これは、とある男性から聞いた話だ。
話しているうちに、彼の声には次第に暗い響きが混じり始めた。
最近、彼は街中で「目のない人」をよく見かけるのだという。普通の盲目の人間ではない。眼球があるはずの部分にはやたら大きく、深い黒い空洞がぽっかりと開いているらしい。昼間でも夜でも、不意にその姿を目撃してしまうことがある。奇妙なのは、目立たない場所にいても、その「目の空洞」だけは異様にはっきりと目に入るということだ。
最初にそれを見たのは、自宅近くの交差点だった。無意識に視線を向けると、電柱の影にその人影が立っていた。離れた位置から、じっとこちらを見つめている――いや、見ているというより、空洞がこちらを吸い込もうとしているようだった、と彼は語った。
彼の家には、いわくつきの歴史があるらしい。
彼の祖父が幼少期を過ごしていたのは、とある山村だった。しかし、祖父の兄――Tという男の所業が原因で、一族全員が村を追い出されることになったのだ。Tは人として最低の存在だった。酒に酔っては周囲の女性に暴力を振るい、誰彼構わず手を出す。人妻だろうが幼い子供だろうがお構いなしだった。止めようとする者が現れれば、Tは容赦なく殴りつけ、逆らう者たちを恐怖で支配していた。
ある夜、Tは隣人のKの妻に乱暴を働こうとした。それを目撃したKが激昂し、Tに殴りかかったのだ。しかし、これは最悪の結末を招いた。Kは逆上したTによって押し倒され、何度も何度も殴りつけられた。顔は見る影もなく潰れ、最期には両眼球を抉り取られたのだ。Tはその眼球を酒瓶に詰め、「記念品だ」と嘯きながら持ち去った。後にそれを川へ投げ捨てた、とT自身が語ったらしい。Kの家族は恐怖のあまり、何も言えず震えるばかりだった。
この事件をきっかけに、Tの一族は呪われたとされる。T自身は晩年、眼球が腐り落ちる病に冒され、そのまま病死した。その後、祖父も失明し、父もまた現在進行形で視力を失いつつある。奇妙なのは、一族の者が必ず「目のない人」を目撃するということだ。
彼の父も若い頃、その存在を何度も目にしたらしい。そして、今ではその呪いが彼自身にも及んできている。
「目のない人」がK本人なのか、それともTの呪いそのものの化身なのか――その答えは分からない。ただ、その姿を目撃するたび、彼は背筋が凍り、これが呪いというものなのだろうと嫌でも実感するのだという。
数日後、彼と再び会う機会があった。
彼は落ち着きのない様子で話し始めた。
「昨日、『目のない人』が家の中にいたんだ。玄関に立って、じっとこっちを見ていた」
声は震え、額には冷たい汗が滲んでいた。いつも遠くにいたはずの「目のない人」が、とうとう近くに来てしまった。次に何が起こるのか――彼にはもう、それを想像することすら恐ろしいのだという。
彼が語った話の終わりを聞きながら、ふとあることに気づいた。彼が語る「目のない人」の姿が、まるでこちらにもじっと視線を注いでいるかのような錯覚を覚えたのだ。それ以来、なぜか、私も街の片隅で黒い空洞を見た気がしてならない。
(了)
[出典:583: 本当にあった怖い名無し:2010/05/11(火) 02:29:09 ID:heQnbitS0]