Location via proxy:   [ UP ]  
[Report a bug]   [Manage cookies]                

笹山団地

おもしろそうだわ!

 北海道新聞の書籍紹介欄で見つけたこちら!

「おもしろそうだわ!」
との思いを抱き、さっそく図書館へリクエストいたしました。

帯にはこう書かれています。

有名な観光地でも“映え“スポットでもない、人々に忘れ去られそうな場所を「たまたま」訪れる愉しみ。

著者は「小指」さん。
本名の小林沙織名義での活動もなさっています。


本書は、漫画のページと文章で表現されたページが混ざっていて、それぞれに味わい深い。
 
ゆるゆると緩んだ気持ちでページをめくっていた私でしたが、思わず声が上がりました。


笹山団地
なんと…馴染のある場所が紹介されていたのです。


ということで、これは私のノスタルジーにひたる記事となります。
あしからず。

笹山団地

 おおお・・・「笹山団地」。
こちらの過去記事から少々抜粋いたします。
kyokoippoppo.hatenablog.com

 団地というのができて転校生が増えてきたのは、私が小学4年生のころ。
ある転校生は高架を走る新幹線を見て
「わあお!」
歓喜の声をあげました。

 団地は新しくおしゃれで、コンクリート製の頑丈な建物に住む友達は流行に乗っているように思えました。
うちみたいに押入れから布団を出して寝るのではなくベッドで寝るというのも、ステキに思えました。

 小学校では鉄筋校舎が増設されました。
新校舎のトイレは水洗でした。
木造校舎のトイレといったら、アンモニア臭が立ち込め、下を見ればよどんだ汚物が見え、落ちる恐怖がつきまとうようなトイレ、いや「お便所」でしたから、登場した水洗トイレに飛びっきりの新しさを感じました。

当時私が憧れた団地こそが「笹山団地」だったのです。

ここが、さびれ、ゴーストタウン化していることは知っていました。
たまたま見つけたこの記事によって・・。
suumo.jp

懐かしさにかられ、ブックマークにこのようなコメントまで残したのでした。


そう、子ども達で溢れていた我が母校は、年にその歴史を閉じています。
kyokoippoppo.hatenablog.com

携帯を使い「上菅田小学校」を検索したところ・・・・あらあら我が小学校は、他校と統合したために閉校しておりました。
どうりで見つからないはずだわ!!

 話を『偶偶放浪記』に戻しましょう。
たとえさびれてはいても、訪れた土地土地の魅力を見つけて、それを発信する小指さんですが、ここ笹山団地では、全くそのような高揚感を感じることはできなかったのです。

陽も沈みはじめ、街灯も少ないので辺りがどんどん暗くなるにつれ私の中の絶望も一層深くなっていった。もう、すぐにでも帰りたい。この一心だった。

路線バスの窓から横浜西口の明かりが見えたとき、小指さんはは、心底ほっとするのです。

その路線バス。
市営バス92系統。
どれほど利用したことでしょう。
北海道での暮らしが、40年以上にもなった今でも、92の数字は記憶として貼り付いているのです。

高台に造成された富士見ヶ丘のふもとにあった富士見橋の停留所。

私の故郷です。
富士見ヶ丘は私の家があった住宅地です。
最後は過去記事、『グーグルアースで迷子になる』からの抜粋です。
自分の郷愁にかられて貼り付けました。

名前が示す通り、富士山の美しい姿がはるか西の方角に見えました。
山を切り開いてつくった造成地。
階段を降りて、さらに坂道を下り下り、下り切ったところで、道路を渡る。
次は一転登りとなる。
祠の横の、幅1メートルにも満たない階段をあがってしばらくすると、Jちゃんち。
次の階段を昇りきると対面する富士見ヶ丘全体が一望できる高さとなります。
このあたりにNちゃんち。
仲良し二人はこの丘「源氏ヶ丘」の住人です。

源氏ヶ丘のてっぺんにある小学校へたどりつくには、あと一つ階段を登ります。
ああ・・その小学校が見つからない。
珍しく遅くまで起きていた私ですが、あきらめてパソコンの電源落とし、休みました。

 これは、読書の記録にあらず、私の回顧録になってしまいました。
次回はしっかり『偶偶放浪記』のタイトルで書くことにいたしますね。