しかし、外からは見えないはずのその人の脳は、「会話」を通して見ることができます。普段からこういう会話ができていたら、この程度の認知機能が保たれているはずだ、ということがこれまでの研究で明らかになっています。会話には脳の健康度合いが反映されるのです。本連載では、脳科学の知見や最新のテクノロジー、AIの技術を集結させて考案された「脳が長持ちする会話」のコツをお伝えします。
*本記事は『脳が長持ちする会話』(大武美保子、ウェッジ)の一部を抜粋したものです。
「秘すれば花」はリスキー
質問は、頭の柔らかさや認知機能のレベルを知る一つの目安です。相対的に見て、日本人は欧米人に比べて質問に対して消極的な傾向があります。それは、「質問は無知をさらすようで恥ずかしい」と捉えているからではないでしょうか。
本当は知りたいし、教えてほしいと思っているのに、みっともない姿を人に見られたくないからそのままにしておく。特に年下に聞くのは苦手。プライドが邪魔して、その一時一時、恥をかかないことを重要視して振る舞うのは、いわば減点主義です。減点主義が当たり前になってしまうと、「何もしないのが一番だ」となります。
脳が長持ちする会話を支援する手法である共想法を実施した後、参加者に簡単な振り返りシートを提出していただき、その後ざっくばらんな個別面談を行いました。振り返りシートの中に、「自分を隠すのが本当に大変だった」と書いたとても印象的な方がいました。
この人は何を隠そうとしていたのだろう? と思いました。私からはその人らしさが出ていたように感じていました。面談を進めるうちにわかったのですが、「自分のことが知られたくなかった」のだと言うのです。
子どもの頃から、あるいは社会に出て以降、何かのきっかけで、余計なことを言うと足を引っ張られて嫌な思いをすると、学んでしまうことがあります。そのため、自分のことを話すときも相手に尋ねるときも、本質的なことからはできるだけ距離を置き、表層的な内容に留めるすべが身についてしまうのです。
そうやって「秘すれば花」でいれば、自分が傷つくこともなく、プライドが保たれます。日常会話や人と接する際の振る舞いの中で減点に作用する可能がある行動は、極力避けて通ろうとするのが習慣になってしまいます。このスタンスが人との交流の場面でのデフォルトになると、認知機能的にはとてもリスキーです。