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AIで激変する「DevOpsの未来」と「IT組織のリーダーが備えるべきこと」とは

2024年11月26日(火)
Innerstudio 鍋島 理人

2024年9月27日、Think IT編集部は「Think IT Day AI for DevOps」を開催した。本イベントは、AIがアプリケーション開発と運用をどう変えるかをテーマに、エンジニア組織によるAI活用のヒントを提供することを目的に開催された。

基調講演では、ウルシステムズ株式会社 漆原 茂氏が「DevOpsが無くなる日!? 〜生成AI時代のIT組織〜」と題して、IT組織のリーダーに向けて講演を行った。漆原氏は生成AIがもたらすインパクトをどう捉え、どのような未来を構想しているのだろうか。本記事でセッションの模様をレポートする。

ウルシステムズ株式会社 代表取締役会長 漆原 茂氏

AIが促進する開発ツールの超進化

生成AI市場では、OpenAIによるChatGPTの公開以来、四半期ごとの劇的な性能向上や新しい基盤・モデルの登場により、様々なプレーヤーが基盤技術の競争にしのぎを削っている。さらに従来のLLMが苦手としていた推論を得意とするOpenAI o1といった革新的な技術も登場した。また基盤技術に加えてそれらを応用した目的特化型のAIも続々と登場し、生成AIのユースケースは確実に広がっている。

漆原氏は以下のような次世代AI技術に注目しているという。医療用途や製造業、ゲーム開発など特定の用途に特化することで、従来の汎用LLMとは異なる方向性を目指すエキスパートAI。高品質な独自データで学習することで精度を維持しつつスマートフォンや組込デバイスでも動作する軽量なSLM(Small Language Model)。因果関係を理解し基礎科学への応用が期待されるCausal AI。そして複数のエキスパートAIがAPIで連携して自動的にタスクを遂行する、マルチエージェント連携などだ。情報の検索自体がガラッと変わるため、マーケティングや広告などの市場も大きく影響を受けることになる。AIが新しいAIを生成する技術も確立されようとしている。安心安全の仕組みやガバナンスの確立、倫理面の議論も急務だ。

そしてまさに今、急速に発展しつつあるのが、開発ツールにおけるAI活用だ。実際にGitHub Copilotのようなアシスタントを活用している開発組織は多いだろう。現在、AI活用によって開発生産性が2〜3割向上すると言われているが、AIツールの進化による生産性向上のポテンシャルはこのレベルにとどまらない。漆原氏によれば、文字通り「ケタ違い」の向上が期待できるという。

AIツールの活用により、それまで専門技術者の協力が不可欠だった作業を、少人数のエンジニアだけで実施できるようになるだろう。例えば、フロントエンドエンジニアがクラウドやデータベースなどのインフラ構築まで担ったり、逆にバックエンドエンジニアがスケッチを基にフロントエンドのコードを自動生成し、UI部分の開発もある程度行えるようになる。コーディングアシスタントがペアプログラミングのパートナーとしての役割を担うことで、コードの生産性が劇的に向上するだろう。

現在はテストやデプロイの自動化へのツール導入が先行しているが、今後はアプリケーションに最適なアーキテクチャの提案や性能チューニング、セキュリティ診断、障害の原因分析など、DevOpsサイクルの幅広い領域でAIツールによる支援が期待されている。

「一人のエンジニアが担当できる範囲が大幅に広がることで、ビジネスサイドとのコラボレーションの加速やユーザ価値への注力など、様々なメリットが生じます。DevOpsが、生成AIによって全く違う次元に進化しようとしているのです」(漆原氏)

ただし現状のAI対応ツールはまだ過渡期にある。続々登場する新しいツールを試すのは重要だが、本格導入の際には気をつけてほしいと、漆原氏は注意喚起する。セキュリティやガバナンス面で懸念のあるツールが多いことや、技術革新が速いので長期的に使い続けられるツールかどうか未知数であることが、その理由だ。また既存のメジャーな開発ツールもAI機能を取り込み始めているので、その動きにも注目する必要がある。AIツール導入の際には「3年先でも生き残るツールかどうか」という基準で検討することを漆原氏は勧めている。また現状のAIツールが開発補助的な用途にとどまっている点には物足りなさを感じているという。今後、業務モデリングやアーキテクチャの設計など、上流工程におけるツールが充実することに漆原氏は期待を寄せている。これまでのノーコードやローコードツールの市場が激変するのは間違いない。

DevOps×AIがもたらす
IT組織とキャリアの変化

生成AIによるDevOpsの進化は、IT組織に様々な進化をもたらすだろう。まず、エンジニアの職域を超えたコラボレーションが進む。チーム生産性の向上だけでなくビジネスサイドにどう価値を届けるかが、より一層問われることになる。結果、ビジネスサイドの人々も開発のDevOpsサイクルに積極的に関与する必要が生じる。

その際、重要になるのが自社データの品質を磨くことだ。データとビジネス、アプリケーションが不可分である以上、データマネジメントもDevOpsの重要な要素となる。今後多くの企業が、自社のビジネスに最適化された独自のエキスパートAI開発に挑むだろう。先程のSLMが実証した通り、回答の精度を高めるのは実はデータの量だけではなく品質も重要だ。業務にとって価値ある情報をAIから引き出すためには学習のベースとなるナレッジデータの品質向上が重要だと、漆原氏は言う。

自社のデータをナレッジとして活用できるようにするために、今後重要になるコンセプトが「DataOps」という考え方だ。DataOpsとは、膨⼤なデータソースから⾼品質なデータを抽出し、データの利用者に迅速かつ継続的に提供するためのデータマネジメントプロセスであり、DevOpsの概念をデータ管理に応用したものとも言える。アジャイル開発や継続的デリバリーなどの手法を、データの収集・蓄積・分析といったデータのライフサイクルで活用することで、データ品質の向上を目指すものだ。これからのIT組織は、DevOpsに加えて、DataOpsについても責任を持つことになるだろうと、漆原氏は今後の見通しを語る。

DevOpsのチームも、今後大きく変化していくだろう。開発生産性の向上により価値のデリバリーがさらに高速化すれば、その俊敏さを支えられるように、組織を再編する必要が生じる。そのヒントを与えてくれる書籍として、漆原氏が紹介したのが「チームトポロジー」だ。この書籍が取り上げるのは、複雑なシステム開発において、ユーザーに価値を素早く、頻繁に、安定的に届けるための組織設計の方法論だ。

これまでは技術単位あるいは機能単位などでIT組織を分けて協調分業していた企業も多いだろう。開発、運用、インフラ、テスト、セキュリティなど。しかしこれからは、全ての必要な人材を、中核となるストリームアラインドチームに組み込むべきというのがこの書籍の内容だ。

中心にあるストリームアラインドチームは、ビジネス要件の決定から、設計・開発・デプロイと続く一連の開発サイクルを、可能な限り高速に進めることに専念する。複雑なサブシステムやプラットフォームについては専門チームの支援に任せ、ストリームアラインドチームは価値提供の高速化にのみ集中するのだ。最先端のテック企業では、このようなチームへの組織再編が、急速に進んでいるという。

彼らは、もはやDevOpsという言葉すら使わない。それは、既に当たり前のコンセプトだからだ。そしてあらゆる日本企業も、このようなデジタル組織変革の入り口に立っていると、漆原氏は指摘する。

AIによって、今後エンジニアのキャリア戦略も大きく変化するだろう。

2024年5月にMicrosoftとLinkedInが行った調査によれば、ナレッジワーカーの75%が仕事でAIを使用する一方、60%が経営層にAI導入のビジョンと計画が無いことを不安視しているという。つまり社員は、企業側の準備を待たずにAIを活用したいのだ。一方、リーダーの66%はAIスキルのない人は採用しないと答え、71%がAIスキルのない熟練者より、AIスキルのある人材を優先して採用したいと答えた。

つまり今後の採用市場では、AIパワーユーザーの人材価値が高まるということだ。現状、エンジニアのキャリア形成では分野別資格の取得など専門分野に熟練することを重視しているが、全てAIによって時代遅れになるかもしれないと、漆原氏は言う。

「AIに幻滅」しかけている人たちを救うために

生成AIは、ガートナーのハイプサイクルで言うところの幻滅期に入りつつあるとも言われている。漆原氏自身は、生成AIによるイノベーションが続くことを確信しつつも、一方で生成AIに幻滅する人が増えてもおかしくないタイミングだとも述べる。

多くの人が生成AIに期待しているのは業務の生産性と事業価値の向上だ。しかしチャットを試したり、情報をまとめて検索する程度では、当然、期待を超えた効果は出ない。生成AIが真価を発揮するには、自社のノウハウをフルに活用して業務への本格的な統合が必要となる。しかし、現状では多くの企業がまだその手前で足踏みしていると、漆原氏は現状を分析する。

しかし本格的に業務に実装しようとすると、生成AI特有の難しさがハードルとなる。1つは、先程も述べた急速に進む技術革新のスピードだ。技術検証を繰り返している間に、エンジンが刷新されてしまい、それまで苦労して作ってきた内容をすべてやり直さざるを得なくなったりする。例えばプロンプトエンジニアリングやRAG(Retrieval-Augmented Generation)などの技術も、そのままでは3年持たないだろう、と漆原氏は言う。

プロンプトエンジニアリングは生成AIから適切な回答を引き出す技術だ。生成AIのLLMがブラックボックスなので、試行錯誤しながらプロンプトを工夫する必要があるが、生成AIのエンジンが刷新されるとやり直しと検証が必要になる。正しい内容を業務として検証し続ける仕組みを事前に作っておく必要があるわけだ。一方でエンジン技術に依存しすぎない実装も重要になる。

また自社データの準備でも苦労する企業が多い。多くの企業が、エキスパートAIの前段階としてRAGという技術を試す。LLMとベクトルデータベースによる検索を組み合わせることで、自社の独自情報を生成AIで活用する仕組みだ。しかし、スプレッドシート、PDF、メールなど企業内のデータを単に集めて読み込ませただけでは、業務に役立つ情報を上手く引き出すことは難しい。品質の低いデータが増えると、かえってノイズが増えてしまい検索がうまくいかないからだ。チャットやFAQなどの簡易なユースケースを超えて本格的に活用しようする企業ほど、この壁にぶち当たる。それに疲弊している人々が、生成AIに「幻滅」している状況も理解できると、漆原氏は言う。

実はこれらのハードルの克服こそ、エンジニアにとっての腕の見せ所だ。DevOpsサイクルの加速によるイノベーションへのキャッチアップ、そしてDataOpsによるナレッジの蓄積とデータ品質の向上が、いわゆる「生成AIの幻滅期」を打破するための重要な取り組みになるだろう。生成AIを本格的に業務活用するにはビジネス変革から組織変革まで、大きな壁を乗り越える必要があるのだ。

もちろん、ビジネスサイドが技術の限界や現状のレベルを正しく理解し、その上で適切な指示を出さなければ、ビジネスにとって不適切な方向に進んでしまう危険もある。DevOpsにおいても、DataOpsにおいても、ビジネスサイドがゴールを明確に定義して、エンジニア組織を適切にリードすることが成功には不可欠だと、漆原氏は強調する。

生成AI時代に目指すべき組織のあり方

最後に漆原氏は、生成AI時代に目指すべき組織のあり方について展望を述べた。先程も述べたように、本格導入には大きな壁を乗り越える必要があるものの、積極的に新しい技術にチャレンジすること自体は重要だ。エンジニアは、自らが成長できる環境かどうかを重視する。だから組織内で技術的挑戦への制約が多ければ、彼らの転職意欲を高めてしまうだろう。優秀なエンジニアを抱えたいIT組織のマネージャーは、積極的にAI技術にチャレンジできる環境づくりに努めねばならない。

そしてエンジニアから選ばれる組織を目指すうえでもう一つ重要なのが、優れたチームを育てる環境が維持されることだ。生成AIで個々のメンバーの生産性が上がっても、それだけでは十分ではない。爆発的な生産性を生み出すカギは、むしろチームにある。コンウェイの法則では、「システムのアーキテクチャは、開発組織のコミュニケーション構造を反映する傾向がある」と言われている。マネージャー視点では、チーム間のやり取りの複雑性を抑えつつ認知負荷を高めないようチーム規模を制限すること、そして何より、安易な配置換えなどで優れたチームを破壊する行為を慎むことが大切だと、漆原氏は言う。

「生成AI時代においては、チームを大きく成長させ、社内のナレッジを活用することが欠かせません。それはIT組織のマネージャーに課せられた使命でもあります。目先のニーズに振り回されず、ぜひ生成AI時代にふさわしい組織づくりに長期的に取り組んでください」と述べ、漆原氏は講演を終えた。

著者
Innerstudio 鍋島 理人
ITライター・イベントプロデューサー・ITコミュニティ運営支援。Developers Summit (翔泳社)元オーガナイザー。現在はフリーランスで、複数のITコミュニティの運営支援やDevRel活動の支援、企業ITコンテンツの制作に携わっている。

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