2015.10.08
もやいの活動から見た「女性の貧困」
はじめに
近年、「女性の貧困」という言葉をさまざまな文脈で耳にすることが多くなった。2014年1月27日に放送されたNHKクローズアップ現代「明日が見えない~深刻化する“若年女性”の貧困~」という番組では、性風俗で働く貧困状態の女性にスポットライトをあて、託児所と連携した風俗店の存在など、性産業が公的なセーフティネットよりも、結果的に彼女たちを支えている現実を描き、社会的なインパクトを与えた。
実際に、それ以降、筆者が理事長を務める認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい(以下、もやいと略す)にも、メディア等から「女性の貧困」の実態について、さまざまな取材依頼等が寄せられた。
もやいでは、面談、電話、メール等で、年間に約3000人の相談を受けている。そのうち、女性からの相談は2割弱なので、1年間に大体600人ほどの「貧困女性」の声を聴いていると言えよう。
しかし、彼女らの悩み、生活のつらさ、抱えている課題はさまざまで、DVや虐待など緊急的な介入が必要なものもあれば、ただ話を聞いてほしいという傾聴のような相談も多い。「貧困女性」とは一体どのような人たちであり、どのような実態があるのだろうか。
もやいでは2010年より立命館大学の丸山里美さんの協力のもと、「もやい生活相談データ分析プロジェクト」を始動させ、2004年から2011年7月までに寄せられた約2300ケースの相談内容の分析をおこなった。本稿では、この「もやいデータ分析」のデータも紹介しながら、あらためて「女性の貧困」について考えていきたい。
日本の貧困、そして女性の貧困
2014年7月15日に発表された厚生労働省「国民生活基礎調査」によれば、日本の相対的貧困率は16.1%と、統計を取り始めた30年前と比べて最も高く、また右肩上がりに少しずつ上昇している。
さらに、子どもの貧困率は16.3%(2012年)と相対的貧困率をはじめて上回る結果となった。また、国際比較をみても日本の貧困率はOECDでワースト6位(2013年OECD HPより)であり、先進諸国でもむしろ高い部類に入る。
このように、日本では現在進行形で貧困が拡大しており、しかも貧困率は諸外国と比べても高い。そして、その背景のなかに「女性の貧困」という視点を軽視することはできないのではないだろうか。
まず雇用の問題に注目すると、1984年に15.3%だった非正規労働者の割合は、2012年には35.2%と拡大した。男女比較で見ると、男性非正規労働者率19.7%に対し、女性は54.5%であり、圧倒的に女性は非正規労働者が多い。(2012年総務省労働力調査)
賃金を見ると年収200万円以下の給与所得者は男性が約1割であるのに対して、女性は43.2%と、圧倒的に女性の方が低賃金だ。
これにはもちろんパート労働者も含まれてはいるが、いわゆる「年収103万円・130万円の壁」問題もあり、そういうことも含めて、女性が自立していくこと、就労の環境を得ることに対して、まだまだ社会が大きなハードルを科しているということの証左ともいえる。
同じく、平均給与所得の年次推移を見ると、男性は1996年の569万円から徐々に下がって2012年には502万円までに低下したが、女性は1996には276万円で2012年にも268万円と、ずっと低い状態にとどめられている。
これらのデータからは、男性の非正規雇用が増加し、貧困が社会問題として少しずつクローズアップされてきた一方で、男性と比べた時に、女性はずっと貧困で、ずっと非正規で、ずっとパート労働として使われてきた歴史であったことをうかがわせる。
セーフティネットの対象となるためには
少し違う視点で考えてみたい。私たちは日々の糧を一体どのように得ているのだろうか。基本的には、雇用(仕事をする)、扶養(家族の支えを受ける)、社会保障(年金や生活保護などを受ける)、資産活用(預貯金を使うなど)の、この4つの方法がベースとなるだろう。
いわゆる「昭和的な標準モデル」では、男性は就職までは父親の扶養、就職して給料をもらい自立、結婚、妻は専業主婦、子ども2人、定年後年金と貯蓄で暮らしていくといったものだ。女性はまず同じく父親の扶養、結婚して夫の扶養、夫が死んだら年金か子どもの扶養に入る。日本では残念ながらこのモデルに従って、さまざまな制度を作ってしまったと言えるだろう。
例えば社会保険(年金、医療保険、雇用保険、介護保険、労災など)を見ると、そもそもはリスクに対してかける保険だが、あくまで雇用に紐づいている制度である。高齢で働けなくなるというリスクに対して年金、病気というリスクに対して医療保険、失業というリスクに対して雇用保険……というように、あくまで「働く」ことを中心に生計をたてていくことを前提として組まれ、「働けない状況=リスク」として想定している。
しかし、先述したような増加する非正規労働者の存在は、この原則を大きく覆すものであったと言えよう。そもそもは、非正規労働とは、大学生のアルバイトや主婦のパート労働のような「家計補助」的な働き方であったのが、3人に1人が非正規労働者である現在は、「家計維持」的な働き方の領域に非正規労働が侵食している。
そして、例えば、非正規労働者で、企業が社会保障を負担しない雇われ方だった場合は(労働時間が短い、違法な働かせ方等)、雇用保険も使えず、年金もいわゆる国民基礎年金部分しかなく、結果的に将来的にセーフティネットから外れてしまう(不十分な状態にある)ということにつながってしまいかねない。こういった、働いているにもかかわらず社会保険に適切に入れず、働けない状況になった時(リスクを負った時)に必要なセーフティネットに捕捉されない、という人たちが増加しており、また増加していくであろう。
と、ここまでは一般的な話だが、男女の比較で考えた時には、先述したように、そもそもが女性は正社員の入口にたどり着くことさえ難しいので、圧倒的にまず雇用というセーフティネットから外れていることも多く、家族や夫の扶養などに頼らざるをえない状況に追い込まれる。
しかも、配偶者控除等、制度としてもそれを優遇しているなかで、より低賃金、低所得、扶養してくれる家族がいなければ自立が難しく、家族と独立して制度に支えられることも難しい。雇用からこぼれ、結果的にセーフティネットからもこぼれる。では、女性はどのように生計をたてていったらいいのだろうか。
扶養が前提の社会で起きていること
2012年に社会保障制度改革推進法が成立し、その「基本的な考え方」として2条の1項に、「家族相互及び国民相互の助け合いの仕組み」が「基本」だと明記されている。これは、財政的な制約の中で社会保障を考えるにあたって、その前提として「家族で支えあってね」ということ前提にすることを意味している。
では、実際にこの「扶養」というものの実態はどうなっているのだろうか。
例えば、相対的貧困率では「世帯」を基準にしている。仮にある4人家族の世帯を考えたとしよう。1000万円の年収がある夫と主婦の妻、子ども2人の4人世帯であれば、一般的には裕福な家庭としてカウントされる。
しかし、その妻が家庭内で夫から1円も与えられていない経済的なDV状態にあるとすると、この妻は本当は「貧困」であると言える。だが、国の統計や調査等では、これらの実態は一切明らかにはならない。
そして、これは仮定の話ではなく、実際に今現在、家族内で貧困状態にある女性は、残念ながら数字にはあらわれることがない。なぜなら、相対的貧困率も他のさまざまな統計も(生活保護も)、基本的に世帯を単位にしており、「家計内再分配」についての視点が欠落しているからだ。
この「扶養」というものを前提としているシステムのなかでは、家庭内(同一世帯内)で暴力下にある、ネグレクト下にある被害者(多くは女性、子ども)が、そこから逃げ出したり、自ら声をあげない限りは、彼女らの被害が可視化されないばかりか、置かれている貧困状態についても明らかにならない。
冒頭に、もやいの生活相談のデータ分析について触れたが、もやいの相談者約2300人からの分析によれば、一見、男女で比較した時には、男性のほうが女性より困窮状態におちいっているように思える。
例えば、直近の住まいでいえば、男性は野宿の人が41.3%を占め、また、ネットカフェ等の不安定な住居も含めた「広義のホームレス状態」の人は全体の72.5%であった。一方で、女性の住まいに関しては、野宿の人は10.1%、「広義のホームレス状態」の人は40.4%であり、実家や家族宅にて生活している人も17.5%と、男性と比べて安定した居住環境にいるとも言える。
また、所持金や資産(貯蓄などの金銭的資産)に関しても、男性の中央値が約1000円であったのに対して女性は約2万円と、大きな違いが見られた。
では、女性は男性に比べて困窮していないのかというと、そうではない。女性は住まいや所持金等の指標からは困窮していないように見えることもあるが、相談内容としては、「家族との関係で困っている」「夫から逃げたい」「家を出たい」というものが大きな割合を占める。扶養されている家族に追い詰められて、相談にくる方が多いのである。
そして、はた目には困窮状態に見えないが、「家計内再分配」されずに、家庭内で孤立し、そこから逃げたくても経済的に自立できずに出られない、そういう状況におかれている人が多くみられた。「女性の貧困」はわかりづらく、見えづらい。しかし、より構造的な社会の問題の根深さを端的に指し示している。
人間関係の貧困と女性に対する社会的な差別
もやいでは、生活相談のほかに、ホームレス状態の方がアパート生活等を始めるにあたっての賃貸借契約時の連帯保証人を提供する事業をおこない、累計で約2600世帯、現在約900世帯の連帯保証人を引き受けている。
2001年の設立当初はホームレス状態の人の支援をしていたが、母子家庭の人やDV被害者、家族から虐待や性暴力被害を受けた人、外国人の女性、そういう方からの依頼が近年では増えている。
先述してきたように、なかなか安定した雇用というパイにたどり着けなかったときに、女性が置かれている状況は厳しい。家族から逃れてきた方、家族と縁が切れている方は、保証人を頼める人がいないという「人間関係の貧困」におちいっており、彼女らへの支援のニーズは日々高まっている。
貧困とは「雇用」と「家族」の二つからこぼれているということでもあり、また、「経済的な貧困」だけでなく「人間関係の貧困」もきわめて重要なキーワードである。そして、女性は男性に比べて、より貧困状態におちいりやすいとも言えるだろう。
また、特にそういった貧困状態におちいりやすく、そこから脱却しづらいという意味では、母子家庭の人たちについて触れざるを得ない。
日本は世界で一番シングルマザーが働いている国で、その就労率は80%を超えている。(平成23年度全国母子世帯等調査)※OECD「Babie and Bosses(2005)」によれば、ひとり親の就労率はOECD平均で70.6%でアメリカ(73.8%)、イギリス(56.2%)、オランダ(56.9%)など。
にもかかわらず、ひとり親世帯の貧困率は54.6%(2012年厚労省「国民生活基礎調査」)と非常に高い数字になっている。同調査によれば、各種世帯のうち「母子世帯」では95.9%(「児童のいる世帯」は41.5%)が平均所得以下で生活していること、「貯蓄がない/50万円以下」と答えた人が母子世帯では49.2%だったこと(全体の平均は20.9%)、生活意識についての回答で「生活が大変苦しい」「生活が苦しい」と答えた人が母子世帯では84.8%であることなど、母子世帯のおかれている厳しい状況が明らかになった。
シングルマザーは、就労できたとしても子どもがいることによりフルタイムで働けずに非正規労働になったり、仕事が見つからなければ子どもを預けられないし、子どもが預けられないと働けないという負のスパイラルに陥っている人も多い。
また、制度の現場でも差別、偏見は日常茶飯事で、宇治市(京都)では、2012年にシングルマザーの人が生活保護の申請にいったら「男とつきあわない」、「子どもを産まない」という誓約書を書かせられた(現在宇治市では事後に検証がおこなわれ再発防止に努めている)ことが明らかになり、2014年5月には大阪市で相談に来た女性に「ここに来るくらいならソープランドに行け」と役所の職員が言って追い返したという事件も起きている。
これらは生活保護制度の申請における違法・不当な対応であり「水際作戦」と呼ばれる常套手段でもあるが、女性の相談者に対しては、より性的・差別的な言動が多いことは特記しておきたい。
さらに、後ろ指さされる、肩身が狭いという、いわゆる「スティグマ性(恥の意識)」も制度利用への大きなハードルになることも多く、「私が悪いから、この人は私に暴力をふるうんだ」「自分に能力がないから正社員になれないんだ」といった「自己責任」論の構造も問題だ。
なので、制度があっても使えない、もしくは使われない、使わせてもらえないという構造的な課題を抱えており、そういった社会全体の意識を変えていかないと女性をとりまく環境は決してよくなってはいかないことは明らかだろう。
ハードとソフトの両面支援を
もやいに生活困窮し、相談に訪れる方は健康状態が非常に悪くなっている場合が多い。年代別の疾病を見ると身体的な疾患は高齢者に多く、若年だと精神的な疾患の割合が目立つ。
男女別で見ると男性よりも女性の方が精神的な症状を訴える方が多く、男性が身体的な症状を訴える人が54.1%、精神的な症状を訴える人が14.8%、両方を訴える人が7.2%であることに対して、女性は、身体的な症状を訴える人は30.3%、精神的な症状を訴える人は42.5%、両方を訴える人は20.2%と、大きな違いがあることがわかる。
子どもの頃からの虐待、夫からの暴力など家族から追い詰められて、過労からのウツ、アディクション、借金など様々な要因で困窮し、もやいに相談にくる人が多い。
なかには、重篤な疾病に発展してしまっていたり、精神的に大きな負荷がかかった状態で初めて相談につながる人もおり、もっと前に支援の手があれば、きちんと仕事を見つけたり、子どもを自身で育てることができたかもしれないのにと思うこともある。
相談に来られた方にはその方が何をしたいのか、何を求めているのかを聞くが、男性の場合は仕事がなくなった、生活保護を申請したいとシンプルな希望が多いなか、女性の場合は公的支援にためらいのある場合がほとんどで、実家を出ることや、離婚を決心できない、決心してもまた元にもどってしまうこともあり、継続的な支援が求められる。
実際に支援を受けることを希望した場合は、公的な窓口で不当に追い返されたり、いやなことを言われないように、同行支援をおこなうが、精神的な不調を抱えていたり、複雑な事情がある女性の相談者はより多くの課題を抱えており、支援につなげていくことも簡単なことではない。
住所不定の場合、DVシェルターや、公的な施設である更生施設、女性用の民間の施設、宿泊所等に入居することになるが、大半は複数人部屋のところで、そういった住環境になじめずに支援に定着しない人も多い。まだまだ、困難を抱えた女性を支えるハード面での支援は不十分と言えるだろう。
ソフト面での支援でいえば、もやいでは、グリーンネックレスという女性限定の居場所づくりを1カ月に2回開催している。相談に来られた女性が、生活を立て直した後、定期的に交流し、人間関係を作り直す場で、女性だけで集まりご飯を食べたり、おしゃべりしたり、手づくりの小物を作ったりする場だ。
アパートに入居し、生活保護を受けたとしても、一人ぼっちでは意味がない。ソフト面での支援、居場所やつながりを作り直す場、就労は難しくても定期的にお手伝いをするボランティアの機会や、社会参加の場が必要だ。
こういったソフト面での支援も民間のNPO等が一部さまざまな形で取り組んでいるものの、まだまだ圧倒的に少ない。そういったソフト面での支援を制度化していくことも、これからは求められていくだろう。
終わりに
ここまで、「女性の貧困」をテーマに雑駁ながら、雇用や社会保険、扶養等のキーワード、そして、もやい生活相談データ分析のなかでの男女の違い等のデータから、解説を試みた。
とはいえ、ここで語られたことはあくまで「女性の貧困」の全体から見たらほんの一部でしかない。
もやいには、今日も貧困状態におちいっている女性からの相談がよせられ、私たちなりのやり方でその解決を試み、また、見えてきた課題や目指すべき制度の形を政策提言という形をとってまとめている。あくまで、いちNPOの相談の分析から見えてくることはわずかでしかないことは知りながら、しかし、日本の貧困問題の解決の一助になればと願ってやまない。
「自立」とは、ひとりで生きることではなく、つながりの中で生きることだと、もやいでは定義している。そして、誰もが排除されることなく、安心して暮らせる社会をつくっていくことを目指している。
日本の貧困、そして、女性の貧困の実相は見えづらく、社会構造的に根深い問題をはらんでいる。しかし、だからこそ、超少子高齢化をむかえ、厳しい財政制約のなか社会保障の削減が進むなかで、立ち止まって彼女らの声に耳を傾けることが必要なのではないだろうか。
※本稿は月刊『女性&運動2014年9月号』に寄稿したものを大幅に加筆修正して再構成しています。
※もやいデータ分析報告書の簡易版は、もやいHP上で公開しています。