家を買うときに津波と風呂場のどちらが高リスクか?
概要
東日本大震災の津波による被害は、読者の方にとっても記憶に新しいと思います。三陸海岸にある石碑には、「ここより下に家を建てるな」と刻まれていました。
ですから、今の時代に家を買おうと考えている人は、海岸に近い場所で津波が来るリスクを、もちろん考えておられると思います。
しかし、その一方で風呂場のリスクが軽視されているのではないかと思い、このような記事を書きました。風呂場は津波に匹敵する、あるいはそれ以上の殺人力を持っています。どういうことなのか、以下見ていきましょう。
津波と風呂場のどちらが高リスクか?
交通事故や災害で亡くなる人はどれくらいいる?|公益財団法人 生命保険文化センター
(津波による死者・行方不明者数)
平成21年 0
平成22年 0
平成23年 19,201
平成24年 0
平成25年 0
(※筆者注:数字は引用元と同じだが、読者の便宜を考えて、表の書式などは再構成した)
風呂場で死ぬ人の数は交通事故死の4倍!寒い家が引き起こす高齢者の病
厚生労働省の人口動態統計によると、2012年に溺死事故で(中略)1万9000人が亡くなっている。
入浴中に亡くなる(中略)原因の多くはヒートショックである可能性があります。
上の最初の引用を見てみますと、津波の死者は平成23年(=西暦2011年)に約1万9千人です。甚大な被害ですが、その前後の年はゼロなので、たとえば5年で平均すると約4千人になります。
いっぽう、次の引用を見ると、風呂場で死ぬ人は年間約1万9千人*1なので、1年だけで津波とだいたい同数死亡しています。5年で考えると、津波の5倍になります。また、年間の交通事故死者よりも4倍多いです。
しかしここで読者の方は、こう考えられるかもしれません。それは心臓病の人がたまたま風呂場で死んだだけであって、風呂場で死ななくてもほかで死ぬかもしれない。つまり、風呂場と死亡に因果関係がないのではないかと。
そこで、3つめの引用を見ると、「ヒートショック」という現象が、多くの場合に原因になっている可能性があり、外部と温度差がある風呂場に特有の事情があるだろうことが分かります。
ただし、風呂場で亡くなるのは高齢者が多いだろうけれど、津波に巻き込まれたら年齢があまり関係ありません。だから、単純な死者数だけでなく、「寿命短縮効果」のような異なるモノサシを使って測ると、また違った結果になってくるかもしれません。
しかし、ここでは細かい数字には興味ありません。目的は見えないリスクの「気付き」にあります。リスク論の文脈では風呂場の危険性はわりと言及されますが、津波と風呂場のリスクを比較して考える人が、日本人全体で多数派とはとても思えません。よって、問題提起の意味でこの記事を書きました。
津波と風呂場のどちらを恐れるべきか?
めざせ!お風呂の温度バリアフリー(ヒートショックのお話):お風呂を楽しむ『湯の国』
『温度差』が日本の入浴事故の大きな要因であることは、年間の入浴中急死者数のグラフからもよくわかる。平均気温と死者数を比較すると見事なまでに反比例している。
今見てきたように、死者数だけで比較すると、津波より風呂場のほうが高リスクだと言えます。
だから、資金が限られている前提でこのふたつだけから選べば、津波がこない場所に家を建てるよりも、みんなが津波を避けるから安くなっている海岸近くの土地に建てて、そのかわり脱衣所に暖房を設置するなど費用をかけたほうが得、というケースも想定できなくはないでしょう。
どのくらい対策するとどのくらいヒートショックの死亡が減るか、という直接の数字は少し探しただけでは見つけられませんでしたが、上記記事のようにそれに近いものはありました。すなわち、平均気温と死者数が反比例しているということは、温度差を解消すればヒートショック死を減らせるだろう、ということを示唆しています。
もちろん、津波か風呂場かどちらか一方しか、対策が取れないわけではありません。津波が来ないし風呂場も対策されているのが一番です。断っておくと、これはあくまでリスクを見える化するための思考実験であって、津波が来る場所に家を建てることを推奨しているわけではありません。
さらに言えば、リスク要因はほかにもあるので、このふたつにこだわる必要もありません。ただたとえば、原発事故による放射能リスクの場合、そもそも死者数が何人なのか、内部被曝は外部被曝と健康被害が異なるのかどうかなど、不透明な前提がたくさんあるので、取り上げませんでした。
老後購入派はリスクバランスが変化している
「ヒートショック」 6割がリスク高い生活!対策を | NHK生活情報ブログ
入浴中に心肺停止状態になる人は、70歳以上の高齢者が85%を占めています。
持ち家を老後に購入する(予定の)「老後購入派」の場合、若いうちに家を買う人とリスクバランスが異なります。
若者も老人も災害で死ぬ確率はそう変わらないでしょうが、老人は病死で死ぬ確率が明らかに高くなります。つまり、ヒートショックによる病死リスク*2が相対的に上がっていきます。
だから老後購入派は、風呂場のヒートショック対策も含めて、バリアフリー住宅を建てる動機がより強くなります。逆に、残り人生の期間自体が短いので、災害に遭う確率が若い人より少ないので、災害に対してはノーガード戦法もありえるかもしれません。ただし推奨はしませんが。
ようするに、高齢者は人生をすでに消費してしまって減価償却済みで、残り人生が短くなるリスクが少なくなっています。さらに分かりやすくすると、極端なケースを想定して、たとえば何かの病気で余命1年とあらかじめ分かっていたら、津波だろうと放射能だろうと、災害リスクなど気にせず、好きなように生きるでしょう。だから、老いた人が若い人より積極的にリスクを取れる場合もあるのです。
高齢だからこそ取れるリスク
これは「死ぬリスク」ではなく「損するリスク」なので、今までの話とは微妙に別方向のことですが、気付きにくいことなので、最後に少し触れておきます。
よく、家を買う議論の文脈で、「リスクが取れる若いうちに、住宅ローンを組んで家を買うべき」という話を耳にしますね。しかし、前述のように、年寄りだからこそ取れるリスクというのもあると思います。
たとえば、バブルの頃は高額だったが、不良債権化して今は投げ売りのリゾートマンション、というのがあります。そして、そのリゾートマンションに住む老人が現れている、という話も聞きます。
なぜ投げ売りになるかといえば、まず単純に不便だからというのが挙げられます。バブルの頃は別荘を持つ余裕があったのでしょうが、今ふだんの生活用に買おうとしても通勤に不便です。
また、いろいろなリスクがあります。たとえば、管理費が滞納していて負債が溜まっているとか。建物が老朽化して建て替え時期が迫っているのに、修繕積立金が不足しているとか。だから買い手がつかないわけです。ババ抜きのババです。
しかし、高齢者の場合は通勤がいらないし、死ぬまでの逃げ切りで、ババ抜きのババを墓場まで持っていけます。やはりそれを推奨しているわけではありませんが。
それからまた別の話で、持ち家対借り家の話になりますが、住宅購入派は長生きするほど得で、逆に早死にすると損です。購入派は長生きすることで、購入額(ローン返済額)は変わらないのに対して、家賃を払わなくて済む期間が長くなるから、賃貸派より相対的な得が積み上がっていきます。賃貸派はこの逆で、長生きするほど損です。
とすると、年を取ってから家を買う老後購入派は、普通の購入派よりもさらに、長生きの得を追求する動機があります。たとえば、タバコを吸わないだとか。
データマイニングの文脈でよく言われる「紙おむつを買った人はビールも買う傾向がある」という意外な関連性の話があります。そのように、老後に家を買おうとすることと、タバコを吸うことの相性の悪さは、パッと分かる自明のことではないので、触れておきました。
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