もう20数年前になる。2ちゃんねるの創設者である西村博之さんと出会った頃、彼から教えてもらったことがある。その頃、ネットの炎上事件といえば、2ちゃんねるが起点となることがほとんどだった。彼は2ちゃんねるの管理人だから、2ちゃんねるへのアクセスログを解析することができる。
彼によると、ほとんどの炎上事件は極めて少人数のユーザーが起こしているとのことだ。1人の場合も多いし、多くても5人以内のチームによって炎上事件は発生しているとのことだ。
これは多くのSNSがユーザーの関心度や盛り上がりを数値化してランキング化し、ランキングが上位の書き込みを優先的に表示するアルゴリズムを採用していることが理由だ。
つまり、たった1人であっても、1人何役もの書き込みをして、盛り上がっているようにみえるスレッドをつくると、2ちゃんねるの掲示板上で上位に表示され、また、自作自演であっても、なにかみんなが怒っているようなスレッドをみると、釣られて一緒に怒り出す、そういう習性をもつネットユーザーがたくさんいるからだ。
2ちゃんねるのような古いSNSと違って、最近のSNSは同一ユーザーのなりすましは難しくなっているし、表示の優先度を決めるアルゴリズムも複雑になっているため、ひとりだけで炎上を演出するのはさすがに難しくなっているが、ごく少数のチームが頑張って工作活動をすれば、ネット上の架空の盛り上がりや炎上事件を演出することは以前可能だ。
むしろ、個人であれ、だれでも工作活動ができた2ちゃんねる時代と違って、ある程度の組織力があるチームにとっては、より自分たちだけが工作活動がしやすくなっているのが、現在のSNSだといえる。
実際に、いまのSNSにおいて組織的な工作活動はどれくらいされているのだろうか?
これについてはニコニコ動画、ニコニコ生放送を運営していた立場からいうと、政治分野においては、かなり昔から確実に存在していたということがいえる。
与野党含めて、あちこちで怪しい書き込みがあったわけだが、特に組織的な活動があったのは、自民党の政治家を持ち上げ民主党の政治家の発言は徹底的に叩くことをやっていた謎の集団だ。
彼らは政治系の生放送番組で注目が集まるようなものがあると、番組開始と同時に待機していて、終了時までずっといる。ただし、突発的な放送には弱く、当日に番組が告知されるような時には現れない。十分な事前告知が必要だ。
そして、自民党の政治家がなにをいっても持ち上げ、民主党の政治家がなにをいっても、否定するコメントを書く。ニコ生は視聴者のコメントが画面に表示されるため、なにも知らないユーザーが見ていると、自民党の政治家は世論に支持されていて、民主党の政治家はまったく信用されていないように見える。
こういった狂信的な自民党のネットサポーターがいつから出現したかについても明確に分かっていて、それは第2次安倍政権の誕生直前に、野党時代の自民党で安倍晋三総裁が選出された時からだ。そして第2次安倍政権時代はもちろん、そのあともずっと彼らはニコ生で活動を続けていた。
しかし、石破政権の現在は、彼らはニコ生には存在していない。いつから、いなくなったのかというと、岸田政権の時だ。
この謎の集団は、だれがなんの意図で動かしているかは、結局、ぼくらも分からなかった。
ただ、明らかに自民党自身がやっているのではない。ニコ生は自民党のネット広報を担当している部署とも、かなり日常的に仕事をしていたが、こういう露骨なネット工作を彼らがやっているとは思えず、また、相当なネットリテラシーが必要であり情報が漏れたら大スキャンダルになるため、自民党自身が関与するにはリスクが高すぎるプロジェクトだ。
民間企業へ委託するのも、それだとスタッフから、いつか必ず、情報が漏れるだろうから、それも考えにくい。
おそらくは自民党に恩を売りたい団体で、ある程度の人数の工作員が動員でき、工作員は秘密を守らないと自分の身の危険を感じるようなカルト的な組織が行っているはずだ。
そして、彼らは、いまは自民党を応援していないのだとすれば、だれを応援しているのだろう。
関連は分からないが、それまで知名度が全然無かったのに、突然、ネットで大人気みたいな政治家が発生するような場合には、なんらかの工作活動の存在を疑うべきではないだろうか。
さて、現在、SNSの規制が話題にあがっているが、特定の誹謗中傷は禁止するという表現規制のほうに流れていくことを、ぼくは懸念している。
たとえ誹謗中傷であろうとしても一般市民が世の中について文句をいう権利は個人の思想・表現の自由として最大限に許されるべきだと、ぼくは思う。
現在、問題になっている誹謗中傷は個人の表現の問題ではなく、集団である対象を集中攻撃するというイジメのような手法の問題だと、僕は考える。
しかも、それを組織的におこなう集団があるというのが、非常に問題だ。
組織的に他者を攻撃する団体というのは非常に強い存在だ。理由をいくつかあげると。
・ 上記のように組織的な書き込みはネットの炎上を簡単につくりだすことができて、たとえ根拠のないデマであっても、だれかをパブリックエネミーにしたてあげることが可能。
・ 組織的に書き込むことによって、ひとりひとりの書き込みは名誉毀損にまではならない程度に抑制しながら、全体として対象を精神的に追いつめるような書き込みをすることが可能。
・ 攻撃する対象を守るような書き込みをするユーザーがいた場合に、そのようなひとも集団で攻撃することによって、相手の味方がネットにいなくなるような状況をつくることが可能。
・ 味方となる弁護士を用意しておき、攻撃をする対象やその味方が怒って反撃してきた場合に逆に名誉毀損で訴えることが可能。
以上のような状況を考えると、下手にネットで誹謗中傷の表現規制を導入した場合には、組織的に誹謗中傷する集団がルールを逆手にとって逆に有利になることすら想像できる。
組織的な書き込みを規制するためには、組織的な書き込みをできるだけリアルタイムに検知する仕組みが必要でそれはネットのプラットフォーマーの協力が必要だ。法律的な根拠をどうするのかは課題だが、そういう情報を必要なときに司法なり、第3者機関がチェックできる体制をつくらなければ根本的な解決は不可能だということをここで書いておく。
以上