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パッケージ
ダンジョンズ&ドラゴンズ 第5版公式サイトへ
  • Wizards of the Coast
  • 発売日:2014/07/03
  • 価格:スターターセット:2200円(税込)
    プレイヤーズ・ハンドブック:5500円(税込)
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歴代開発者たちが語る「D&D」の50年。激動の時代に生まれた第3版から現在,そして未来までを辿る“50周年記念セッション”レポート(後編)
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印刷2024/11/06 08:00

イベント

歴代開発者たちが語る「D&D」の50年。激動の時代に生まれた第3版から現在,そして未来までを辿る“50周年記念セッション”レポート(後編)

 50年にも及ぶ「ダンジョンズ&ドラゴンズ」(以下,D&D)の歴史が語られた,Gen Con 2024のセッションシリーズ「50 years of D&D」の聴講レポート,その後編をお届けする。
 前回の記事ではD&Dが誕生した1970年代から,初期のパブリッシャであるTSRが終焉を迎えた1990年代までを紐解いたが,後編である本稿では,D&Dの権利がWizards of the Coast(以下,WotC)に移ってからの歴史を追いかけていく。

 まずはWotC初のD&Dとなった「Dungeons & Dragons 3rd Edition」(以下,3e)のセッションの模様からお伝えしていこう。

開発者たちが当時のエピソードを語った3eのセッション。司会はこれまでと同様,ゲーム歴史家のJon Peterson氏(写真中央)が務めた。しかし一緒に登壇するはずだったWotCの元CEO,Peter Adkinson氏は体調不良により欠席。なお当時のAdkinson氏は,WotCの最高責任者でありながら,D&D開発の現場に直接参加していたという。同氏のD&Dに対する情熱が伝わってくるエピソードで,その貴重な証言が聞けなかったのは非常に残念だ
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 2024年8月の「Gen Con 2024」にて,「50 years of D&D」と題されたセッションシリーズが開催された。D&Dの生誕50周年を記念して開かれたこれらセッションでは,各エディションごとの関係者が登壇,当時の証言を行った。本稿では,うち1970年代の黎明期から,TSR時代が終わる1990年代までを紹介する。

[2024/09/10 08:30]

「ダンジョンズ&ドラゴンズ 第5版」公式サイト



WotCによって生み出された最初のD&D


 前回のセッションの最後で,Steve Winter氏David "Zeb" Cook氏が語ったように,1990年代後半に経営危機に陥ったTSRは,1997年にWotCによって買収された。同時にD&DなどのIPも同社のものとなり,これによってD&Dに新時代が到来することになる。

WotCから発売された最初のD&D,3eの「Player's Handbook」(以下,PHB)。一つ前のエディションである「Advanced Dungeons & Dragons 2nd Edition」(以下,2e)とは異なり,製品名から「Advanced」の冠が削除されたが,このセッションを見てのとおり,3eは2eの系譜にあるルールと見なされている。原書は2000年8月10日発売。日本語版は2年後の2002年12月に,ホビージャパンより刊行された
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 3eのセッションに登壇したのは,同作のコア・デザインを手がけたMonte Cook氏Skip Williams氏,それにJonathan Tweet氏の3名だ。うちTweet氏は元よりWotCに所属していた人物だが,Cook氏とWilliams氏はTSRの末期を体験している。とりわけCook氏が語ったエピソードは強く印象に残るものだった。

「噂どおり会社が酷い状況だと気づいたのは,クリスマスシーズンに社員全員に向けて“Special Treat(特別待遇)”が実施されたときだった。倉庫いっぱいにD&D関連製品が積まれていて,それをクリスマスプレゼントだっていうんだ。でも実際はその全部が返品で,そのとき会社が相当によくない状態なんだということが一発で分かったよ」(Cook氏)

 そんなTSRは,やがてWotCによって買収されるのだが,そのときの心境を尋ねられたCook氏は「既定路線だなと思った。でも心底安堵したよ。我々がもっとも恐れていたのは会社がハズブロに買われてしまうことだったからね」と,刺激的なジョークを披露する一幕も。

※WotCは1999年にハズブロに買収を受け,現在はその傘下にある。

Monte Cook氏(左)。上記の語り口を見てのとおり,強い個性を放つカリスマ・デザイナー。2e時代の「A Paladin in the Hell」「Dead Gods」をはじめ,3e時代の「Return to the Temple of Elemental Evil(邪悪寺院ふたたび)」など,数々の名作アドベンチャーを世に送り出した。現在は自身のゲーム会社Monte Cook Gamesにて独自のゲーム・システム「Cypher System」を用いた作品を展開している
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Skip Williams氏(左)は,「かつては『Sage Advice』というコラムを書いていた」と自己紹介したように,専門誌「Dragon」のQ&Aコーナーを長きにわたって担当した人物だ。会場からは長年プレイヤーの疑問に答え続けた“Sage”に対して賞賛が浴びせられていた。Jonathan Tweet氏(右)はWotCから3eの開発チームに参加。WotCからのRPGチームへ合流した数少ないメンバーということで,苦労も多かったようだ
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 一方,当初からWotCの所属だったTweet氏によれば,TSRの買収が決まったときのWotC社内の反応はさまざまだったという。

「一部の人たちはスーパー・エキサイトしていたよ。Peter(Adkinson氏)なんかは熱心なD&Dファンだったからね。その一方で“TCGはRPGよりも優れている。この買収は失敗だ”という声もあった。その両方が混在していた」(Tweet氏)

 さて,そのようにTSRとWotCから中核メンバーが集まって生み出された3eであるが,Cook氏によれば,次なるエディションに向けての検討は,TSR時代からすでに進められていたという。TSR買収時にクリエイティブ・ディレクターを務めていたのは,前回の2eのセッションに登壇したSteve Winter氏だったが,「アーマー・クラスは低下していくのではなく,上昇していく」といった模索は,同氏の時代に始まっていたという。

※アーマー・クラス(以下,AC)のシステム変更は,3eで実施されたもっとも大きな変更の一つであった。2eまでのACは「低いほど優れる」とされ,実際の判定に使用する値を算出するのに手間がかかったが,3e以降は「高いほうが優れる」ようになり,大きく簡素化された。

 また,3eでは「d20システム」というコンセプトが打ち出され,あらゆる判定がd20(20面ダイス)で行われるようになった。それ以前のエディションでは,例えばシーフの解錠判定などは「%ロール」で行われていたのだ。これらをすべてd20ロールに統合したのも3eからだった。
 なおシーフの技能判定についてTweet氏は,d20で解決するための自作のハウスルールを高校生時代に自作したといい,それをメモした当時のノートを持参しており,本セッションの最後に「歴史家の手に託す」として,Peterson氏に手渡された。貴重な資料を受け取ったPeterson氏は両手で押し戴いて,感謝の気持ちを表していた。

D&D Museumに展示されていた,3eのプレイテスト原稿。上部に手書きで記入されているのは,Gary Gygax氏による直筆コメントだという。「TOO EASY ADVANCE?(簡単にレベル上がりすぎ?)」「Half-Orc Heavily penalized(ハーフオークへのペナルティが重すぎ)」といった内容のほか,「Dungeon Master's Guide」(以下,DMG)に対して「EXCELLENT TUTORIAL(素晴らしいチュートリアル)」,新たな「Poison(毒)」のシステムに対し興味深いとコメントするなど,RPG開祖の理念が垣間見える貴重な資料となっている
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 このように,「アーマー・クラスの変更」や「d20への統一」など,大きな改変を伴った3eだったが,一方で開発陣がもっとも気を遣ったのは「D&Dを成しているものとは何か」を守ることだったという。例えば,「ファイアボールのダメージではd6をロールする」「能力値の上限は18」といったものがこれにあたる。そのような,プレイヤーが「D&Dを遊んでいる」と実感できる「神聖にして冒すべからざる」項目をリストアップし,それらを守っていくことを意識したとのことである。
 さらに「かつてD&Dに存在したものは,D&Dに残されるべき」(Cook氏)という考えから,2eで議論のあった(前回の記事を参照)「バーバリアン,モンク,アサシン」といったクラスもコア・ルールに復活させた。

 また開発にあたっては,「低レベルの調整に念入りに時間をかけた」(Cook氏)という。

「そうなんだ。そのほうがプレイヤーのニーズに応えられるしね。誰もが1レベルは体験するけれども,全員が15レベルでプレイするわけじゃない」(Tweet氏)
「高レベル呪文にはクレイジーなものもあって,それを調整するのは時間がいくらあっても足りないからね」(Cook氏)



ビジネス的な理由でリリースされたv.3.5


 3eが発売されてから3年後,2003年には改訂版となる「v.3.5(第3.5版)」がリリースされた。Cook氏によると「v.3.5はビジネス上の決定であって,ゲーム側の要請を理由とした決定ではなかった」という。同氏はこのときの判断には今も否定的なようで,その言葉は手厳しい。

「もう一度PHBを売るにはどうすればいい? とかいう。そういった類の考えだ」(Cook氏)

 一方,Tweet氏はこれをフォローする形で「スケルトンやゾンビのテンプレートは使い勝手がよくなったよ」とも話していた。実際,3eが広くプレイされるようになってからの改訂ということもあって,プレイアビリティは向上している。

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2003年にリリースされた「v.3.5」。日本でPHBが刊行された翌年ということもあって,邦訳された製品はv.3.5のほうが充実することとなった
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内部向けのマニュアルである「Style Guide」。3e関連製品を作るにあたってのガイドラインが記載されたものとのこと

3eでは「Open Game License」(以下,OGL)が導入され,サードパーティからも多種多様な製品群がリリースされることとなった。写真は最初のOGL製品となった「Three Days to Kill」(著:John Tynes氏)と「Death in Freeport」(著:Chris Pramas氏)
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サブスクリプションを羨望した経営陣


 続いては「Dungeons & Dragons 4th Edition」(以下,4e)の時代を見ていこう。このセッションは,登壇者の一人であるRob Heinsoo氏が「この1年で4eをプレイした人!」と問いかけるところからスタートした。対して前列に座ったファン達からは,「ウェーイ!」と熱いレスポンスが返されるなど,今回のシリーズの中でもとくに参加者のテンションの高さが目立つセッションとなった。

4eでリード・デザイナーを務めたHeinsoo氏(左)。WotCを離れた後は,Tweet氏とともにv.3.5のOGL製品である「13th Age」などを世に送り出した。Tweet氏とは本当に仲が良いようで,かつては同氏から「キミは他人との対立も辞さない性格だからWotCで働くべきじゃない」と忠告を受けたこともあるという。さらには「最終的にそれは本当だったと証明されたわけだ」と,会場の笑いを誘っていた。今後はカードゲーム大手のUpper Deckにて新製品をリリース予定とのこと
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 口火を切ったのは,もう一人の登壇者であるAndy Collins氏だ。

「我々はTSRを買収して3eでD&Dを復活させた。それは大成功してファン層を活気づけ,PHBが山ほど売れたし,そのほかの本も同様に売れた」(Collins氏)

 2008年にリリースされた4eは,3eの成功を再現する狙いを元に制作されたという。先の3eのセッションでCook氏が語った「PHBを売るためにv.3.5が作られた」という主旨の発言からも分かるように,この頃のD&Dは一定周期でコア・ルールを刷新することで,収益を確保していた。v.3.5から5年を経たタイミングでの4eは,まさにこのビジネスモデルに従って計画されたタイトルと言えるだろう。

Andy Collins氏(右)は4eのほか,WotCからリリースされていた「Star Wars RPG」などに携わった人物だ。ファンの間では,3eのセッションで登壇したWilliams氏の後継者として「Dragon」誌や公式サイトに掲載された「Sage Advice」を執筆したことでもおなじみの存在である
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4eのPHB。3eに掲載されていた「バーバリアン」「バード」「ドルイド」「ソーサラー」などは次なる「PHB2」に,「モンク」はさらに次の「PHB3」に収録された。代わりに新クラスである「ウォーロード」が追加されている。このように,4eのPHBは複数冊にまたがって構成されていた
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 さて,ではその4eを開発するにあたって,開発陣はどのようなコンセプトを打ち出したのか。Heinsoo氏は,4e制作の内幕を次のように語った。

「WotCの経営陣は『World of Warcraft』のサブスクリプションモデルを本当に羨ましく思っていた。それはもう,本当に」(Heinsoo氏)

 当時のWotC上層部は,サブスクリプションによる収益モデルを実現したいと考えていたようだ。従来の「書籍を売る=PHBを売る」というモデルでは収益が安定せず,何年かに1回の「版上げ」のタイミングが収益の山にならざるをえない。そういった波のある状態から脱却するは,サブスクリプションが魅力的に見えたのだろう。
 このことはゲームのデザインそのものにも強く影響を与えた。4eの開発チームが最初に提示されたゴールの中には「コンピュータゲームを作りやすくすること」が含まれていたそうだ。4eのゲームシステムがなぜあのような形になったのか。そこに上層部の意向が介在していたことも含め,氏の発言はその疑問への答えを明快に示している。

「Gleemaxってのは本当にすごくて,もしこの世に完璧なD&Dのコンピュータゲームが存在しうるとするならば,WotCはそれを作り出すことができちゃうんだ。どうやってコンピュータゲームを作ったらいいのかを知らなかったとしてもね!」(Heinsoo氏)

Gleemaxとは「Magic: the Gathering」に登場するカードの一つで,そこにはWotC社内にあるという巨大な頭脳が描かれている。この頭脳は同社のR&D(研究開発部)を完全な精神支配下に置き,製品を開発させているのだとか
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 なお上記のような事情から,コンピュータゲーム的な路線を目指すことになった4eだが,それはそれとして開発陣の中には,3eとは違ったものにしようという意図があったそうだ。

「3eは素晴らしいシミュレーションで,“同じシミュレーションでありながら別の形”というものが我々には見えなかった。我々はあえて“このキャラクターはStriker(撃破役)”といったように“よりゲーム化された(gamified)”道を示すことにした」(Heinsoo氏)

D&D Museumに展示されていた4eのプレイテスト用ルール。バインダーに収められた状態で,クレジットには2007年とある
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 かくして4eはリリースされ,このあとのセッションで語られるように,大変な状況を生み出すことになる。だが発売当初は複数のアワードを受賞するなど,開発陣も完成の余韻に浸れるひとときがあった。4eが発売された2008年は,今年2024年と同じようにオリンピックイヤーだった。その年のGen Conでの模様を,Collins氏は次のように回想している。

「4eは獲得しうる限りのすべての賞を受賞したんだ。我々開発陣はそのことが誇らしくて,獲得した金銀のメダルを首にかけて(Gen Con会場の)ホールを練り歩いた。そしたら,その様子を見た人が“Michael Phelpsか?”って(笑)」

※Michael Phelps……アメリカの水泳選手。2008年に開催された北京オリンピックでは,前人未到の8冠を達成した。

4eと同時期に展開された「パスファインダー」もD&D Museumには展示されていた。この製品はv.3.5のOGLであるが,4eにもOGLの計画は存在していたとHeinsoo氏は語っている。だが経営側の意向でOGLは取りやめとなってしまう。もし4eにOGLが存在していたら,また違った未来もありえたのではないか。Heinsoo氏の言葉からは,そのような思いが滲んでいるのが感じられた
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Heinsoo氏によるv.3.5のOGL製品である「13th Age」。3eのセッションで登壇したTweet氏と共に制作したシステムで,v.3.5をベースとしながら,よりナラティヴに寄せた展開が楽しめる。第2版となる「2nd Edition」のクラウドファンディングが今年行われ,見事目標額を達成した。なおプレッジ期間は終了しているが,現在もKickstarterのプロジェクトページからルールブックが購入できる。興味のある方はぜひ
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「D&D Museum」に展示されていた40周年記念の「Original」復刻版。ちょうど4eと5eの狭間にリリースされたアニバーサリー製品で,重厚な木箱にダイスとルールブックが収められている
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炎上する石油プラットフォームから始まった新製品開発


 2008年にリリースされた4eだが,次のセッションで語られたエピソードは,そのわずか2年後,2010年から始まる。「『D&D Essentials』がリリースされたころだと思う」と語り始めたのは,次なる「Dungeons & Dragons 5th Edition」(以下,5e)のリード・デザイナー,Mike Mearls氏だ。

「ホテルで開かれた社外会議があって,そこがD&Dビジネスの転換点になったんだ。すごく高いランチにありつけたわけだけど,その対価としてPowerPointのスライドを見なければならなかった。そのスライドは,炎上している石油プラットフォームを想起させたね」(Mearls氏)

 D&Dをとりまく環境は大変な事態になっていたのだ。

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5eのPHB。2014年にリリースされ,その後10年間にわたって展開された。50周年記念イベントで発表された数字によれば,全世界で6400万人のプレイヤーを擁し,幅広い支持を集めている
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2010年に発売された4eの新版コア・ルールブック「D&D Essentials」。大きなルール改訂はなく,「4.5」といった版上げを謳ったわけでもなかった。ただD&Dのルールブックとしては珍しいペーパーバック装丁で価格も抑えられていたため,新規プレイヤーにも手を取りやすい体裁であった

Mike Mearls氏(左)。5eのリード・デザイナーとして,上記のような状態だったD&Dの再興に取り組んだ。現在はChaosium社にてエグゼクティブ・プロデューサーを務め,「RuneQuest」「Call of Cthulhu(クトゥルフ神話RPG)」などに関わっている
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 日本では「Call of Cthulhu」「RuneQuest」といったテーブルトークRPGの開発元として知られるChaosiumは,Gen Con 2024においても最も注目を集めていた企業の一つだ。そんな同社のChair(会長)を務めるJeff Richard氏に,同社ブースで話を聞くことできたので,その模様を紹介する。

[2024/08/31 12:00]
Rodney Thompson氏(右)。現在はBungieに転職して「Destiny 2」に携わり,同作のSenior Design Leadを務めている
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 いきなり絶体絶命の幕開けで,かつファンの反応もかなり厳しい時期だったという。登壇したMearls氏とThompson氏は,当時を次のように振り返った。

「4eのビジネスは酷いことになっている。君の事業は炎上中だって何日もかけて言われるんだ。今週にも人員を解雇しなきゃならない,ってね」(Mearls氏)
「来る日も来る日もプレイヤーからネガティブなフィードバックを受け続ける。ときには命に危険を感じる脅迫まであった」(Thompson氏)
「僕は4eの最後の頃からステージに立っていて,2012年にはEssentialsを展開した。4eを憎む人たちはもちろんだけど,4eを愛する人たちからも僕は憎まれた。彼らが望む方向じゃないからってね。2012年のGen Conでは『これが僕にとって最後のGen Conなんだ』『これでテーブルトップゲーム業界から去らなくちゃいけないんだ』と思って酒を飲んだよ」(Mearls氏)


 そのような状態ではあったが,当のMearls氏は不安が限界値を超えると逆に落ち着く性格だそうで,極限状態に置かれることでむしろ冷静に事態に対処できたという。

「メンタルヘルスがカンストして,昔のアーケードゲームみたいにゼロに戻った。僕の不安もカンストして,それが狂気の自信になったわけだ。追い詰められたネズミが戦うみたいな感じ」(Mearls氏)

 開発陣がまず取り組んだのは,基本に立ち返ることだった。Thompson氏は5e開発当初のことを,次のように回想した。

「僕らが最初に取り組んだのは,あらゆるエディションのD&Dをプレイすることだった。たしかMikeが最初期のD&Dを回して,Richard Bakerが3e,ぼくが2eだったと記憶している。そうしてD&Dが持つ膨大な量の伝統を抽出したんだ。そうした過去のエディションを再度プレイして体験してみるところから5eは始まった」(Thompson氏)

 また5eでは,極めてオープンなプレイテストが実施された。ネットでプレイテスト用のルールを配布し,世界中の誰もが意見を伝えられるようにしたのだ。2012年に始まったこの大規模なプレイテストは「D&D Next」と呼ばれた。

「Mikeが言ったんだ。プレイヤーからのフィードバックが必要だと。我々はそのフィードバックを開発プロセスに組み込む必要がある,と」(Thompson氏)

当時「D&D Next」と呼ばれていた5eのオープンプレイテスト用のパケット(要素ごとに切り分けられた部分的なルール)。このプレイテストの流れは,5eリリース後も「Unearthed Arcana」という形で残されていく
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 さて,そのようにプレイテストを行った結果,寄せられたフィードバックも膨大な量になった。それらはもちろん貴重なものだったが,処理をするにも膨大な労力が必要だったという。その果てしない作業について,Thompson氏は次のように語っていた。

「Peter(Lee氏)とJeremy(Crawford氏)とで,8時間の労働時間のうち6時間を会議室に籠って過ごす日々だった。それを2か月間にわたって続けて,過酷な作業だったけど,得られるものは大きかった。Excelをモニタに投影してね,1行ずつフィードバックに目を通していくんだ。ある種のトリアージのような作業で,“これは対応できる”,“これは無理”って現実的な判断を下していくわけだ」(Thompson氏)


かつての仲間たちの助けを借りて実現したローンチ・アドベンチャー


 それらフィードバックの分析と並行して,5eに向けたアドベンチャー(シナリオ)も準備しなければならなかった。時間とリソースが限られる中,Mearls氏が頼りにしたのは,TSR時代から多数のD&D製品に携わり,現在は独立してKobold Pressを営むWolfgang Baur氏だった。

「彼(Baur氏)とランチに行って,こう言ったのを覚えているよ。『5eのローンチ・キャンペーンを書いてみたいと思わないか?』って」(Mearls氏)

 こうして生まれたのが,5eの最初のアドベンチャー「Hoard of the Dragon Queen」だ。これに続く「Princes of Apocalypse」は,WotCを解雇されたRichard Baker氏がリード・デザイナーを務め,David Noonan氏らによるSasquatch Game Studioが制作を担当した。
 「Out of the Abyss」にはChris Pramas氏が率いるGreen Ronin Publishingが参加し,5eの展開を支えていくこととなった。現行チームのピンチに,かつてのD&D関係者たちが集結してくるのは,まるで映画かドラマのようではある。

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5e最初のアドベンチャーとなった「Hoard of the Dragon Queen」。フォーゴトン・レルムの世界を舞台に,邪竜の女王たるTiamat(ティアマト)とドラゴンたちが世界を危機に陥れる物語が展開される。後の2019年には,後編にあたる「The Rise of Tiamat」と合わせたアドベンチャー「Tyranny of Dragons」が発売されている
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Wolfgang Baur氏は長らくD&Dに携わってきたベテランで,専門誌「Dragon」の編集を手掛けたこともある。日本語訳が出版されている「コボルドのRPGデザイン」の著者としても知られる

 かくして5eは世に送り出されたが,開発にあたったThompson氏は「Starter Setが出てようやく安心できた」とも語っていた。「Starter Set」は,どのコア・ルールブックよりも先に発売された5e最初の製品だ。それがリリースされプレイヤーの反応を受け取ったことで,同氏はようやく胸をなでおろすことができたとのこと。4eの末期に厳しいファンの声を浴び続けた彼らにとって,ようやく訪れた安堵の瞬間だったようだ。
 そして5eは,その後10年間にわたって人々にプレイされ続け,次なるルールブック「2024」を生み出すための礎を築いていく。


50年の歴史を受け継ぐ最新版「2024」


 歴代の開発者たちにより語られたD&Dの歴史。その最後を締めくくるのは,今年からリリースが開始された「2024」だ。本稿執筆時点で発売されているのはPHBのみであり,DMGと「Monster Manual」(以下,MM)は未発売の段階ではあるが,現在進行形の“今”もまた歴史の一部。「50 years of D&D Now」と名付けられた最後のセッションでは,Jeremy Crawford氏Chris Perkins氏が登壇し,現状が語られた。

「2024」のリード・デザイナーであるCrawford氏(写真中央)。大学がありゲームが盛んなサンルイスオビスポというカリフォルニア州の町で育ち,少年時代に訪れた地元のコンベンションで,D&Dの生みの親であるDave Arneson,Gary Gygaxの両氏に出会う。とりわけGygax氏が町にやってきたときには近侍の世話係も務め,直接その威風に触れるという貴重な体験もしたそうだ。そんな同氏は,複数のゲームメーカーでTRPGをデザインしたのち,2007年にWotCに入社。念願かなってD&Dの開発に携わることになる。なお,そのWotC入社時の面接官が,今回一緒に登壇したPerkins氏だったとのこと
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「2024」のDMGでリード・デザイナーを務めるChris Perkins氏(右)。魔法使いの三角帽子を被って登場し,イベントの入口では自らチケットのもぎりをするなど,気さくな人柄が伺える。長らくD&Dに携わるベテランで,日本語環境における代表作には,5eの「デラックス・プレイ・ボックス」同梱の「アイススパイア山の竜」などがある。最初に触れたアドベンチャーは,幼少期に触れた「In Search of the Unknown」か「The Keep on the Borderlands」だそうだ。「In Search of the Unknown」を執筆したのは50周年セッションの第1回に登壇したMike Carr氏であり,受け継がれるD&Dの伝統が分かるエピソードといえる
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 2014年に5eがリリースされて,10年ぶりのコア・ルールブック改訂となる「2024」。10年もの時間が経過すると,さまざまな知見が蓄積され,D&Dをとりまく環境にも変化が生じる。50周年記念イベントの記事でもお伝えしたように,5eは躍進を遂げ,プレイ人口が拡大したことで求められるものも変化した。そうした事情を踏まえ,この「2024」では現時点で理想とされるルールを目指したそうだ。

「我々はこの10年間に何千人ものプレイヤーと会って,皆が何に共感し,何が好きで,何を見たくないのか,そういったことを知りました。そしてそれらの蓄積をもとに,コア・ルールブックの改訂が必要と判断するに至ったのです」(Perkins氏)

「2024」のルールブックには,全ページにわたって美麗なイラストが詰め込まれた。10年前の5e発売時には「時間も予算もなく実現できなかった」(Crawford氏)というが,今ならばそれが可能となったわけだ
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 また2014年以降,デジタルプラットフォームのD&D Beyondなどが広まったことで,プレイヤーの動向がより正確に把握できるようになった。その結果として,表層的なプレイヤーの声と実際の動向には乖離があることが分かってきたという。例えばクラスの評判や人気は,実際の使用率と一致していない。その好例として挙げられたのがレンジャーだ。

「ネットで皆が『レンジャーは最悪』と不満を語っているのを見たら,さぞかしプレイ人口も少ないのだろうと思いますよね? ところが,実際のレンジャーのプレイ率は下位1/3に入ったこともないんです。驚きですよね。こうした正確なデータが,我々はとって非常な重要なのです」(Crawford氏)

 入念なプレイテストを経て構築された「2014」だったが,今回の「2024」ではデジタル環境の整備もあって,さらに精密なデータをもとにした分析がなされている。D&D Beyondではどのキャラクターが選ばれているかだけではなく,そのビルドや運用まで知ることができるわけで,そうした意味でも「2024」は新世代のTRPGになることだろう。

版上げでなく改訂版にあたる「2024」は,既存の5eと互換性が確保されている。このため過去の資産を活用できるほか,新旧のキャラクターを混在させて遊ぶこともできるという。ただし過去のデータで作られたキャラクターは,過去のデータを参照しなくてはならないなど制限はあるという
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D&Dという文化を見守る羊飼い


 さて,ここまで50年にわたるD&Dの歴史を開発者たちの言葉で振り返ってきた。D&Dの歴史の中には幾度となく危機的な状況が発生し,それらをかいくぐってD&Dという文化が今に受け継がれてきたことが,現代のTRPGファンにもお分かりいただけたのではないだろうか。

 現在,D&Dは繁栄の時を迎えているが,それはD&Dの伝統を振り返り,プレイヤーと向き合うことでこそ実現されたものなのだ。5eのセッションの最後で,Thompson氏は自分たちの役割を「D&Dの羊飼い(shepherds)」と語っていた。長い伝統を有するD&Dはもはや文化の一部となり,開発者や企業の裁量だけで扱っていいものではなくなりつつある。氏が言う「羊飼い」とは,そんなD&Dを見守り,次世代へと導く役割ということなのだろう。

50年にわたって受け継がれてきたD&Dの系譜を受け継ぐ最新版「2024」。5eと互換性を持つ改訂版であり,“5eの2024年版”という位置づけ。なお,開発者たちは「トエニートエニーフォー」と呼んでいた
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 最後に日本語環境のプレイヤーにとって気になるだろう,各国における「2024」の翻訳展開について触れておこう。現状で明らかにされている翻訳版は,「スペイン語」「フランス語」「ドイツ語」「イタリア語」といったヨーロッパ系言語のみであり,残念ながら日本語版についてのアナウンスは行われていない。しかしCrawford氏は,D&D Nowのセッションにて次のようなビジョンを語っている。

「もっともっと多くの言語にルールブックが翻訳されることが我々の希望です。ですが私の夢は,単なる翻訳を超えたところにあります。D&Dの翻訳は正確に言葉を選ばねばならず,そのために直訳に陥ってしまいがちで,ルールがどのように機能すればよいのかが正しく伝えられていない問題があります。ですから次の50年で実現したいと夢見ているのは,ほかの言語のゲームデザイナーにも参加してもらって,それぞれの言語の実際の表現に基づいてゲーム・デザインの決定ができるようになればと思っているのです」(Crawford氏)

 Crawford氏が夢見るのは“翻訳”ではなく“開発”そのものであり,英語圏だけでなく,さまざまな言語圏のゲームデザイナーによって,D&Dの歴史が紡がれていくことを望んでいる。もっとも氏自身が「次の50年」と言っているように,簡単なことではないわけだが,もし実現すれば「言語の壁」に対する一つの回答になりえるかもしれない。

 歴代の羊飼いたちによって50年の節目を迎えたD&Dは,「2024」で次の50年への新たな一歩を踏み出した。ここから先の50年は,今D&Dをプレイする人々によって築き上げられていくことになる。あたかもTRPGのセッションで先の展開が予測できないのと同様,D&Dの未来も未知の可能性に満ちているということなのかもしれない。

「ダンジョンズ&ドラゴンズ 第5版」公式サイト

  • 関連タイトル:

    ダンジョンズ&ドラゴンズ 第5版

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    ダンジョンズ&ドラゴンズ 第4版

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