炎上、コロナ禍を越えた『温泉むすめ』の現在地 地域へのAI展開や最新ライブを経て“50年計画”はフェーズ2へ
温泉地をモチーフにした地域活性化プロジェクト『温泉むすめ』。その単独音楽ライブ『温泉むすめ ライブ「FUSION☆FUSION!!」』が、2025年3月15日に東京・飛行船シアターで開催される。かつてプロジェクトが本格稼働したこの日は“温泉むすめの日”として認定されており、5年ぶりの単独ライブは8周年を記念しての公演となる。
しかしここに至るまでの8年は順風満帆とは程遠いものだった。特に後半4年はコロナ禍に見舞われ、さらに炎上騒動が追い打ちをかけた。それでも各地で活用され続ける『温泉むすめ』の現在地、そして来る単独ライブやそこでデビューする新ユニット・VUCCA(ぶっか)について、総合プロデューサーの橋本竜氏に近況を語ってもらった。(はるのおと)
炎上騒動で受けたダメージ、そして信念への確信
――コロナ禍を経て『温泉むすめ』の活動は大きく変化したように見えますが、ここ数年で特に印象的な出来事を教えてください。
橋本竜(以下、橋本):そうですね……炎上とAIでしょうか。
――どちらも刺激的な話になりそうですね(苦笑)。前者は2021年11月にSNSで温泉むすめのプロフィールに疑問を投げられたことがきっかけでした。改めて、あの騒動を振り返っていただけますか。
橋本:振り返るとすごく大変でしたね。弊社に対する放火予告があって、警察が出動したり、温泉地に毒を入れるという殺人予告もあったり……。我々はその真意を確かめながら慎重に様子を見ていたのですが、心配される温泉地も多くあって。炎上と同時にX(当時はTwitter)で「#温泉むすめありがとう」というハッシュタグがトレンドに入ったように、すでに取引のあったところは『温泉むすめ』をご信頼いただいていて動揺は少なかったのですが、取引するかどうか迷っていた温泉地は一歩引いた感じがありました。「『温泉むすめ』とかかわって本当に大丈夫なのだろうか?」と。でもあれから3年経って、2024年だけで新たに11カ所の温泉地で活用されるくらいに勢いが戻ってきました。
――あの騒動がようやく風化してきたと。
橋本:まだ『温泉むすめ』で検索しようとするとサジェストに“炎上”って出てきますので、たまに新規の取引先さんから「過去に炎上したんですか?」と聞かれることがあります。『温泉むすめ』は地方創生を目的に、マイペースに運営していたコンテンツでしたが、コロナ禍が始まり、さらに炎上も重なって手痛いダメージを負いました。しかし、我々が「それでも温泉地に寄り添う」という信念を持って活動してきたこともあり、今でも多くの方々に支えられて運営ができていると思っています。本当に世の中に必要とされるプロジェクトであるからこそ、多少のダメージでは動じないコンテンツになってきたと実感しています。
――炎上し始めると、すぐに公式サイトから指摘のあったプロフィール、そして協賛企業の削除という対応をされていましたよね。
橋本:はい、あとは活動のポリシーを記した「『温泉むすめ』とは」(※1)というページを公式サイトに上げたのもそうですね。それらは自分が独断で対応しました。協賛企業からは「橋本さん、我々は気にしていませんが、大丈夫ですか?」という温かいご連絡もいただいていましたが、すでに協賛企業などにクレームの電話が何件も入っていることは事実でしたし、これ以上迷惑をかけるのも申し訳なかったので、こちらの判断ですべてのスポンサーを降ろしました。ただ、温泉むすめのプロフィールに関しては、あくまでも温泉地やスポンサー企業にこれ以上迷惑をかけられないという理由で、公式サイトから文言の一部を削除しましたが、当然、今でも設定としては生きていますし、結果的に炎上によって自ら撤退した企業や取り扱いを辞めた温泉地が1つもないので、ただただ一方的に被害を受けただけでした。
――最近では企業の炎上に対するトーンも変わってきたように感じますが、『温泉むすめ』の炎上対応は当時としては素早く、毅然としていた印象があります。
橋本:炎上対応の専門家からは「100点満点の対応」と言われました。火種から距離を置きつつ、粛々と無言で対応を行い、取引先等の外部へのフォローをしつつ、温泉地の皆さんと密に連携や調整をしました。当時はいろんな人と相談しながら最適な方法を探っていましたが、我々はコンテンツ、そして温泉地を守るという使命があるので、一歩間違えてさらなる延焼をしないよう細心の注意を払いながら対応しました。その中で1つだけ気をつけていたのは、会社の代表である自分が感情的に反応しないこと。今に至るまで自分はあの炎上に対して1文字も発信していません。でも関係者だけでなく、放火予告などで自分の家族や従業員にもたくさんの迷惑をかけてしまったのは事実ですし、当時は自分の携帯電話が鳴りっぱなしで、公式サイトの問い合わせフォームにも毎日100件以上の問い合わせがあって……。一方的な攻撃を一身に受けたこともあり、正直、温泉地の皆様やファンの支え、家族の応援がなかったら、心が折れていた可能性も高いです。
温泉地に確実に訪れる課題を解決する布石となる“真尋ちゃんAI”
――話は変わってAIについてですが、2024年10月に開催された福島・飯坂温泉のイベントでお披露目された通称“真尋ちゃんAI”のことですよね。等身大のキャラクターとリアルタイムで会話ができるので驚きましたが、あれはどういった経緯で作られたのでしょうか?
橋本:元々、キャラクターAIの原型となるような構想はプロジェクト開始当初からあったんです。その背景として、外国人観光客はさらに増えていくはずで、現在年間3,000万人が来訪する外国人観光客を、政府は2030年までに6,000万人に増やそうとしているくらいです。しかも最近の傾向として英語圏や中国語圏、東アジア以外の外国人も増えていて、観光地の多言語対応は必須だと感じています。さらに都市圏への人材流出も相まって、地方や観光地が人手不足になるのも確実です。この2つの問題を解決する手段として、チェックインや観光案内といった比較的誰にでもできることはロボットやAIに任せるのがいいのではないかと考えていました。もちろん、もっと深くて大切なコミュニケーションは引き続き人間がやる必要がありますが、分業はできるのではないかと。
――それが2024年に実現した経緯を教えてください。
橋本:その年の初夏にたまたまNTTコノキューさんとご縁ができまして。NTT XR Concierge(以下、AIコンシェルジュ)というサービスを多くの人に使ってもらいたいが、オリジナルキャラクターでは認知度の問題もあるので、既存の人気キャラクターを採用できないかと考えていらっしゃいました。しかし当時はまだ色濃かった生成AIや音声合成に対する懸念やキャラクターが意図しない発言をしてしまう可能性もあって、実現が難しかったそうなんです。そんなお話しを伺って、確かに声を演じる声優やキャラクターの権利を持つIPホルダーは、自動生成のリスクが非常に高く、困難なことだと感じていました。それでも自分がIT企業の出身だったり、会社としてコンテンツ×DX(デジタルトランスフォーメーション:デジタル技術を使って課題を解決すること)に取り組んできた経験も豊富にあり、テック的なこともわかるし、声優事務所との仕事も長くやっているので、それぞれのハブになれそうだと思いました。もっと言うと、温泉地にこれだけ根付いている『温泉むすめ』こそが、このAIコンシェルジュを実現させなければという勝手な使命感も芽生えました。実際、飯坂温泉の温泉むすめである“飯坂真尋ちゃん”を演じるのは吉岡茉祐さんという有名な声優だったので実現のハードルも高かったですが、吉岡さんご本人、プロダクションによる充分な理解を得られたことに加え、各所と調整し続けて出来上がったのが、あの“真尋ちゃんAI”です(※2)。
――飯坂温泉で見たAIは充分に未来を感じさせてくれるものでした。あれっきりではなく今後さらに発展させる予定はありますか? たとえば温泉地の各所に置かれたり、ウェブでも使えるようになったりすると便利そうですが。
橋本:ちょうど飯坂真尋ちゃんの誕生日である2月14日から観光情報に特化した真尋ちゃんAIが、実証実験として飯坂温泉観光案内所に3カ月ほど置かれる予定です。そうしたバージョンアップもそうですし、すでにウェブベースで作ってありますので、デジタルサイネージ以外でもお手軽にタブレットなどでも使えるようになります。それと同時にAIコンシェルジュの仕組みを飯坂温泉だけでなく、ほかの温泉地にも横展開したいと考えていまして。まずは『温泉むすめ』が観光大使を拝命している23カ所の温泉地に打診しようと思います。