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『ロシアトヨタ戦記』ロシア社会がビジネスを通して見えてきて面白い

ロシアがウクライナに対して侵攻し始めた頃、本屋で見つけて買った。少し寝かせて最近読了*1したのだが、トヨタの内情、ゼロ年代のロシアとその周辺地域事情、プーチン周辺の具体的な動き、トヨタ車の揺るぎない信頼ブランド、トリビア、ロシアの闇、世界情勢、そしてロシア人たちが少し情緒的に過ぎるが描写力豊かでかつ教養溢れる筆致で書かれた面白い本だった。

著者は長銀のコンサルでウクライナで長年活動し、キーウの日本大使館で働いてたりもした人物で、ロシアトヨタの社長としてロシアに赴任するのだが、外交官としてのスキルとトヨタマンとしてのスキルで様々な問題を切り抜けていき読者を飽きさせない。

先に言うと、当然悲しい本である。ロシアによるウクライナ侵攻開始の1年前に発売されたわけだから。しかし、今本書を読んだところ、答え合わせかのようにロシアをウクライナ侵攻に走らせた下部構造とたまに浮かぶ上部構造としての事件が織り込まれており、日本から外側を見ているだけでは不可解な動きに、もしかしたらこういうことか?と了解することが出来る。本書から読み取れるのは、現在のロシアは戦前の日本に近い社会構造、情勢であり、日本に生きるものとしてはむしろ馴染み深い感覚だ。

この本が悲しいのは、汚職が蔓延り、人が人を信じず、同僚と助け合わない未成熟な社会を、せめて自分の会社ではまともな他者を信じ、助け合い、人に投資する社会にし、将来ロシアが成熟した社会になることを信じていた著者の態度が裏切られてしまったことなのだ。

著者はロシアがよくなることを信じていたわけだが、ロシアのヤバエピソードは本書のさまざまな箇所に散りばめられており、明確にリスクであると言及する場合もあり、今回の戦争の伏線のようになってしまっている。信じたい気持ちと目の前の事実から推測されるヤバさの狭間で書かれているのは十二分に伝わる筆致だ。

トヨタの世界進出の仕方

ゼロ年代、トヨタは一気にグローバル企業になった。ロシアでトヨタはどのように成長し撤退したか、を端的に示すとこうなる。

中古車マーケット+部品→非正規のディーラー(ディストリビューターは国外)→ディストリビューターの進出(=正規のディーラー)→工場進出→撤退

ディストリビューターの進出に大きな壁があり、進出出来るのはある程度社会が安定している状態らしい。著者が赴任した当時、最初のディーラーとの取引条件はドルでのキャッシュオンデリバリーで厳し過ぎ。HUBじゃねぇんだぞ!てなるよね。

よもやま話

  1. ブリュッセル視線
    • 当時のトヨタのヨーロッパ統括はブリュッセルで、ロシアは地域的にヨーロッパの傘下にあったのだが、上から目線でとにかく売りまくって稼いでこいという姿勢があったらしい。なんともブリュッセル地味たエピソード。
  2. 大陸ならではの流通
    • 日本からならウラジオストクからのほうが近いじゃんだが、極東が田舎すぎてフィンランド経由のほうがマシだったらしい
    • サンクトペテルブルクから直接引き上げないの?ってなるが、ロシア国内の治安が悪すぎるからフィンランド経由にせざるを得なかったらしい。やばすぎ。
    • カザフスタンなど旧ソ連圏はロシアから車を供給するほうが、言語、文化、商習慣が似ていて道路も発達しているから良いらしい。大陸って面白いね。
  3. ユーコス事件
    • プーチンが石油会社のCEOを脱税容疑で逮捕し、会社は解体し国有化、CEOはシベリア送りという事件が2003年にあったのだが、そんな大統領の国に進出ってどうなんだとケチを付けた人がいたらしい。慧眼である。出世してい欲しいものだ。
  4. 大政奉還
    • 著者はトヨタ家への大政奉還前の会長とツーカーだったんで、結構そのあたりの事情を感じなくもない。
  5. ロシアメーカーの人間も認めるランドクルーザーの圧倒的信頼性
    • ロシアのSUVメーカーであるUAZを視察したら、うちの車は信頼性ないから吹雪の中必ず2台で動くんですって言われる
  6. トヨタの社員、結構トヨタ生産方式理解してない
    • トヨタ社員で、かつトヨタ生産方式の研究者によるド直球の本でもそうだったのだが、こちらの著者もトヨタ生産方式の理解甘いなって感じで、生産や開発部門じゃないとトヨタ生産方式って教えないっぽいですね

*1:実はこれを書ききったのは1年以上経っているのでもう最近じゃないけど今更直すのも面倒で……笑