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GONKAKU (ゴンカク) 2007年 10月号 [雑誌]
- 出版社/メーカー: イースト・プレス
- 発売日: 2007/08/23
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- 出版社/メーカー: エンターブレイン
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ともに多くのページを割いて、ゴッチ追悼記事を掲載している。(Fight&lifeは当方がまだ買えてない)
格通は、先の号で特集していた。
もいっかい載せとくね。
【GONKAKU】追悼 カール・ゴッチ「神様と過ごした日々」。
[ラスト・インタビュー]カール・ゴッチ
「レスリングは人生と同じだ。誰かを打ちのめすことで学ぶのではなく、打ちのめされて学ぶんだ」[独占インタビュー]前田日明
「ゴッチレスリングの真髄を誰も知らない」。[独占ロングインタビュー]“ゴッチ道場”の扉の中に入った、ただ1人の男 藤原喜明
「ゴッチ・ノートの真実」カール・ゴッチ×ジョシュ・バーネット
“神様”が伝えたかったこと。伝え切れなかったもの──。
【kamipro】■プロレスの神様、天国へ――カール・ゴッチ追悼特集
☆本誌独占! “猪鬼”が語る師匠カール・ゴッチ アントニオ猪木ロングインタビュー!
「俺のプロレスは力道山、テーズ、ゴッチでできている」☆ジョシュ・バーネット
「ボクが“カール・ゴッチ”になります」☆ビル・ロビンソン
「“我が友”ゴッチの思い出を語ろう」☆山本小鉄
「あんなに強いヤツはいなかったよ!」
両誌ともに、インタビューもよく目にする有名人をそろえたものの、今までのプロレス雑誌ではなかなか触れ得ない、ゴッチのエピソードや論を披露し、飽きさせない。
考えてみれば世界の聖人たちは釈迦もキリストも孔子もソクラテスも自分の著作、などはない。周囲にいた人たちそれぞれが、覚えている彼らの言行を残し、不朽の古典としたのだ。
如是我聞(このように、わたしはきいた)。
日本から何度もあった自伝や技術書のオファーに気乗り薄だった”神様”には、むしろこういうスタイルこそがふさわしいかもしれない。
まず、GONKAKUから話そう。前田インタビュー
kamiproでは大人(じゃないなあ、あのいざこざ)の事情でできない前田日明インタビューと、もうひとつは藤原嘉明インタビューを掲載している。
で、今回の前田日明氏の発言は、最近では珍しく腑に落ちる・・・とは言わないまでも丁寧に耳を傾けるべき議論に満ちていて、たいへんに知的興味もそそられた。
というのは前田氏のいうことは、ゴッチとキャッチレスリングだけじゃなくて、武道の伝承…そして教育や科学的真実の開拓、という話にも応用が効きそうだからだ。
前田のいうところを要約する。
◆「ゴッチの技術はポジショニングがなく、通用しない」という人がいるが、それは愚かである。
◆なぜならゴッチの下で練習した人は自分も含めて、期間があまりにも短い(最長で藤原の半年間)。合気道でも空手でも柔道でも、半年間で学びつくせる技術があるわけがない。
◆ゴッチはやむを得ず、簡略版として、まずその技術を学ぶ前提としての「コンディショニング」を伝授した。そして、ほとんどの門下生はそこに留まっている。
◆そして、ゴッチ教室で教えてくれた技は、「技の完成形」。「そこに行くにはどういう流れでやるべきか」は、上のコーチ期間の短さのほか、自分自身が現役、教える相手もライバルだという意識+自分で試行錯誤せねば身に付かないよという親心の意識があわさって省略していた。
◆ゴッチは「リングスがサンボ勢を引き入れたのはいいアイデアだ」とたいへん評価していた。サンボの技術体系と重ねて分析すれば、もっとゴッチレスリングの真髄が見えたかもしれない。
いかがです。
教育論や科学技術論に、どういう風に応用が利くかは語るまでもないでしょう。
武道でも、いま大槻ケンヂがネタにしているような古武道の「型」も、そこに至る何かの流れを敢えてカットしており、「それを自分で考えてこそ免許皆伝ぢゃ!」みたいなものだったのかもしれない。
だがしかし、上の議論でも完全に納得しにくいところがある。
なるほど、敢えて技の完成形だけ教える。応用、そのプロセスは考えさせる。
それが効果的かもしれない。
しかしここで敢えて「親切ゴッチ」を仮定しよう。彼に十分な時間もあり、藤原や前田、船木誠勝らに技を極めるまでのつなぎ、プロセスまでを完璧に一から十まで教えたとする。
その場合、技術はスポイルされただろうか?
それともそれが分かればそれへの防御も生まれ、さらにそれを破るフェイントが……と発展し、今以上の技術体系ができていたのかもしれない。
これは何度か、ブラジリアン柔術の中で今なお残る「秘伝」「他の道場生には見せない、教えない技術」の存在と、それがアメリカに渡った後「いまどきそんなの古いよ!みんなで完全オープンにして教えあったほうが絶対に強くなるって」というナウい感性のアメリカナイズ柔術家によるアンチテーゼ(実際に実績が上がっている)という話で書いた。
もちろん、嘉納治五郎による講道館柔道(乱取り導入)や千葉周作の北辰一刀流(竹刀と防具による稽古)のことも視野に入っている。
このへんは考えていくと話がまとまらないので、教育者でも(社会)科学者でもある松原隆一郎氏に来月、「私から見たゴッチの教え方」を話してもらいたいものだ(GONKAKUに連載インタビューがある)。
ただし、それを読んだ前田日明が「おう、お前なちょっと(以下略)」なことになったら、それは俺は責任を取らない(笑)。
こんな疑問、問いが生まれるのも含めて「ゴッチの遺産」だとしたい。
同誌 藤原嘉明インタビュー
冒頭にて、藤原がキャッチレスリングの貴重な伝承者としてアメリカでセミナーをやっているという話が出てくる。はい、一部純プロレスファンには意外かもしれないけど、この道場本舗読者…というかひねリンブログ読者は驚かなかったですよね。
http://hinerin.blogspot.com/2006/07/ufc.html
……また、近年「日本のキャッチレスラー」として藤原組長の昔の教則が欧米向けに改めてDVD化されて発売されたとか、ついこないだエディ・ブラボーが「ツイスター=アブドミナル・ストレッチ使いの俺様は、柔術家ではなくキャッチレスラーとしての自分に目覚めてしまったのだあ!」と電波を飛ばしてこんな爆笑サイトを作ったりも。それから去年、北米キャッチレスリング史の大家、マーク・S・へウィットさんが、ずばりそのまま「Catch Wrestling」という名の本を出し、ボスナーvs東勝熊等、柔術vsキャッチの初期の歴史を書いてくれてたりする。そういえば日本でも、サンテルvs講道館柔道の本が出たんだよね。ヘウィットさんによる、エリオvsズビスコ(スタニスラウスの弟の方。実は実現してたとか)に関する本ってまだなのかな?
6ページにも渡るインタビューなので、これも印象に残った部分を箇条書きで
◆自分がゴッチさんのところに行けたのは、猪木さんが「お前は頑張っているから褒美をやろう。何がいい?」と聞かれて、「ゴッチさんのところに行きたい」とお願いしたから。
◆ゴッチ以前の新日はガチスパーはあったが「根性で極めろ」というものだった。
ゴッチさんは『レイブリッジ(テコの原理)だ』と論理的に教えてくれた。自分は工業高校で応用力学をやっていたから、普通以上に理解できた
◆マンツーマンの練習は地獄の苦しさだが楽しかった。途中の昼には、ワインに氷と水をがっぽり入れてごく薄めたものを飲んだ。これは軽くておいしい。つうか薄めないとぶっ倒れちまう。
ゴッチノートのくだりはあまりにも有名なので省略しよう。
ただ、前田の主張を裏付けるものである。
「ゴッチさんが教えるのはこうすればこうなるという”点”のことだから。俺はそれをつなげて・・・”線”に繋げていったんだ。…全部パズルのように頭の中でピースをはめて・・・体系化する必要があった。ツリーのようにね」
◆ノートは寄付して、オークションに掛けられたけど肝心な部分はその場で破って出さなかった。俺のテクニックはそんな軽いもんじゃない。現物はないが、すべて頭に入っている・・・けど、結構忘れてきた(笑)。やりながら、思い出したりする。
◆俺は補強運動は好きじゃなかった。ちょこちょこやってはいスパー。その代わりぶっ通しでやったから、スパーはそのままコンディショニングになるんだ。
(引用者申す。これは俺もだ(笑)。若い人がスパー前にやる練習は遅れて(笑)、彼らが体力を使ったところで自分が100の力で挑んでちょうどいい(笑)。といっても自分は一本3分やったらへとへとで休憩なんだけどさ。)
◆スパーは寝技から始まる。これは立ちからはじめたらリングで一組しか練習できないが、寝技からなら一隅に一組で計4組練習できるから。極められてタップしたら、そのままの体勢で始まるやり方ではなく、一回極めたら上と下を交代していた。
(引用者申す。これは意外な歴史の逆転で、少なくともUインターでは極めてもそのままでさらに極められていたという。それを安生が改革したとか、いやこれはプロレスで、相手が裏切って極めてそのままさらに攻めてきたときの対処法だからいいんだ(鈴木みのる説)とかいろいろあった。あとで検証が必要だろう)
◆ゴメスから教わったヒールホールドと、自分が使っていたアキレス腱固めを組み合わせ、アキレスからヒールへの連携技を自分で考えた。
(引用者申す。これが前田を、アンドレの魔の手から救ったわけだ)
◆1976年のスパーリングで、ルスカを俺が極めまくったのは本当。10分間に10回ほどは極めた。
◆前田やみのるには、スパーで一回も極めさせていない。
◆ゴッチさんは67歳ぐらいで、俺たちと一緒にスクワットをやってた。500回と思ったら「499、500、501…」。千回かなと思ったら「999、1000、1001・・・」まさか1500だろうとなったら、「…1501、1502」(笑)
◆最晩年の写真に、自分が作ったゴッチさんの似顔絵入りマグカップがあった。黄ばんだ状態で、ずっと使い続けてくれたようだ。うれしかった。
◆相撲もよく見ていて、「かいなを返して、おっつけて…」とレスリングのテクニックに結び付けて見ていた。
最後にゴッチの藤原評を引用しよう。またひとつ、ゴッチ語録が加わることになる。
「最もガッツのあった教え子だ。彼は決してギブアップしなかった。ガッツは誰かが与えてくれるものではない。自分がしてきたことに対して、天が自然に授けてくれるものなのだ。少しずつ身に着けていくしかないんだよ」
藤原はこれを記者から聞き、目を真っ赤に腫らしながら「最高の言葉だよ・・・・・・あと一週間生きてりゃ83歳か。電話してやりゃよかったけどな。ゴッチさん、電話ちょっと長いから(苦笑)」
と、泣き笑いしている。
「カール・ゴッチトリビュート」
http://omasuki.blog.drecom.jp/archive/1284
を皮切りに、計4回(予定)に渡って掲載。
知らないような情報もかなりある。長州力が「ゴッチ道場落第生」なのは知っていたが、最後に本気のスパーがあったとか。