「水素」破格に…触媒1粒で効率水分解、ノーベル賞級日本人研究者の偉業
カーボンニュートラル(CN、温室効果ガス排出量実質ゼロ)の実現に向け、安価な水素の大規模供給が渇望されている。水素は燃料として使えるだけでなく、二酸化炭素(CO2)と反応させればプラスチックを製造できる。炭素を環境に排出せず、繰り返し使うことが可能だ。この水素の価格破壊を起こすと期待されるのが光触媒。粉を水にといて光を当てると水素が得られる。日本にはノーベル賞級とされる研究者がいる。(3回連載)
「正直、あと2―3年待ってほしかった。もう少しで実用レベルに到達する」―。英調査会社クラリベイトの2024年の引用栄誉賞を受賞し、堂免一成信州大学特別特任教授は苦笑いした。同賞はノーベル賞の前哨戦にも位置付けられる。水分解光触媒は実用化まであと数歩のところまできている。
光触媒研究は光の吸収波長を広げ、水の分解効率を高める。この二つを両立させる必要がある。太陽光のすべての波長を触媒が吸収できれば、光の利用効率が向上する。光エネルギーで水を効率的に分解できれば生産性が向上する。前者は光触媒の母材、後者は助触媒が機能を担う。そして水を分解して酸素を作る助触媒と、水素を作る助触媒は物質が異なる。そのため母材と二つの助触媒がそれぞれ開発されてきた。堂免教授はこれらを一粒の触媒で実現した。

堂免教授は「一つの触媒で水素を生成できたため、光触媒が実用技術と認められた」と06年の論文の意義を振り返る。二つ必要だった触媒を一つにまとめた研究は高く評価され、英科学誌「ネイチャー」に掲載された。それまでは水素生成と酸素生成の触媒の間にレドックスシャトルという電荷の受け渡し機構が必要で、反応効率が上がらない要因になっていた。
一粒の触媒上で二つの反応が完結すれば効率は劇的に向上する。堂免教授らは窒化ガリウムと酸化亜鉛を固溶させてこれを実現した。窒化ガリウム/酸化亜鉛の界面が酸素を生成し、助触媒のロジウム・クロム酸化物複合体が水素を生成する。エネルギーの小さな可視光でも水素を作れると実証した。
母材の吸収波長拡大が課題
それまでは光触媒のアプローチは実現性を疑われるほどだった。堂免教授らの論文は人工光合成の研究に火を付けることになる。欧米でも同じアプローチの研究プロジェクトが立ち上がっている。
また水分解の面では紫外光を用いて量子収率100%を達成した。触媒が光を吸収すると電子と正孔が生じる。量子収率100%とは、生成した電子と正孔はほぼすべて水分解の反応に利用できていることになる。
この研究では母材にアルミニウムを添加したチタン酸ストロンチウム、水素生成助触媒はロジウム・クロム酸化物複合体、酸素生成助触媒に水酸化酸化コバルトを利用した。チタン酸ストロンチウムの結晶は電子が流れやすい表面と正孔が流れやすい表面が存在する。そこで電子の流れやすい面に水素生成助触媒を付着させ、正孔の流れやすい面には酸素生成助触媒を付けて反応が干渉しないように制御した。わずか500ナノメートル(ナノは10億分の1)の18面体の粒を精密に塗り分けることに成功している。
現在は性能を維持したまま母材の吸収波長を広げられるかが課題になっている。新しい母材として窒化タンタルやスズ・ニオブ酸化物などを見いだした。堂免教授は「元素を添加すれば波長を広げることはできる。だが結晶に欠陥が入りやすくなる」と説明する。
実用レベルにはあと数歩必要だ。日本は触媒分野に限らず、半導体や電池などマテリアル研究者の層が厚い。思わぬ分野のアイデアがブレークスルーをもたらすかもしれない。
触媒研究と並行して事業化や製造プロセスの検証も進んでいる。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)事業では、実際にパネル1600枚を並べて100平方メートル規模の水素製造実証システムを構築した。プラント設計の知見を蓄え、現在は三菱ケミカルなどが実証開発を進めている。
大学の基礎研究が終わってから企業に成果を渡すのではなく、大学での基礎研究と産業界の事業開発が並走している。水分解の原理解明とプラントの設計ノウハウを連携させ、研究でも事業でも勝てるかが注目される。
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