3日目、浜松宿から見附宿に向かう途中に金原明善の生家があり、立ち寄りました。部屋で金原明善の業績をまとめたビデオを観たり、ガイドさんの話を聞いたりした後、室内の見学をしました。2階は氾濫の時の住民の避難場所になっていたようです。部屋には生家で使っていた道具や、明善が亡くなる直前まで乗って山を巡回したという山籠も展示されていました。金原明善は明治の初期、天竜川の氾濫による水害で苦しむ住民の為、自費で治水工事を行った人物です。その治水の考え方は、のちの天竜川治水の基本方針ともなっているということです。又水源地の植林にも力を入れ、杉や檜など292万本もの木がある、天竜美林と呼ばれる森を作ったということです。
金原明善生家部屋で明善の業績をガイドさんから聞く 2階は天竜川が氾濫した時の住民の避難場所
明善が使用した山籠
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