さて、グーグル社員の書いた例の文章(声明)についてだ。
Google の社員が、社内で「社員の多様性を重視するのはよくない、男女は生物学的に違う」という内容の文章を公開し、それが社外にリークされたために、世界中で問題となっている。また、その社員は2017/08/07の月曜日に解雇されたらしい。
ところで、ヨナタン・ザンガーは、素粒子理論物理学出身のグーグル元幹部(主席技術者)で、おりしも、例の文章が問題になる直前に辞めたので自由にいいたいことが書けると下の文章を公開して話題になっている。ヨナタンに連絡して、翻訳と公開の許可を求めたところ、快諾していただけたので翻訳した。なお、原文が書かれたのは2017/08/06の日曜日であり、解雇の前である。
翻訳: http://d.hatena.ne.jp/nuc/20170809/p2
原文: https://medium.com/@yonatanzunger/so-about-this-googlers-manifesto-1e3773ed1788
きっと、もうグーグル社員(偉いやつではない)が社内で公開した文書のことは聞いたと思う。女性と男性は本質的に違って、女性がエンジニアになれるようにする努力はやめるべきだ、だって努力に見合わないんだもの。そういう文章だ。
先週までなら、ぼくはこれについて表立って発言することはなかっただろう。(かなり偉いグーグル社員として、)内部でこれに対して対処しなきゃいけないことになっていただろうし、秘密保持の規則があるから外で大々的にコメントすることは難しかっただろうね。
まあ、でも、たまたま、(さすがに、こんな形で発表することになるとは思っていなかったんだけど、)実をいうと、最近グーグル辞めたんだ、あ、別に上の話は全く関係ないし、どっちかというと、めっちゃいいことがあって辞めたんだ。詳しく知りたかったらここで読めるけどね。そんなわけで、これが起きたあと、ぼくはもうみんなと同じように部外者になってしまって、単にギズモードにリークされてたからこんな文章を書いたやつがいたっていうのを知ったっていうわけなんだ。
それに、ぼくはもう部外者で、これについて知っている機密情報は何も持ってないから、もしも社内にいたら社内で公開しただろう文章をここで書こうと思う。これはグーグルだけの問題じゃなくて、技術畑にいるすべての人間に関係があることだからね。
さて、だれかさんが、内部文章でジェンダーとぼくたちの「イデオロギーのエコーチェンバー(観念形態の残響室)*1」について書いたほうがいいと思ったらしい。だから、ぼくはここでいくつかはっきりさせないといけないことがあると思う。
(1) とても権威的に書いてるけど、この著者はジェンダーについて何も知らないようだね。
(2) もっと面白いかもしれないことに、この著者はエンジニアリングというのを分かってなさそうだ。
(3) そして、もっとも真面目な話として、この著者は、これを書いたら何が起きるか、彼自身や周りに何が起きるか、見えていなかったようだ。
1.
あんまり(1)について時間をかける気はない。もしも、だれかが、この文章のジェンダーに関するひとつひとつの意見が、どれくらい盛大に間違っていて*2、ここ何十年もなされてきた研究に対して真っ向勝負を挑んでいることかについて、つぶさに挙げたいというならまかせるよ。ぼくは生物学者でも心理学者でも社会学者でもないから、他の人に譲るね。
2.
ぼくはエンジニアだから、この仕事がどういうものかについてのこんな基本的なことについて何も分かってないのにここまでやってこれたっていうことに正直びっくりしたね。あの文章には、「ペア・プログラミングや協力を増やすことで、もっと人間指向の人向けの方法でソフトウェアを作ろう」とかあるんだけど、それは「人間指向の人向けの役割とグーグルはどうなれるか」っていう根本的な限定がついているし、なにがもっと驚いたって、「共感を重視しないこと」という題の章があって、解決策としてこれを提案しちゃってるんだ。
エンジニアリングをしたことがない人、あるいは、基本的なことしかしたことがない人は、こういうふうに思っているかもしれない。エンジニアリングというものは、コンピュータの前で座って、内部のループをめちゃくちゃ最適化したり、クラスの API をきれいにすることだ、と。たしかにね、みんなそういうことはするし、(ぼくもだけど)だいたいみんなそういうことするの物凄い好きだよね。それに、エンジニアリングの初心者のあいだにする仕事のほとんどはこういう感じだ。正しいか間違っているかはっきりしていて、淡々とあるところまでこなせばよくて、基本的な技術を磨ける。
でもね、グーグルの職務階級があるところから、等級の番号から言葉になるのは偶然じゃない。そこがちょうどある意味で一番初めの訓練期間が終了するところなんだ。誰かにじっくり見てもらわなくても一人で仕事ができるようになる。そこからようやく、本当のエンジニアリングがはじまるんだ。
エンジニアリングっていうのは、装置を作る技のことじゃない。問題を解決する技のことだ。装置は手段でしかない。目的じゃないんだ。問題を解決するっていうのは、まず、問題を理解することである。そして、ぼくたちがしていることのまさに目的が、外の世界の問題を解決することである以上、人々を理解すること、そして、つくったシステムと人々がどうやって関わっていくかを理解することが、システムを作るひとつひとつの過程において本質的だ、ということなんだ。(これは本当に大事で、だからいろいろな職務階級がある。PM の階級、UX の階級、とかいう、ある種の問題に特化したやつだね。でもね、スペシャリストがいるからといって、エンジニアはそれから関係がないってわけじゃない。真逆だ。エンジニアリングのリーダーは作るもののことを深く知らなきゃいけないに決まっている。それこそが仕事において最も大事なことだ。)
そして、一度作るシステムを理解して、なにが作られるべきかきちんと決まったら、引きこもってコードを書き始めるとでもいうのかい? まあ、趣味でやってんならそうだね。でも、プロ、それも「地球規模」とか「通信事業者クラス」とかいう言葉が少しも大げさじゃないようなシステムの仕事をしていたら、連携して協力することこそが仕事のほとんどだとすぐに気がつくはずだ。二十のばらばらのシステムじゃなくて、ちゃんと一つのシステムを作っているかどうかをはっきりさせることだ。依存関係やリスクがきちんと管理されているかはっきりさせることだ。将来の変更や発展が容易になるように、どこまでが一つの部品かを正しく設計することだ。あらかじめいろいろな種類の危険を、SRE(サイトの信頼性)、セキュリティ、プライバシー、不正使用といった各種の専門家チームとともに、プロジェクトが瓦礫の山となる前に押さえ込むことだ。
本質的に、エンジニアリングというのは、きみの同僚やお客さんと、協力して、協調して、共感することがすべてだ。もしも、だれかが、きみに、エンジニアリングというのは人々や感情の相手をせずに済む分野だ、といったならば、残念ながらきみは騙されているといわなければならない。一人でできる仕事は、かなり初心者のときにしかない。それも、だいたいは上司だろうけど、だれか上級者が、長い時間をかけてチームの中に、コードを書くのに集中できる組織構造を作ってくれたからだ。
例の文章の中で、「女性」の特徴として挙げられていたどれもが、エンジニアリングにおいて成功するために一番大事な特徴だということが分かるだろう。だれでもコードを書くくらいできる。そりゃ、L7 階級くらいまで昇進するまでに、技術を基本的に完全に習得していることくらいは求められている。でも、この仕事で本当に難しいのは、そもそもどういうコードを書くのか、どの目的をどの順番で達成するかのはっきりとした計画を練ること、そして、実際にそうなるのに必要な合意を得ることだ。
ここまでの話はぜんぶ、例の文章の結論が全部逆さまな理由になっている。女性の方が、社会環境の影響で、人々の感情的な欲求に気づくのが得意なのはそうだね。でも、これは、いいエンジニアになる理由であって、逆じゃない。ぼくは、はじめはこういうことができなかった。何年も何年もかけて、へとへとになりながら、学びつづけなくてはいけなかったことだ。(あと、付け加えておけば、ぼくはめちゃくちゃ内向的だ。20年前に、毎日複雑な人間関係の問題に取り組むのに向いているか聞かれたら、気でも狂ったかと聞き返しただろうね。)でも、これが、この仕事でいちばん重要なところだから学んだんだ。これが、いちばん途方もない挑戦や実りある結果を生むところだと分かったから学んだんだ。
3.
ってことはだ。(3)が一番深刻なところだということだ。いつも以上に無遠慮にいうよ。ほら、いま人事部の決めた迷路みたいな規則から自由でさ、いつもだったらものすごい機密指定がかかっている場所でしかいえないことを自由にいえるんだ。それと、ここの部分は、特に例の文章の著者に向けたものだ。
きみがしたことは、信じられないくらい馬鹿で有害だ。きみは、きみの同僚のかなりの部分が根本的にこの仕事に向いていない、政治的な理由でこの仕事をさせてもらっているだけだ、と主張する文章を会社の中で公開した。しかも、それを考えたり、内輪で言ってみるだけではなくて、企業全体でそれを正統化しようとする方法で表にした。だから、他の人たちは立ち上がって「おい、待てよ、それでいいのか?」と言う羽目になった。
ぼくはこのことはとてもはっきりさせておかないといけない。きみが書いたことがほとんど間違っているというだけじゃない。きみがしたことは、その会社にいる人々にひどい被害を与えた。そして、その会社の機能全体を無茶苦茶にした。そして、そうなることに気がつくことも、きみの仕事の一部だ。実際、それは他の仕事であってもまさにそうだろう。ぼくはもうその会社にはいさえしないというのに、ここ一日の半分は、いろいろな人と話して、きみが引き起こした無茶苦茶を掃除しなきゃならなかった。評判に与えた被害はいうまでもないけど、どれだけの時間と感情を動かす努力がこれにつぎ込まれたか、ぼくには想像もつかない。
そして、これのきみへの影響だ。ぼくがきみと一緒に働くように誰かを配属するとき、良心が痛むことをきみは分かってくれただろうか。女性を配属して、この状況に対処させるようなことはとてもじゃないけどできない。きみと働かなきゃいけなくなったけっこうな人は、きみの顔面に向けて殴り掛かるだろう。たとえ、似たような考えの人たちを集めてチームを作れたとしても、そのチームと協調してくれる人なんていないだろう。きみは教科書にあるような敵意に満ちた仕事環境っていうのを作り出したんだ。
もしも、例の文章を書いてなかったとしたら、もしかしたら、きみが順風満帆の経歴を歩むためにはどういうことができなきゃいけないか、きみとぼくは話し合ったかもしれない。それこそがまさにきみが「女性の技能」と類型化したことだ。でも、いまとなってはまったく違う話をしなくちゃならない。きみがどんなにコードを書くのが上手だとしても、そんなことができるひとは掃いて捨てるほどいる。きみの行動によって、きみが同僚たちに与えた悪い影響は、そんなことよりも遥かに重大だ。
考えを議論することの重要性について書いてたね。「ぼくたちは Go 言語を主に使うべきだ、とぼくは思うんだ。」と「ぼくの同僚の1/3は、生物学的にこの仕事が向いてないか、そうじゃなかったとしても、向いているとおのおのすべての人が心から納得するまでは、向いてないとして扱うべきだ、とぼくは思うんだ。」の違いを学ばなきゃならない。すべての考えは同じじゃない。ある種の考えについての会話は、最低限の正統性すらない。
もしも、このことで疎外されたと感じるなら、もしも、きみの物の見方が技術畑で基本的に歓迎されないもので口に出せないようなことだと感じるなら、まあ、その通りとしかいいようがないね。この見方は、発症した組織を根源的に腐らせ、人々を追い出すものだ。こういう見方をする人を受け入れて、こういう見方に特化していないような組織はぼくにはちょっと思いつかない。もうしわけないけど、長い将来に渡って、これはきみにとって深刻な問題として残るだろう。でも、ぼくたちの会社は、すべての人にとっていい環境を提供しようと全力を尽くしている。もしも、だれかがそれを妨害していることが分かったなら、解決策はかなりはっきりしているね。*3
ここにこんなことを書いたのは、ぼくがもうあの会社に所属していないから、どんなことでもおおっぴらに言えるからなんだ。でも、これは、絶対にはっきりさせておきたい。もしも、きみがぼくの指揮系統に入っていたら、(3)のすべての内容は「これは容認できない」という一文に書き換えられる。もしかしたら、一つ上の段落の中身はつけるかもしれないけどね。(3)の内容は、きみ、きみの上司、人事部と法務部のだれかが出席する会議で聞かされることになる。建物から警備員によって連れ出され、私物は後ほど郵送すると告げられるだろう。あと、それから、きみは、これは「自由な公開討論の名のもとになされている」と思っていて、上に書いたような重大な結果にはなにひとつ気がついていない。このことは、なおわるいことだ。せめてましなことじゃない。
*1:訳者注: 残響室は、外の音が入ってこなくて、中の音が漏れずに延々と反射し続けるように作られた、音響実験や録音をするための部屋のこと。外側のイデオロギーが遮断されていて、内側ではイデオロギーが延々と聞こえ続ける様子をエコーチェンバーに喩えて、単一イデオロギーに染まりきった場所、という意味。
*2:だいたいだけど、すべてではない。例の文章の中にあるとても大事な本当のことは、男性の性的役割はとても柔軟性にかけ、これは特徴ではなく、バグだということだ。実をいうと、これこそが、この文章にあるその他すべてのことを書かせた核心部のバグなんじゃないかとすら疑っている。でも、例の文章の残りの部分は、基本的に、このバグがあることを最適にするにはどうしたらいいかについてだ。バグを最適化しちゃ駄目。直しましょう。