……ちゅぱっ……」
「む……ん……」
「んん……んちゅ……ぷはっ……」
謝ろうとしたらいきなりキスをされ、それが終わったかと思うと赤く高揚した、いつもより少し大人びた表情をした真雲の顔が目の前にあった。その顔はまるで恋人同士になったと俺に勘違いさせるほど『女』の表情をしていて……つい、俺も顔が燃え上がってしまう。
「ふふ、……恥ずかしいの、おすそ分け」
「……そうか、分けられちゃったな」
真雲は両手を後ろに回し、からかうように俺を覗き込んでくるが、その真雲の顔自体が真っ赤なため全然様になってない。……まあ、俺も顔が全体的に熱いからおあいこだが。
「ねえ、博斗。もっかいしよ」
「え、それは……」
「ほら、カノンについている鬼は一筋縄ではいかなさそうだったし。万全を期すためにいっぱいちゅー、しよ?」
「…………!」
真雲は、噓をついている。つい前日にキスの多さなどは重要ではなく体液交換をすること自体が大切だと言ったばかりだ。だから、このキスに何の意味もないと知っている。知っているのだが……断ることができない。
真雲の蕩けた熱視線が目を貫いて頭を突き刺し、脳がヒートして思考がトリップしている。ここは屋上で、人に見られるかもしれなくて、それがいけないことだと分かっているのに……それでも、目の前の異性とそういうことをしたいと本能が働きかけてくる。そして、俺はその本能のままに真雲に――。
「え、ええええええええええええ!?」
「…………!」
「こ、この声はぐっ!?」
屋上の出入り口側から聞こえた絶叫にも近い大声に反応をして真雲が俺に頭突きをして飛び退く。……びっくりしたとき俺に頭突きをする癖はやめて欲しい。というか、この声は多分……カノンに全部見られたな。
俺の予想は当たっていたようで、案の定カノンは顔を真っ赤にしながら凄い勢いでこっちに向かってきた。
「……あ、アンタら、そういう関係だったの?マジびっくりした!」
「あ、いや、これはその……」
「いや、私と博斗はただの隣の席ってだけ」
「マジでただ隣の席なだけのやつがキスするわけないでしょ!?」
「ははは、これには事情がありまして……」
「じ、事情……!?まさかキスが除霊のトリガーになってるわけでもあるまいし!」
……鋭いな、カノン。自分の異変の変化に俺が関わってるっていうあたりもつけてきたし、派手な見た目が先入観になりがちなだけで頭はいいのかもしれない。
そんなカノンを改めて見てみると――。
「ギャヒヒヒヒヒヒヒヒ!」
「ギャヘヘヘヘヘヘヘヘ!」
「…………む、行ってくるね」
「…………また、いるのか」
「……な、なになに!?なんでアタシに微妙な顔してるの!?マジでそういう顔したいのはアタシの方なんだけど!」
……新しく白餓鬼が二匹くっついていた。当然真雲がすぐに処理したが、放課後までに学外に出たわけでもなさそうだし、これは……もっと詰めていった方が良さそうだ。……カノンの安全のためにも。
「カノン。悪いが一旦諸々のことは置いといてもらって……聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「え?うーん……。まあ、置いとけっていうなら置いとくけど、何?」
「一昨日は幽霊にい襲われなかったって話あったよな?あれって厳密にいつからいつまでの範囲だったんだ?例えば一昨日の帰宅時は大丈夫だったとか、昨日の登校時はダメだったとか……もし話せるならお願いしてもいいか?」
「なんかそれ、マジのケーサツとかがやってるあれみたい」
「……まあ、そういうのとでも思ってもらえれば」
妖狩師ってまあ妖魔とかそういうの専門の警察みたいなものだし同じように考えていいだろ。……まあ、俺は別に妖狩師じゃないんだが。
「やっぱり妖狩師になってよ、博斗」
「妖狩師?……ってなんだ?マジかっこいい名前」
「……カノンは気にしなくてもいいことだ。それより……」
「……はーい。えーとまず、一昨日の放課後家に帰るときは大丈夫だった。で、マジ珍しいって思いながら翌朝、つまり昨日の朝電車に乗った時も大丈夫だった。で、マジで大丈夫になったって思いながら昨日の放課後電車になった時は……ダメだった、襲われちゃったね!今日の朝もダメだったし!」
カノンはサムズアップして可能な限り明るく振舞おうとしているが、その表情にはほんのわずかながらの恐怖がにじみ出ている。
……そして、この証言は結構大切と見た。あと少し情報を詰めれば、確信が持てる。
「ちなみにだがカノンは昨日、朝学校に入ってから放課後になるまで学校から出たか?」
「いや、基本学校って放課後まで出ないでしょ?」
「それは一昨日もか?」
「うん。マジで学校から出てない」
「ああ、そうか。そうだよな」
「博斗、何か分かったの?」
「ああ」
真雲が不思議そうに俺の顔をのぞき込んでくる。……ここまで情報が出そろったらもう確定に近い情報として説明してもいいだろう。そして、カノンについていた現鬼の数が増えていたあたり、あっちもこっちの動きに気付いている可能性がある、行動は早い方がいい。
「結論から言わせてもらう。カノンについている奴の元凶は学校にいる」
「が、学校にいるの!? マジで!?」
「ああ。まず、おかしいって思ったのは一昨日の朝俺はカノンについてたのを除霊したのに、放課後またついていたことだ。その時カノンは学校から出てないのにどこからそれがとりついたかについてはかなり絞られるからな」
「……そういえばそんなこともあったね。あれ除霊してたんだ、朝の方は普通にぶつかったものかと。……もしかしてそんな風にいっぱい除霊したりしてるの?」
「……ああ、まあそうだな。それがどうかしたか?」
カノンは俺の顔を真っすぐ捉えて、頭をかきながら心配そうにしている。
「いや、こはっくんの学校内の評判って『男女見境ないセクハラ野郎』なんだよね。……それ、全部除霊なら言えばいいのにって思っただけ」
「言わねえし、言っても意味ないと思うぜ。……どうせ、信じてなんてくれないからな」
「博斗。私は信じてるよ」
「……ああ、そういえばそうだったな」
真雲が強いとは言えないが俺を絶対に離さないという意志力が込められたかのように俺の手をぎゅっと両手で握ってくる。その暖かく強い手のぬくもりは俺の手だけでなく体全体を包んでいるような感覚で、そのゆりかごに揺られているような心地よさに俺は――。
「やっぱアンタらマジでカレカノなんじゃ……」
「……!さっ!続きいくぞ真雲!」
「……うん」
カノンの素で出たような疑問によって現実に引き戻される。そうだ、今は説明中なのに俺は何をしているんだ。とりあえず、早く説明を終えなくては。
「話を戻すと、学校に元凶がいるって考えられる理由はあといくつかあって、例えばカノンがこういう目に遭い始めたのが高校に入ってからってのも理由の一つ。でも、それだけだと通学路とかが原因の可能性も考えられる。
だけど、一昨日家に帰ってから昨日学校に来る際にも幽霊はついてなかったっぽいから、やっぱり原因は通学路じゃなくて学校の可能性が高い」
「……でも、昨日学校を探索したときはそんなのいなかったけど」
「昨日探索したのは人の多い場所だろ?……他の人にあの種類の幽霊がとりついているのを一回も見たことがないから多分カノン一人に執着をして、この学校の人気のない場所に潜んでいるんだろうな」
「……うえ、アタシに執着してんの?マジ無理なんだけど」
「ああ、だからカノンは俺たちがその元凶を倒すまでこの学校から離れててほしい。……申し訳ないが、その間学校を休んでもらうことになる」
「それは別にいいよ、学校の勉強なんて特に気にしてないし。明日金曜日だから三連休か、何しよっかなー。平日の休みだからできることもあると思うんだよねー」
カノンは学校を休むことなどまったく気にしておらず、むしろ降ってわいた三連休に心躍らせているようで、派手派手ピンクにデコったスマートフォンを取り出してスケジュールを立てている。……とりあえず学校に来れないのを気にしてないっぽいのは良かった。
「……真雲、必ずこの三日で元凶ぶっ潰すぞ」
「うん、絶対倒す」
真雲と横目を合わせ、元凶の現鬼の撃破を誓い合う。正直、朝のアレを見るに現鬼のカノンへの執着は一線を越えているように思える。これ以上の何かを起こすわけにはいかない。
「じゃ、とりあえず連絡先交換してよ。元凶ぶっ飛ばしたら一報入れる感じで。……あ、連絡忘れないでね?忘れてたら多分アタシ何日でも学校休んでパーリナイしちゃうからさ」
「博斗、任せた」
「お、おう……」
真雲はこういうことを忘れそうな自覚があるのか流れるように俺へパスしてきた。……俺もその認識は間違っていないと思っているため、スマホを取り出してカノンと連絡先を交換しようと近づこうとした――。
――その瞬間、ヴゥンっという機械音と似て異なる謎の音。
とっさに音がした方を向いてみると……カノンの近くの空間に赤い裂け目が発生している!?
「――はっ!?」
「――え?な、なに?なにこれ!?」
……俺はあの赤い裂け目と似たものを見たことがある。……忘れるわけがない。十年前、母さんと父さんを襲った奴もあんな裂け目のようなものから現れた。……だが、裂け目の色が違う、あの時は紫だった。
そして、赤い裂け目からは丸太ぐらいはありそうなぶっとい白い筋骨隆々の手のようなものが現れ、カノンの左腕をがっしり掴み、一気に裂け目に向かって引き込もうとしてきた!?
「きゃ!?いや……助けて!」
「――カノン!」
突然訳の分からないものに強い力で引っ張られたカノンはパニックになり、抵抗をしながらも掴まれてない方の腕、右腕を振り回している。俺はあの裂け目が見えた瞬間カノンに向かって走り出してはいたが、それでも……間に合うかは分からない。真雲は裂け目を見てまず槍を展開しようとしたから……今、ここでは俺が頑張るしかない!
「いや、いやぁ……!」
カノンの掴まれた方、左半身が手、足と順番に赤い裂け目に引き込まれていく!カノンは顔面を蒼白にしながら俺たちに助けを求めようと手を伸ばしている。
……俺には、謎の確信があった。ここでカノンの手を掴めないと、あの裂け目はカノンの全てを引き込んだ瞬間消えてしまい、カノンはあの白い剛腕の持ち主、恐らくあの白餓鬼共の親玉と二人きりになって……。
――それだけは絶対に阻止しなければならない!
「う、おおおおおおおおおおおお!」
体の中のすべての力を使う勢いで足をひたすらに前へ動かす!そして、カノンの手を……!掴、めるか!?
「だぁっ!」
「……あ、」
「――間に合ったっ!大丈夫だ、カノン!俺達がどうにかしてやるからな!」
「ぁ……ぅ……」
……どうにか、カノンの手を掴めた!だが、俺一人が引っ張ろうとしてもびくともしない!ならば……!
「――真雲!」
「……!はっ!」
カノンを掴んだ手とは逆の手を真雲に向ける。真雲は凄い勢いで俺に向かって突進をし、俺の手を掴み、その上で赤い裂け目に青い光を帯びた槍を投げ入れた!
「ゴオオオオオオオオオオオッ!」
「きゃああああああああああああああああああ!」
「うわあああああああああああ!?」
「くうっ……!」
――その瞬間、何かの叫び声のような轟音とともに白い腕の引き込む力がさらに強まり、俺達三人は一気に赤い裂け目へと引きずり込まれた。
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