業界動向
Access Accepted第649回:「Black Lives Matter」運動。アメリカの深刻な人種問題とゲーム業界
アメリカでは現在,武器を持っていなかった黒人男性が警官の過剰な暴力で死亡した事件をめぐって,大きな抗議運動が起きている。6月の新作発表を延期するゲームメーカーも出てきており,その影響は北米ゲーム業界にもおよびつつある。今週は,この出来事の背景やアメリカ社会の根深い問題にスポットライトを当てたい。
終わらないポリス・ブルータリティ(警察の暴力)
2020年5月25日,アメリカ・ミネソタ州の州都ミネアポリスで,偽の20ドル紙幣でタバコを買ったと通報された46歳の黒人男性が,警官に手錠をかけられたうえで地面にうつぶせにされ,9分近くも警官の膝で首を押さえられるという事件が発生した。男性は「息ができない」と何度も訴え,周囲に集まっていた人々も膝をどけるように警官に懇願した。警察に通報をした17歳の店員が警官を強引に離そうとして,ほかの警官に阻止される様子が,ネットで公開された映像などで確認できる。押さえていた警官は,男性が気を失い,救急車が到着してからも首を圧迫し続けたと報道されており,男性は病院に搬送されて1時間後に死亡が確認された。
この事件をきっかけとして,アメリカでは「Black Lives Matter」(黒人の命には意味がある)という運動が全米に広がり,さらにヨーロッパにも波及している。北米ゲーム業界では,Microsoft,Sony Interactive Entertainment,Nintendo of America,SQUARE ENIX,Ubisoft Entertainment,Electronic Arts,CD Projekt RED,Bethesda Softworks,Nianticといった企業が差別と偏見に反対するという表明を行っており,発表されていたオンラインイベントの多くが,「今はお祝いの時期ではない」などの理由で中止や延期されることになった。
大きなうねりを見せる「Black Lives Matter」運動だが,その言葉は,2012年に17歳の黒人少年がヒスパニック系の男性によって射殺された事件に端を発する。容疑者が正当防衛を理由に釈放されたため抗議運動に発展し,そのとき「#BlackLivesMatter」というハッシュタグがTwitterで拡散され,容疑者に対する警官の過剰な暴力を意味する,「ポリス・ブルータリティ」(Police Brutality)に対抗する運動として知られるようになっていった。
2016年には,片方のテールライトが壊れていたために停車させられたルイジアナ州の32歳の黒人男性が,「銃所持のライセンスを持っている」と財布を取り出そうとしたところで警官に射殺され,その様子を,助手席に座っていた女性がFacebook Liveでストリーミング配信していたため大きな問題になった。2020年2月にはジョギング中に作りかけの家を覗いたジョージア州の25歳の黒人男性が,その家の警護を頼まれていたという白人親子に射殺された。父親は元警官だという。
過剰な暴力と人種格差
ワシントン・ポストの電子版に掲載された統計によれば,アメリカでは2019年に1004人の容疑者がその場で命を落としているという。これは統計を取り始めた2015年以来,ほとんど変わらない数字で,過去5年にわたって,毎月70人から100人が取り調べや裁判を受けることなく亡くなるという,背筋が寒くなるような状況が続いていることになる。
統計の内訳を見ると,黒人のアメリカ人は全人口の12%を占めるが,2015年から2019年の間にその場で死亡した容疑者の26.4%に達する。全人口の61%を占める白人の死者数が50.3%で,5%を占めるアジア系アメリカ人の死者数が2%ほどだ。
「容疑者の段階で命を落とす人の人種の割合」や「逮捕に抵抗する人の人種の割合」といった統計資料は見つからなかったため,上記の数値がアメリカの実情をそのまま示すものなのかに対しては議論が必要だが,傍証の1つとして捉えるべきだろう。警察の暴力を受けやすいのは,「人種」によるものだけではなく,貧困や教育,生活環境といった複雑な社会問題を考慮する必要はあるはずだ。そのため,現在起きているBlack Lives Matter運動も,「人種差別反対運動」と言うより,「反警察運動」の性格が強いように見える。
また,上記のワシントン・ポストの統計によれば,2015年に容疑段階で命を落とした人の数は,全人種合わせて94人だったが,2019年には41人に減っている。警察も,こうした過剰な暴力の抑制に取り組んでいることは間違いない。
ちなみに,CNNのニュース記事によると,2019年(の最初の50週)に殉職した警察官は38人だったという。この数が多いのか少ないのかもまた一概には言えないが,記事に挙げられている殉職警官のほとんどが銃によるもので,銃社会アメリカの姿を物語っている。
地域社会に溶け込むためにさまざまなイベントに参加して,子供達に笑顔を振りまく警察の姿は筆者もよく見るし,警官の多くは自分の仕事に誇りを持ち,市民を「守る」人々だ。さらに詳しい分析は必要だろうが,容疑者が銃を持っているだろうという心理的ストレスが必要以上に過激な行動に走る一因にもなっている可能性は高いと思う。
北米ゲーム業界の抱える問題
さて,冒頭にも書いたように,多くの北米ゲーム企業が今回の「Black Lives Matter」運動に賛同し,差別や暴力,偏見に反対する立場を表明したり,支援を行ったり,発表会を延期したりしている。ここからはゲーム業界の現状を見てみたい。
やや古い資料となるが,2016年6月に刊行された「Diversity in the Game Industry Report」(ゲーム業界内での多様性に関する白書)は,日本を含む世界中で活動する非営利のゲーム開発者団体のIGDA(国際ゲーム開発者協会/Independent Game Developer Association)が,2014年から2015年にかけて行った,約5000人のアメリカ国内のゲーム関係者を対象にした調査をまとめたものだ。白書によれば,ゲーム業界における黒人アメリカ人の就業率は約3%で,この数字は過去10年間でほとんど向上しておらず,よく議論の俎上に挙がる女性の就業問題以上に深刻な状況であることが浮き彫りにされた。
ゲーム開発の中心となる開発者や管理職に限れば,その割合はさらに低くなるという。言われてみれば,20年近く欧米ゲーム業界を追いかけている筆者も,要職にいる有色のアメリカ人にはほとんど会ったことがない。有名な人物としては,2019年春に退職した元Nintendo of Americaの社長で,ハイチ系アメリカ人のレジナルド・フィサメィ (Reggie Fils-Aimé)氏がいるものの,彼のような経歴を持った人は非常にまれだ。
また,Fortuneが2018年に掲載した記事によれば,アメリカに本拠を置く8つの大手IT企業では,2017年に就職した正社員のうち,黒人の比率は3.1%だったという。この傾向はゲーム業界とほぼ同じで,ITやソフトウェア開発などの業種を目指す人が,そもそも少ないのかもしれない。
とはいえ,2015年に調査会社のPew Research Centerが公開した報告書では,成人男性のうち11%の黒人のアメリカ人が「自分はゲーマーである」としたのに対し,白人アメリカ人では7%にとどまったという。母数が大きく異なるとはいえ,ゲーム好きの割合が多いのにゲーム業界を目指す人が少ないことには,なんらかの構造的な問題があると感じられる。
もちろん,各社とも人種にこだわらない平等な雇用機会を与えているはずだし,差別や暴力,偏見に反対する姿勢にも賛成できるが,今回の「Black Lives Matter」運動と同様,北米ゲーム産業における黒人の就業率の低さの背後には,教育や貧困,文化,歴史に絡んだ,簡単には解決できない複雑な問題が横たわっている。おそらくゲーム業界だけでこうした問題に向きあい,対処することはできないはずで,より広範な議論や政府の行動が必要になるだろう。
ともあれ,一刻も早く混乱が終息し,新作発表やイベントが普通にできるようになってほしい。
↑Bethesda Softworksで「Fallout 4」の開発に関わり,現在は「Living Dark」の開発に参加しているというアーティストのラシャッド・レディク(Rashad Redic)氏は,「10年以上ゲーム業界で働いているが,大概はオフィスに1人しかいない黒人系のアメリカ人へ。この状況を変えようぜ」とツイートして大きな反響を得ているHi, I'm Rashad- from Oakland but currently in NYC. I've been a game developer for over a decade and I might have worked on something you've played! For most of my career I've been the only black guy in the room. Lets change that. #BlackArtMatters #drawingwhileblack pic.twitter.com/lLjr0fVeYu
— Rashad Redic (@SpiceBrotherOne) June 2, 2020
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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