無駄に洗練された無駄のない無駄な動き
「無駄に洗練された無駄のない無駄な動き」という言葉がある。まったく言葉通り、無駄に洗練された無駄のない無駄な動きを撮影した動画にコメントとして書かれていることがある言葉。
このようなコメントがつく動画で一番好きなのは、「BAR CENTIFORIA」という麻布十番にあるお店のバーテンダーさんの所作を記録した一連の動画。インスタグラムやYoutube、TikTokなどで人気を博している
Tropy
「無駄に洗練された無駄のない無駄な動き」という言葉から思い出すのは、2005年の11月3日から3日間だけ公開されていた、Tropyという「Web0.5」を標榜したWebサービスだ。Tropyは、だいたい、下記のようなものであった。
このサイトでやることは、どこかのだれかが書いた文章をランダムに読むこと、その文章を自由に改変すること、新しい文章を書くことの3つだけ。文章内ではタグもつかえないし、URLにリンクがはられることもない。誰かが書いた文章にたどり着くための仕組みは、ランダムリンクしかない。
SNS、Blog、Wikiなど、Web2.0とかいって、ユーザー生成コンテンツ(UGC)、ユーザー発信メディア、ユーザー同士のコミュニケーションなどといったコンセプトがもてはやされた時代に、これらのコンセプトをすべて削ぎ落とし、不便極まりないWebサービスであったが、ごくごく一部のインターネットジャンキーが、無駄に洗練された無駄のない無駄なコミュニケーションに熱狂した。
タイパを重視して、あいたスキマ時間にすることは
若者たちは、時間効率、タイパなどといい、省力化、効率化を重視して生活しているらしいけれど、その省力化によって生み出されたスキマ時間にやるのは、YoutubeやTikTokなどのショート動画での暇つぶしであり、スマホゲームのデイリークエストだ。時間効率を重視した生活は、一見、効率性や生産性を重視しているように思えるが、食事や睡眠など生きるのに必要なことよりも、生産性のない無駄なことに時間を消費することに重きをおいているとも言える。
ゲームのUIの非効率性
ゲームのUIというものは、効率化をもとめると一律Excelのようなものになってしまい、まったくつまらないものになってしまうから、あえて不便につくられることがあると聞いたことがある。あえてインターフェイスを不便にすることで、意図した操作ができたこと自体が成功体験となる。まったく、デジタルゲームというのは無駄であり、デジタルゲームで時間を潰す人というのは、無駄を買っているともいえる。
ワーキッシュアクト
また、趣味での創作活動、町内会活動、ボランティア活動など、昔からあるお金にならない非効率・非生産的な活動が「ワーキッシュアクト」などといって注目を集めている。効率性・生産性を重視する価値観で考えると、まったく無駄な作業といえるのだけれど、一連の作業を完遂することによるささやかな成功体験や、社会に参画しているという充実感を与えてくれるものでもあったと再認識され、再評価されている。
急速な結論
生産的で効率的な作業は全部ロボットやAIがやってくれるようになる。無駄を売り、無駄を買うという時代になっていくだろう。生産性、効率性を追い求める人は、AIとの勝負の矢面に立たされていく。ある人は、AIには生産性、効率性で勝てないと一瞬でさとり、「効率的に」勝負から降りるだろう。ある人は、諦め悪くAIに勝負を挑むだろうが、勝ち目のない勝負に挑むとき、ふとこれは生産的なのだろうか、効率的なのだろうかと自問自答しはじめる。生産性・効率性を追い求めること自体が、これからの時代、もう無駄なことだ。しかし、無駄であるが故に今後も有意義なことではある。ふと、生産性・効率性をもとめることが無駄だなと考えて自暴自棄になりそうになったとき、無駄なことの価値を考え、再認識してみるのもよいと思う。