「自分が百冊引き取る」
「二百冊の半分を引き取ってくれるなら増刷を考える」ということだった。私も何とかお役には立ちたいが、本探しもそこまでのことになると判断に迷う。しかも百冊まとめて健さんに引き取ってもらうというのは気が引けたので、「僭越ながら五十冊は私が引き受けますので」、そう伝えると健さんは、「何を仰いますか」と、にやり。
「自分が百冊引き取る。話は決まり。すぐに話を進めて欲しい」と、いつもの左肩を少し落とした背中を見せ去って行った。
そこで初めて出版社に「高倉健」の名前を出して増刷を申し入れると、編集長は驚き、「高倉さんに気に入ってもらって光栄です。この際ですから、思い切って装丁を変えましょう。高倉さんの百冊分は帯もお好きなようにしてください」と懇切丁寧な対応になった。
帯にはラジオ番組で語った言葉を抜粋して使わせてもらうことにした。
家の本棚を眺めていて、擦り切れている背表紙が、目に入りました。
当時、迷っていた自分が、この本の言葉に励まされ、
勇気を貰っていたんだと思います。
高倉健
当時、迷っていた自分が、この本の言葉に励まされ、
勇気を貰っていたんだと思います。
高倉健
俳優・真田広之さんにも渡した
「増刷」した本が健さんの手元に届き、数日後、私の手元に五冊が送られてきた。一冊ごとの中表紙に「一〇一」から「一〇五」までの数字がブルーブラックのインクで記され、隣に「Ken Takakura」の刻印が押されていた。
健さんから、「五冊で間に合いますか。在庫は十分ありますよ」と版元を気取っての電話が掛かってきた。
海外から帰国しているという俳優・真田広之さんの名前を出して、
「今、隣にいるから、『この本を読め』って渡したところだよ」
健さんは嬉しそうに話した。
山本周五郎が描き出す人間は一歩先んずるより一歩も二歩も遅れてひたむきに生きていた。
そんな登場人物への共感が心に強く残って、健さんの骨格を作ったように思う。