(続きを書いたのでよろしければそちらも)
続・インボイス制度の問題の本質 - novtanの日常
セルフまとめで絶賛とかタイトルつけてるやつがいるのでイラッとして書いた。
togetter.com
個人的にはインボイスの制度自体は事務コストの問題とか(何とかするって答弁かなんかで言ってた気がするんだけど)本名開示問題とかそういう話があって可哀相だしなんとかしろよって思っている反面、制度自体がおかしいとは思わないので、そのあたりも含めて簡単に説明しておいたほうが良い気がした。専門家でもなんでも無いけど、とにかくさっくり免税事業者は益税だから悪みたいに結論づけるこのまとめにイラッとしたので。
まず言っておくと、免税事業者が益税云々という話は「必ずしも当たらない(役所並)」と思っているのでそういう立場だと思ってください。
さて、問題によくなるフリーランス事業者の免税問題についてはまず消費税がどこで発生してどう取り扱われるか、ということを知らなければならないですね。と言ってもこんな話は国税庁が普通に解説してくれているのである。
これの具体例を見れば一目瞭然であるわけですが。
www.nta.go.jp
もう少し事例を一般化というか、踏み込んだ事例に近づけると、よくある仕事の話としては
発注元→元請け→下請け
という構造になることが多いよね。フリーランスの登場の主な部分はこの下請けになるので、一旦この設定で考えよう。
ここで、どこで消費税が発生するかというと、まず、元請けが発注元から150万で仕事を受注する。この150万にかかる消費税は15万なので、発注元は165万を支払うことになる。
そして、下請けに100万で発注する(これは50万抜いてるってことじゃないよ。元請けにも仕事があり費用があり、外注する分の費用が100万ってだけだよ)。本来であれば、単価100万で請け負った下請けは消費税込み110万を請求して受け取るわけだ。じゃあ、消費税って25万発生しているの?っていうとそうではない。元請けにおいては仕入れにかかった費用にかかわる消費税額については下請けが納付するべき消費税なので元請けが納税する金額は15-10万で5万ということになります。(上記の国税庁のサイトで7.8/110になってるのはおそらく国税分だけだから。地方消費税分が除かれている)
実際の消費税の納付の仕方はいくつかパターンがあるので必ずしもこうならないけど、まあ単純化するとそういうお話です。つまり、中間の事業者は仕入れ(実際には課税仕入)にかかった費用の消費税は控除の対象になります。これがお話のポイントですね。なお、課税仕入かどうかは仕入れの相手先が免税事業者かどうかは現時点では関係ありません。
さて。
インボイス制度というのは、インボイスという適格請求書を発行することができる事業者として登録してね、という制度なんですが、ポイントとしてはその登録をすることで免税事業者でなくなります。そして、仕入れる側としても適格請求書を受け取った仕入れ以外は消費税控除の対象にならないということですね。つまりさっきの例でいうと
150万(+15万)で受注し、100万で発注した先が適格事業者でない場合、元請けの事業者が消費税を15万納付する必要がある
ということですね。何の問題もありません。ありません?一見ないんですが、ここがもう一つのポイントで、こうなった場合って当然ですけど「下請けが消費税額分を上乗せ請求することはおかしい」ってなるので、下請けに渡る金が110万→100万になるってことですね。まあでもその10万は下請けが消費税納税する代わりに元請けが納税するのですから何の問題もない。ないですよね?
ところが、その下請けが免税事業者だった場合はどうでしょうか。免税事業者なので110万もらったら110万もらってるわけです。何を当たり前のことをと思うかもしれませんが、課税事業者であれば110万もらってもそのうち10万は確定している税額ですから、もらったことになりません。その代わり、自分が仕入れに掛けた額の消費税分は控除できますけどね…
世の中に言われているところの「益税」ってのはこの部分になります。
ふーん、じゃあ免税事業者が不当に金を貰いすぎてるってことじゃない、ってなりますよね?なりますか?
ここが本件について意見の分かれる最大のポイントですね。僕としては原則論で言えば免税事業者もちゃんと消費税を納付するようになったほうが制度としてきれいだなーって思いますね。
消費税が導入された時にインボイス制度を諦めた背景としてはやっぱり当時も中小事業者(主に個人商店)の負担が大きすぎる、ということに配慮した(消費税導入自体を優先した)からだし、みなし仕入率なども段階的に修正されてきたとは言え、特に消費税開始当初はまさに益税と言って良いくらいではあったんですよね。
でもちょっと待ってほしい。これは本当に益税なのか?
ここで注意したいのは、いわゆる「個人商店」において、普通の商取引で発生する仕入れと売上の差額が云々って話って自由に仕入れができる市場のもとでは大いに益税として機能する余地があると思うんですが、フリーランスのなんちゃらがそうであるかという点にも目を向けるべきです。
先に述べた例で「単価100万で請け負った下請けは消費税込み110万を請求して」って書きましたけど、本当に消費税分ってもらえてます?もしかして「君免税事業者だよね?相場100万+消費税だけど、免税事業者だから100万ちょっきりでよいよね?」ってなってませんか?これ個々の契約の話だから最終的にはそこでの取り決めの話でしかないんだけど、こういった形で「相場より安く受注している」場合、まさにガッツリ益税の話なわけです。つまり本件のお得度合いは単純化すると2パターンあって
- 相場が100万なのに100万税込みで受注している(元請けが得している)
- 相場が100万なので110万税込みで受注している(下請けが得している)
ということになりますよね。そうするとさ…1番目のパターンの場合に下請けの人が「課税事業者登録するので110万で…」って言ったら「えー、そんな急に単価上げられても困っちゃうんだよね。取引停止ね」となる可能性もあるわけです。なんとなく優越的地位の濫用の匂いを感じますが、元々口車に乗って低い相場で受注しちゃっていることが致命的なわけですね。
後者の場合、自分が設定した適正な価格に対して税込みでもらっている場合はまさに益税を享受していることになるので、まあそれは諦めてよねって感じはします。とはいえ、これまで発生していなかった事務コストを自分で負担する、ということになると、稼働率が落ちる(=売上が下がる)か、費用が余分にかかるか、いずれにしてもこの益税になってた部分を取り崩す以上に負担が増えることもありえますよね。なので益税だったんだからいいじゃんってほど単純ではないかな。
結論としては「税抜きの相場の金額を税込みで契約しちゃっている」人が特に割りを食う話だってことですよね。そして、下請けの立場から簡単に「というわけで消費税分の単価マシマシで」とはいえない、という仕事の構造上の問題があります。で、どちらの場合も事務コストの負担は馬鹿にならない、というのも大きなポイントですよね。
それでも、自分が「起業する」とした以上はある程度受け入れるべきことではあります。なので、もう一つの大きな問題は「業界構造上本来会社員であっても良いはずの仕事が個人事業主として行われている」ことなんですよね。ここに切り込まないことにはこの話は解決しないと思います。古くは美容師、今だと声優とかアニメーターとかですかね、特に問題になりがちなのは。正直IT業界とかはサラリーマン最強、その座を譲ってまでフリーランスをしているつよつよエンジニアはこの制度で食われる程度のものではないと思っておりまして、単なる選択ミスじゃねーのと思わなくないんですが、業界そのものが個人事業主であることを強いるようなところについては本件の影響はデカくて重いですよね。自分で単価を決められるような状況にあるならさておき、不利なオファーを断れないって構造だと益税が発生しているのは末端の個人事業者ではなくて、元請けにあたる会社なんですよ。だから、この制度に反対している末端の人を簡単に責めている人は、そういった問題についても、もうちょっと考えてほしい。
働き方改革などの中で国がフリーランスという働き方を提示しておいてこれ、というのもまたヘイトを集めるポイントではあります。まあでも普通の人はサラリーマンやっときゃいいんだよ、という思いは結構ありまして、そうじゃない、どうしても戦わなければならない業界や個人の事情みたいなところにはもうちょっと寄り添いたい気持ちもあります。この話はそういうものであり、益税だから、とかで一発で割り切れるような話ではないんですよ。
ちょっと補足
ブコメを読みつつ。単価を上げるにしても上げないにしてもどこかに皺寄せが来るよね、というのは益税という批判へのアンサーを踏まえると「納税サボってたところに皺寄せが来るのが当然」というのが「正しい」と思いますよ。カッコ書きである理由は本エントリを読めばわかるよね、ということで。
だから、一番Evilな状況ってのは「発注元である立場が強く、相場より安い価格で発注している元請けが今回の対応としては下請けが消費税ちゃんと払ってないだけということにする」ですよね。
適正な価格で税込み発注している元請けは当然なにも問題なく、本件の負担も事務が変わるくらい(それはそれでおそらく負担なんだけど)でよくて、逆に免税されていた請け先については益税を享受していた部分がなくなって一気に苦しくなるかもしれない。でもそれが適正相場(これの判断も超難しいわけだが)なのであれば、それはまさに批判されている益税そのものなわけで。
一方で、さっき言った一番Evilな状況の元請けってのもこれまで免税事業者を安く使うことで実質益税の部分を転嫁して享受してきたわけだし、それで今回さらに下請けにオラ知らね。ちゃんと適格請求書出してね、って言っちゃうから一番Evilなんですよね。往々にしてこういう会社は「納税してないのは下請けの勝手。相場より安い値段で受注してるのも下請けの勝手」と言っちゃうわけですね。こういうのが優越的地位の濫用として断罪されるような世の中であれば特に問題ないはずなので、本当に下請け事業者(フリーランス、個人事業主)がやるべきなのはインボイス反対じゃなくて、価格転嫁を認めない元請けの仕事を団結して避けることだと思うんだけど、それがおそらく出来ないだろうってこともわかるので、世論としてバックアップが必要なはずなんだよね。ともあれ、インボイス反対ってのは構造上の益税そのものを擁護している構図になるから実質益税じゃないんだ的なことを声高に叫んだところで益税批判者の批判をかわすことは出来ない。発注元のあくどい商売を糾弾したほうが良いよね。
もちろん、本当に消費税を益税として享受していてフリーランスサイコーとか言ってた人についてはあまり同情には値しません。