第11話:琥珀眼、ギャルを守り切る
「ぐ、うぅ……ここは……?」
寝転がっている状態から目を覚ますと、薄暗い闇と果てのない岩壁。そして、空間内の妖力が異常なほどに濃い。ここは普通に空間ではないのかもしれない。
「なんで、俺はこんな場所に……?」
ズキズキとした痛みを伝えてくる頭を無理やり動かし、岩壁に手をかけて立ち上がりながら思い出す。……そうか、俺は、俺達三人は謎の赤い裂け目に引きずり込まれたんだった。
「……ということは、真雲もカノンもこの空間にいるはずだが」
スマートフォン(案の定全部圏外)の光で辺りを見渡してみると、この空間のすべては床も壁も岩でできており基本的に平坦。たまに大きい岩がぽつんと置いてあるぐらいだ。……真雲やカノンの姿は見えない。
その代わりにいたのは……カノンに取りついていたようなあの白餓鬼が七、八匹ほど、大きさはそれぞれで俺より身長が高いのもいれば、文庫本程度の大きさのもいる。だが、その白餓鬼共は俺に目もくれず一つの場所に向かって移動をしているようだった。
「……追ってみるか」
辺りは薄暗くて視界が制限されているため闇雲に探しても意味がない。それよりも、この白餓鬼共が目的を持って移動をしようとしているのが気になる、ついて行こう。
「ギッ!ギギギ……!」
「ギャハハハハッ!」
「ガギャガギャガギャ!」
「…………」
……相手の数的に途中で振り返りでもされて襲い掛かってこられたらひとたまりもないのだが……そこはリスクとして割り切ってしまおう。そして、数分間ほど大きい物音を立てないよう細心の注意を払いながら白餓鬼達についていくと……。
「きゃああああああああああ!」
「――――っ!?」
いきなり、甲高い女性の悲鳴が鳴り響いた。これは……進行方向、白餓鬼が集まっている方向からだ!思考をするより先に駆けだし、白餓鬼共を追い越して悲鳴のした場所に向かう。そこには……。
「グヘヘヘヘヘヘヘ……!」
「ギャハハハハハハハ……!」
「ギヒヒヒヒヒヒヒヒ……!」
「うっ、うう……!」
二十体以上の白餓鬼が岩壁にカノンを追い詰めていた。カノンの改造された制服のYシャツやスカートの一部が破れており、岩壁に追い詰められるまでに白餓鬼から逃げていたのだろう。
「いや! マジやめて! 来ないで! ――助けて!」
カノンは顔面蒼白状態で鮮やかな茶色の眼に涙をためて助けを求めている。
……考えている暇はない!助けなくては!
「らっ! 邪魔だ!」
「ギャッ!?」
俺は白餓鬼が集まっている場所のうち、可能な限り小さい白餓鬼が集まっている部分を見繕い、白餓鬼共を踏みつけて全速力でカノンの近くに向かう。
「……平気か!? カノン!」
「……ぁ、こはっくん」
カノンのもとに辿り着き、手を掴む。俺の姿を認めたカノンは心底ほっとしたような顔をして俺に縋り付きながら床にへたり込んだ。……というか、カノン、現鬼が見えている?。
「……なあ、カノン。もしかして見えているのか?あの白い鬼が」
「……あ、うん。なんかこの空間に入った時からあんな白くてきもいのがアタシを襲おうとしてきて……もうマジ無理!」
「そうか、見えてるのか……なんでだ?」
「ギギギギギギギギギ!」
「……考えている時間はねえようだな!」
ここに来る際に踏みつけたせいか白餓鬼共は明確な邪魔者として敵意とともに俺を睨み付け、カノンには性的な目線を向けてにじり寄って来ている。……とりあえず逃げて、可能なら真雲と合流をしたい。
「とりあえず、逃げるぞ。立てるか?」
「……ごめん、マジで安心して腰が抜けちゃった」
「そうか、仕方ないな。なら……」
カノンは憔悴しきり、指先一本すら動かせないような弱々しい様子で岩々しい地面にへたりこんでいた。だが、そうこうしている間にも化け物は俺達を取り囲み捕まえようと近づいてきている。……これは、俺が覚悟を決めるしかないか。
「……カノン。悪い!」
「ひゃうっ!?」
俺は丹田に力を込めてカノンの脚を持ち、抱っこの形で持ち上げる。……重い。時に脚とお尻のあたりにむっちりとした重さが……。
「ねえ、アタシのこと重いとか思ってないよね!? アタシ、ケツがでかいだけで太ってないから!」
「お、思ってない、思ってないから!」
俺のシャツを掴んで抗議してくるカノンをどうにか窘める。そして、包囲されている中で白餓鬼共が少ない場所を見計らって……。
「行くぞ、カノン。怖い思いさせるかもしれないから……眼、つぶっててくれ」
「……うん、任せた」
カノンは目をつぶり、俺の背中に手をまわしてがっしりと俺を抱きしめた。カノンの強い信用が控えめな胸の感触とともに感じられる。……これから俺は、あの白餓鬼の大群に突っ込む。
……このまま、大群に抑え込まれるよりはリスクをとってでも走り抜けた方がよっぽどマシだからだ。……どうなるかは分からない、けどカノンだけは絶対に死守をしてみせる!
「お、おおおおおおおおおおおおおお!!」
「ギャァアアアアアアア!」
大声で自分を鼓舞しながら白餓鬼の包囲が薄い場所に向かって全力で駆けだす!当然、白餓鬼共はそれを阻止しようと俺に向かって掴みかかってくる。
「ギャギャギャギャギャギャ!」
「……カノンに触るんじゃねえ!」
「ギャフッ!?」
「……ギャッ!」
「ぐぅ……ううっ!」
掴みかかってくる白餓鬼の中でカノンに向かってくるものを腕を動かして無理やりガードする。当然、その代わりに俺の体が掴まれ、引っかかれ、蹴られ、殴られ……鋭い痛みと鈍い痛みが体全体に広がっていく。しかし、前へ進む足とカノンを守る手を動かすことだけはやめない、やめてはならない!
「ら、あああああああああああ!」
「ギ……ギィ……!」
白餓鬼共を振り払い、全力で走り抜ける!人一人抱きかかえているとはいえ歩幅の差やスタミナなどは俺の方が圧倒的に上なようで、直ぐにほとんどの白餓鬼を振り切ることができた。そして、全ての白餓鬼が暗い闇に消えて見えなくなった頃、身を隠すのにちょうどいい大きさの岩を発見したため、回り込んでそこへ隠れることにした。
「はっ……!はっ……!もうっ、大丈夫だぞ。ゼェ……!カノン、降ろすぞ」
「……あ、うん」
「ふぅ……はぁ……うわ、ははっ、ひどいな……これ」
とりあえずカノンを降ろして壁に立てかける。白餓鬼から逃げている間は自分の状態を確認する余裕もなかったが、改めて見ると笑みがこぼれてしまうほどの酷い有様だ。全速力で走り続けたせいか息は絶え絶え。汗が滝のように流れ落ちて止まらない。現鬼に掴まれ、引っかかれたせいか服はボロボロになって穴だらけ、下半身中心に多くの生傷が作られており、脳に止まらぬ痛みを信号として伝えてくる。
そして、カノンの方を見てみると体を激しく動かしたせいか元々破れていた制服がかなり乱れており、Yシャツからは黒色のブラジャーがほんの少しだけはみでており、ボロボロ破けたスカートからはむっちりとした尻肉とそれを覆い隠すレース製のセクシーな黒色下着が丸見えになっている。カノンって上下両方黒、なのか……。
いや、こんなこと考えている場合じゃないな。……痴態を隠すための俺のYシャツをカノンに渡す。俺の上半身は薄手の黒シャツだけになるが仕方がない、女の子にいつまでもこんな格好させるわけにはいかない。
「……ふぅ。これやるよ。隠せる部分は隠しとけ」
「……あ!……あ、ありがと」
「礼はいい、汗臭かったらその辺捨てといてくれ」
「いや、捨てれないって!不法投棄はダメ!」
「……あ、そっか。じゃあ容赦なく俺につき返してくれ」
カノンは自身の痴態に気付いたのか顔を若干赤らめてYシャツを受け取り、体に巻いて下着を隠した。……とりあえずさっきの恐慌状態からは少し落ち着いたようで、立ち上がって周りを警戒している。
「……とりあえず、これからどうするか」
「まずは脱出でしょ!こんな場所もう一秒たりともいたくないんですけど!」
「いや、まずは……真雲と合流をしたい。真雲はめっちゃ強いから逆に白餓鬼共を一方的に狩れるようになる」
「真雲っち強いんだ!じゃあ、合流を目指す方針で!」
「……悪いな。俺が碌に戦えなくて」
「え?いやいや何言ってんのさ!さっきアタシを全力で助けてくれたのに!」
……俺は妖狩師じゃない。いや、もし妖狩師になっていたとしても妖狩がないからまだ戦えないのか?(確か、『覚醒』タイプじゃない限り、妖狩作るのには一週間かかったはず)
つまり、もし俺が妖狩師だったとしてもやることは今と変わらない。命を賭けてカノンを守る、それだけだ。
――この先、白餓鬼共にはカノンを指一本触れさせない!
その決意とともに、岩陰から身を乗り出して周りの安全を確認する。
……何もいない、移動をしても大丈夫だろう。
「周りには何もいない、行くぞカノン。……何があっても絶対に守るからな」
「ふえ……!?」
「……どうした?」
「……こはっくん、マジ、かっこぃぃ……ょぉ」
「……?」
カノンの様子が何かおかしい、声が小さくてあまりよく聞こえない。振り返ってみると薄暗くてあまりはっきりとはしないが、カノンは顔を茜色に染めて、なにか言いたげな様子だ。何か言いたいことがあるのなら素直に言ってほしいため、そのままじっとカノンを見つめているとカノンの顔はさらに濃い赤に変色していった。
「み、見ないで! マジ無理なんだから! これ以上見つめられたら……!」
「見つめられたら……?」
「……な、なんでもない! ほら、行くよ!」
「お、おい、危ないぞ……」
カノンは急に何かを振り払うようにずけずけと歩き出した。とりあえず走ってついて行き、先んじてカノンに危険がないかを確認できるようにする。そうした状態で数分間俺達二人は歩き続け――再び大きめの岩のある場所にたどり着いた。さっきのは丸っこい形状だったけどこれは角ばってるから違う岩だ。
「……とりあえず、こういう大きい岩をチェックポイントにして休憩挟もうとおもうんだが、どうだ?」
「いい提案!……休憩はマジ大事だからね!」
「そうだな。よし、数分休むか」
カノンは大岩にもたれかかり、俺はそこから少し離れた場所で周囲を警戒する。
「……こはっくんも休みなよ」
「休んではいる。ただ警戒はやめちゃいけないってだけだ」
「いや、そういうのが……まあこはっくんがいいならいっか……ふぅ」
カノンは思っていた以上に疲弊していたようで、体重のほとんどを大きな岩に預けて体の力を抜いている。いや、巻き込まれただけの一般人なんだからこれくらい疲れてて当然か。
……一応、今の調子について聞いておこう。
「カノン、今の調子はどうだ?身体とか心とか、無理してないか?」
「身体の方はまだいける。心の方も……意外と大丈夫、こはっくんのおかげでね」
「俺のおかげ……?」
「……え? 自覚ないの? マジ?」
「……あ、ああ」
カノンはかなり怪訝なことをしながら、俺を見つめてくる。しかし、心当たりがないためどうしても戸惑ってしまう。数秒間にらみ合いが続いた後、カノンはやれやれとでも言いたげに手を広げた。
「マジっぽいねこりゃ。マジかぁ……」
「……ど、どういうことだ?」
「アタシね、マジで人生最悪の体験だったの。ずっとケツ触られて、やっとそれが解決するかと思ったらなんか掴まれて引きずり込まれてキモイのに追い掛け回されて……マジ最悪」
「カノン……」
「でもね。こはっくんは……そんなアタシを助けてくれた。アタシを見つけ出して、手を差し伸べてくれて、何があっても守るって宣言してくれて……。マジで嬉しかった、ありがと!」
カノンはそう言い終えると花が咲いたように笑った。その笑顔は元々派手だったカノンの金色赤メッシュの髪色と合わさって、まるでこの暗い岩だらけの領域に咲いた大輪の花のような尊さと美しさを持っていて……。俺の思考は停止し、眼は周囲を警戒することも忘れ、カノンに釘付けになった。
……だからこそ、最速で気づけたのだろう。
――大岩に赤い裂け目が入り、二本の白くて巨大な腕が出てきてカノンを引きずり込もうとしてきたことに!
「――カノンッ!」
「きゃいっ……!?」
その腕がカノンを捕えようとするより早く、彼女を抱き寄せて腕から離れさせる!掴まえる対象を失ったその腕は、少しの間バタバタさせた後……赤い裂け目を掴んで広げようとしている!?ミシッ、ミシッという、錆びついたドアを無理やり開けるような音とともに赤い裂け目が段々と大きくなっていく。
「こはっくん。あれって……」
「どうやら、お出ましのようだな」
無理やりこじ開けられた裂け目から出てきたのは……その白く太い両腕の主。白餓鬼の親玉。全長数メートルはあり、全身が白い筋肉で覆われ、角が生え、虎柄の腰巻きを履いた……古くから伝わっているイメージ通りの大鬼だった。
「ゴ……ガガ……」
「こいつが……カノンに執着してたやつか」
「あんな奴に執着されてたの!?マジキモイ!マジ無理なんだけど!」
「安心しろ、カノンには指一本触れさせねえ」
「……うん!」
大白鬼は辺りを見回し、カノンを見た瞬間大口を開け、唾液をまき散らしながら下品に笑い出した。
「ゴ、ゴガガガガガガガガガガガガ!」
「きゃっ! うるさ……!」
「ぐうっ……!」
選挙演説を近くで聞いた時のような轟音波に耐え切れず、耳を手で塞いでしまう。しかし、絶対に大白鬼からは眼は離さなかった。一瞬たりとも目を離したら何が起こるかが分からなかったからだ。
笑い終えた大白鬼は口から唾液をボトボトと汚く垂らしながらこっちの様子をじっと見てきている。……動いてくる前に逃げた方がよさそうだ!
「……逃げるぞ、カノン!」
「うん! …………え?」
「……は?」
カノンの手を掴み、大白鬼から逃げ出そうとした俺たちが見たものは……白く、脈動する海。……違う、これは、全て白餓鬼――!
「ギャギャギャギャギャギャ!」
「ギギギギギギギギギギギギ!」
「ギュギュギュギュギュギュ!」
「ゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲ!」
「ギョギョギョギョギョギョ!」
「……なんだ、この数は」
俺とカノン、大白鬼を取り囲むように数十匹の白餓鬼が集まり、不快な大合唱を奏でていた。
「……まさか、さっきの笑い声で集まってきたのか?」
「……もう、マジ、むり」
カノンは限界を迎えてしまったのか、その場にヘナヘナと座り込んでしまった。……これはもう仕方がない。俺も全てを投げ出して大声で泣いてしまいたいぐらいだ。
……でも、ダメだ。こんなんじゃ、あの日の俺は救えない。
「……俺が、どうにかするから。だから、大丈夫だ」
「こはっ、くん……」
勇気を振り絞り、汗で濡れた髪の毛をたくし上げ、ポケットからボールペンを取り出して大白鬼に向かって構える。……どうやら、白餓鬼共は俺達を逃がさないための柵代わりなようで、取り囲んで以降は全く近づいてこない。その代わり、大白鬼が俺達に直接襲い掛かるということだろうがな。
「ゴ、ギィイイイイイイイイ!」
「…………っ!」
どうやら俺は大白鬼にとってとんだ邪魔者らしく、明らかな不快感を示して俺を睨んできている。……丸太の様に太いその剛腕に叩き潰されたら俺の体はあっけなく潰れてしまうだろう。明確な『死』がカタチを持って目の前に佇んでいる。今すぐに全てを投げ出して逃げ出したいという願望が胸の底から湧き出てくる。
……それでも、立ち向かえ。命なんて捨ててでも他人を救え。
――あの日の俺を救うために!
「……カノンに手を出そうってんなら、まず俺を超えてみろ!」
「ゴ!ギ……ギギギギギギギギギギギ!」
「……なんで動かない? というか、怯えている?」
空間内全体に歯ぎしりの不快な金属音が響き渡り、大白鬼はとても悔しそうに俺を睨みつけている。……何に怯えているのかは分からないが、襲い掛かってこないのならば――!
「――ギッ!」
「うおっ……!?」
「ゴァッ!」
「……え?…………あ」
白餓鬼が俺の頭に石を投げてきた! それを避けるために大白鬼から視線を切ると……。その僅かな隙に大白鬼はその巨拳を振り上げた。振り上げられたその拳は、重力という絶対のルールに従って俺の脳天へ――。
「【受難槍(パッション)】」
「ゴッ!?」
凛とした叫び声とともに地面から青い槍が生えてきて、振り上げられたその拳を貫いた!いきなり腕を貫かれた大白鬼はひどく動揺をした様子で腕を抑えてきょろきょろと辺りを見回っている。そんな大白鬼に――さらに一条の青い光が突き刺さる!
「【回旋槍(ロンド)!】」
「ゴアアアアアアアアアア!?」
青い光が大白鬼を横薙ぎしたかと思うと大白鬼は上半身と下半身に分かたれ、上半身が床に落ちるドスン、という重たい音が辺り一帯に広がった。
そして、青い光が晴れてその先にいたのは……やっぱり、真雲だった。
「ごめん、遅れた。二人とも無事?」
「ああ、まあな」
「……すっご。真雲っち、マジ強だったんだ」
「うん。私は強い……わっ」
「真雲っち、サイコー!」
カノンの称賛する言葉に気をよくした真雲が大きな胸を張る。カノンはそんな真雲に抱きついて安心と喜びを分かち合っている。……何か、違和感がある。とても大事なことを見落としているような……。
「ん?こはっくん、なに悩んでるの?」
「博斗は多分、脱出方法を考えてる」
「ああ、なるほど!まあゆっくり考えていこーよ!なんてったってこっちには最強の真雲っちがいるんだから!」
「……いや、違う。何かを、忘れているような」
「何かってなに」
「それは……」
とりあえず、頭に思い浮かんだ違和感を口に出そうとした瞬間。
「ゴオオオオオオオオオオオオッ!」
「…………なっ!?」
大白鬼の上半身が異様な俊敏さで動き出し、真雲をその拳で殴りつけた!真雲は凄い勢いで壁に叩きつけられ、ドゴッ!という衝突音と共に岩壁の一部が崩れ落ちる。
「……え? え、え?」
「……大丈夫か、真雲!? ……あ!」
そうだ! 現鬼を倒したのにチリになってねえ! ……つまり、倒せていなかった!? 大白鬼の方を向いてみると、ボコッボコッという肉が爆ぜるような異様な音を立てながら下半身が再生していっている。……再生能力持ち、なのか。
「けほっ。……くぅっ」
「真雲、平気か!?」
「平気、だけど……どうやって倒そう、あれ」
とりあえず、真雲は少しだけ傷を負ってはいるが致命的なものではないようですでに戦闘態勢に持ち直している。
「ゴアアアアアアアアアアアアアッ!」
「ギギ……ギャギャギャギャギャギャ!」
「ガギョオオオオオオオオオオオ!」
大白鬼の雄たけびにより、白餓鬼の海が脈動を始めた。……これからは白餓鬼共も容赦なく襲い掛かってくるのだろう。
「……正直、この状態であの大白鬼の弱点探る戦いしながら白餓鬼から二人を守るのは少し無理がある。……博斗、何かある?」
……何かあるか、か。あるなしで言えば……ある。あの大白鬼を改めて眼を凝らして見てみると、コアの場所が分かった。あの大白鬼は、脳天にコアを持っている……恐らく、そこをぶち抜かなければ無限に再生されてしまうだろう。
だが、白餓鬼なアクティブな今の状態で真雲が脳天を狙いに行くのはカノンが襲われるリスクもある。
だから、俺はこう提案をさせてもらおう。
「あるぜ、真雲。あの大鬼の弱点は脳天だ、そこをぶち抜けばあいつは倒せる。だが脳天なんて場所、狙ってる間はほぼ間違いなくカノンが白餓鬼の脅威にさらされちまう……だから、俺が全力で守る。真雲はなるべく早くあの大鬼を倒してくれ、いいか?」
「……わかった。無理しないでね、博斗」
「わかってるって。……カノン、こっち来てくれ。ちょっと命賭けて守るから」
「ひゃいっ!? ……マジでかっこいい提案を『ちょっと』なんて感覚でしないで欲しい!」
カノンを中心にして大白鬼側に真雲、白餓鬼側を俺が担当することで、カノンを確実に守れる陣形にする。そして――白鬼共が動き出した!
「ゴギャアアアアアアアアアアア!」
「ギィアアアアアアアアアアアア!」
「……来るぞ!行ってこい、真雲!」
「……うん!」
カノンが走り出すとともに魔力風が俺達の間を駆け巡る。そして、白餓鬼共がカノンに襲い掛かってくる。……俺は再び両腕を広げ、白餓鬼共を受け止めた!
「ギャオオオオオオオオオオ!」
「ギャギャギャギャギャギャ!」
「ぐぁ……! だが、悪いな。倒れねえぞ! カノンには一歩も触れさせねえって、決めたんだ!」
「……ぁ、ぅ、頑張れ! こはっくん!」
「ああ! 頑張る!」
白餓鬼共は筋肉の付いた腕で掴みかかり、鋭い爪で切り裂き、腹を蹴り飛ばし、邪魔者である俺を排除しにかかってくる。だが、俺は倒れない、カノンが後ろにいて、応援してくれるから!そして、真雲の方は……!
「ゴオオオオオオオオオオオッ!」
「二回目の不覚はとらない」
真雲のその言葉とともに一度使い終わった槍が再び起き上がり、宙に浮いて青い光を帯びた。そして、その槍達の先端はある一点を指していて……。
「【追復槍(カノン)】!」
真雲のその力強い詠唱と共に槍から青い光がほとばしる! 青い光は一直線に大白鬼の脳天を薙ぎ、コアをぶち抜いた!
「ゴギィイイイイイイイイイイイ!」
そして、大白鬼の断末魔の叫びとともに大量の黒いチリが辺り一帯にまき散らされる。その瞬間、自分を押しつぶさんとしてきた白餓鬼共も黒いチリになって消失した。安堵からか、怪我で体がボロボロになったからか、体全体の力がみるみるうちに抜けていき……今度は俺が地面にへたり込んでしまう。
「はぁ……! 終わった、か」
「うん、お疲れ様、博斗。頑張ったね」
「まあ、頑張りはしたけど……頭なでるのはやめてくれ」
「頑張った人はこうやって褒めるものだから」
座り込んだ俺をのぞき込むようにかがんだ真雲が俺の頭をよしよしと撫でてくる。……正直気恥ずかしい。あと、かがんだせいか真雲のスカートがめくれて白色の下着が丸見えになっているのだが……それは指摘しなくていいか。
「きゃあああああああああああ!?」
「……カノン!? どうした!?」
……カノンの、叫び声。まさか、まだ白鬼がいたのかと急いで振り返ると、そこには……!
「な、なにこれ、体からなんかすごいもん出てきてんだけど!?」
カノンが体から緑色の妖力らしきものを迸らせていた! その妖力の影響か暗く閉ざされた岩場に色とりどりの花が咲き出している!
「え?これ、体が……」
そして、緑色の光が俺達も包み始め……ボロボロだった俺の体が、若干の手傷を負った真雲も、急激に修復を始めた! つまり……!
「まさか、希少な回復系妖術」
「マジ!?アタシすげえ!」
「……カノンがあの白鬼に執着されてたのって」
「ああ、そういうことだろうな」
今この時は、俺と真雲の両方が同じことを思い出していただろう。
『覚醒の資質がある人は妖魔に狙われやすい』こと、そして『強い妖魔を倒した後にまき散らされる妖力を受けると覚醒をする』ことを。
――カノンは覚醒タイプだったのか!
「……これは、妖狩師増えちゃうかもね」
「そうか、良かったな真雲。同性で同年代の友人ができるってことだろ?」
「うん、嬉しい。ついでに博斗も、どう?」
「……少し、考え直そうと思ってる。……!?」
その口から出た言葉に自分でもびっくりした。あまりに無意識のうちに真雲の言葉にそう応答をしてしまっていたのだ。……なんで、こんなことを口に出してしまったのだろうか。
「本当? ……ありがと」
「お、おう……」
「ねえ!? これどうやって止めるの!? とめどなく溢れてきてマジ怖いんだけど!? 死なないよね!?」
「……ちょっと、妖力制御のコツ教えてくる。博斗は脱出口探して欲しい」
「了解、まあ邪魔者いなくなったしすぐ見つかるだろ」
……そうか、カノンも妖狩師になるのか。
……あれ?妖狩師になるってことはカノンも俺とキスを……?
いやいや!そんな、まさか。あんな派手派手で俺とは住む世界も違うようなギャルが俺となんて、そんな……。
「実はね、妖狩師になったら博斗と……」
「えっ!? 屋上でのアレってそういうことだったの!?」
……まさか、な。
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