企画記事
「悪役令嬢を探して」第1回:「乙女ゲームの悪役令嬢」は実在するのか? 90年代乙女ゲームから悪役令嬢を見出してみよう
今回4Gamerでは,ゲーム研究者・向江駿佑氏に依頼し,乙女ゲームの中に見出せる「悪役令嬢」の歴史を,全3回にわたって編纂してもらうこととした。第1回は90年代,第2回は00年代,第3回では10年代〜を取り扱う予定だ。「アンジェリーク」以降無数にリリースされてきた作品群の中にある悪役令嬢たちの輝きを,ぜひ読者諸氏にも確認してほしい。
2024年3月にNintendo Switch用ソフト「悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される」(オペラハウス)が発売されるなど,「悪役令嬢」人気は依然として健在のようだ。ただ,今でこそこうして実際に乙女ゲームに悪役令嬢が登場しているが,2020年に「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった… 〜波乱を呼ぶ海賊〜」(アイディアファクトリー)が発売された際は,乙女ゲームにそのようなキャラクターはいないか,いてもそれは基本的には魅力的な存在であり,最終的には主人公と和解するという言説が大勢を占めていた。
本稿の執筆にあたってあらためて確認してみたが,2024年4月現在でもそれは変わらないようだ。「『乙女ゲームでお約束の悪役令嬢』という集団幻覚(注1)」「乙女ゲーに悪役令嬢がいない理由は『男をライバルポジションに置いた方がお得』だから?『攻略対象は多い方がいい』(注2)」など,Togetterでまとめられているこれまでの乙女ゲーマーたちのやりとりは,ごく少数の例外があるとはいえ乙女ゲームにはおおむねそうしたキャラはおらず,基本的には少女漫画からの着想であるという方向でまとまっている。「ゲームの場合,ライバルポジションは攻略対象の男性キャラにしたほうが話を膨らませやすい」など,その理由にもなるほどと思わされるところがある。
(注1) https://togetter.com/li/2090411
(注2) https://togetter.com/li/2090372
またWikipediaにも悪役令嬢のページが作成されており,関連作品リストをはじめかなり情報が充実している。ただここでも大部分は小説や漫画の事例で,乙女ゲームで挙げられているのは数本にすぎない。
では本当に乙女ゲームに悪役令嬢は存在しないのだろうか? 視界の正面には映らなくとも,我々の視界の端に,見えているが気づいていない「幽霊悪役令嬢」が潜んでいる可能性はないだろうか?
念のため付言しておくと,大部分の乙女ゲーム転生ものが実際の乙女ゲームを参考にしているわけではないと思われることには筆者も同意だ。しかし悪役令嬢については,本連載で取り上げる作品のように,乙女ゲームのなかにも他の媒体のそれと類比可能な特徴をもつキャラクターが確認できる。
それらが後続の作品にどのような影響を与えたかは現時点では明確ではないものの,「乙女ゲームにおいて悪役令嬢という存在がどのように活かされているか」という視点でプレイしてみたところ,さまざまな興味深い手法が見出せることがわかった。
本連載では乙女ゲームの歴史を振り返りつつ,これから3回にわたって,こうした悪役令嬢たちとのバリエーションに富んだコミュニケーションを楽しめる作品を紹介する。他媒体との差異と共通点については連載の最後にあらためて立ち戻るとして,まずはこれまでのWeb上の議論で名前が挙がっている作品を整理するところからはじめよう。
1.「悪役令嬢」論争
下の表は,前述のページやWikipediaなどの議論,あるいは個人ブログ(注3)などで悪役令嬢が登場しているとしてあげられた作品やキャラクターについて,筆者がまとめたものである。
(注3) たとえば,三森(2016)「悪役令嬢の歴史・ルーツを,漫画やゲームから考察してみた。」青猫文具箱,https://www.bungunote.com/entry/20140916/1410859449 など。
年代だけをみると,一般に乙女ゲームの祖とされている「アンジェリーク」(光栄 1994)にはじまり,90年代,ゼロ年代,10年代と,対象となる作品が各世代にバランスよく分散している。全体としては22年間に16本なので,2年に1本以上のペースで何かしらの意味で悪役令嬢とみなされるキャラクターが登場していることになる(過去作の移植やリメイクは除く)。
これ以降も,とくにスマホ向けタイトルを中心に対象となる作品が少なからずあると思われるが,現状それらは上記のようなゲーム機向けの作品と同列には論じられていない。これについては第3回でふれることになるだろう。
ただ各作品を個別にみていくと,かならずしも悪役令嬢とは言い切れないキャラクターがリストに含まれていると感じる読者も少なくないはずだ。たとえば「アンジェリーク」で主人公のライバルとなるロザリアは,前掲サイトをはじめ筆者が確認したほとんどの議論において,乙女ゲームに悪役令嬢がいると「誤解」されていることの実例としてあげられている。
以降のシリーズ作品では,主人公の補佐官や,プレイヤーキャラクターの一人として操作可能になっている(注4)にもかかわらず,彼女が悪役令嬢の代表格とされてしまうのには,「アンジェリーク」という作品自体の存在感も大きく影響していると考えられる。
(注4) 前者は「アンジェリークSpecial2」(1996)や「アンジェリーク 天空の鎮魂歌」(1998),後者は「アンジェリーク デュエット」(1998)や「スウィートアンジェ」(1999)など。
前述のとおり,本作は一般に最初の乙女ゲームであるとされているほか,2021年にシリーズ最新作の「アンジェリーク ルミナライズ」(コーエーテクモ)が発売されたこともあって,いまだに乙女ゲームを代表する作品のひとつとなっている。
また本作が少女漫画から強く影響を受けていることはスタッフインタビューなどでも述べられており(注5),表層的な部分ではその悪役令嬢像が反映されているようにも見える(図1)。雑誌やWeb記事の限られた紙幅では人物像を深掘りして紹介するのが難しいことも多く,とくに未プレイの場合,こうした表面的なイメージに引きずられてしまうのも致し方ないところだろう。
(注5)主人公とロザリアについては,アニメ「魔女っ子メグちゃん」(1974-1975)のヒロインとライバルがベースになっている(ルビーパーティー,1996「アンジェリークメモリアルブック」光栄,p.35)。とはいえ元ネタのライバルのほうも,かならずしも悪役一辺倒ではない。
では全体の傾向はどうだろうか。こちらもあまりまとまりがあるようには感じられないが,強いて言えば初期はヨーロッパ系の貴族を思わせる設定が目立ち,徐々にアジア系の令嬢も登場するようになるという流れはあるかもしれない。ただ「十三支演義 〜偃月三国伝〜」(アイディアファクトリー 2012)や「女王蜂の王房」(PURE WOOL 2014)のように,見た目は人型ながら動物や昆虫のキャラクターもいるなど,その世界観はバラエティーに富んでいる。
実際のところ巷間に流布する「乙女ゲームの悪役令嬢」なる概念は,肯定派・懐疑派ともになんらかの統一された定義があるわけではなく,各人が微妙に異なる判断基準のもとケースバイケースで捉えているのが実情のようだ。これを切り分けるには,まず「悪役令嬢」が包含する範囲を明確にする必要がある。
2. そもそも「乙女ゲームの悪役令嬢」とはなにか
では,その範囲はどのように設定するのが妥当だろうか。ひとまず「乙女ゲームの悪役令嬢」を要素ごとに分解してみよう。
まず「乙女ゲーム」についてだが,筆者は現在,文化庁が運営する漫画・アニメ・ゲーム・メディアアートなどの情報サイト「メディア芸術カレントコンテンツ」に乙女ゲームの歴史を検証する連載を寄稿しており,そのなかで乙女ゲームの定義についても説明している(注6)。
(注6) 向江駿佑(2023)「乙女ゲーム30年のあゆみ 第1回「乙女ゲーム」という名称はどのように広まったのか?」メディア芸術カレントコンテンツ https://macc.bunka.go.jp/1707/
端的に言えば,(1)女性向けに制作・流通していること,(2)女性主人公と男性キャラの恋愛がゲームの目的のひとつであることがあげられる。たとえば一般向けのRPGなどで部分的にそうした描写が見られるとしても,本稿ではそれは乙女ゲームとしてはカウントしない。
逆にこの二つの要素が含まれるゲームは,「乙女ゲームまとめ(注7)」などのオンラインソースや,「B’s-LOG」のような乙女ゲーム専門誌で言及されたことがなくても,乙女ゲームとして扱う。漫画やアニメからの派生作品や,90年代によくあった,主人公が男女二人の選択式でそれぞれに異性(一部同性も)の攻略対象が存在する男女兼用恋愛ゲームなどはその代表だ。
(注7) https://w.atwiki.jp/game/
次に悪役令嬢だが,この語はさらに「悪役」と「令嬢」の二つに分けられる。議論を進めるうえでポイントになるのは,前者の意味する範囲のほうだろう。補助線を引いて考えよう。
「悪役」と「悪人」
そもそも乙女ゲームに悪役令嬢が(ほぼ)いないという定説は,この二つの語が示す範囲が曖昧であるがゆえに生じた認識であると考えられる。日常的な言葉づかいでは両者は区別されており,たとえば大辞林の「悪役」の項では,「芝居で悪人を演ずる役」とあくまで役回りであることを強調している。さらに類義語として「敵役」があげられており,悪人よりは敵,あるいはライバルのほうが悪役の意味に近い。
ゲームの場合,前者は物語の都合上,主人公サイドから見て敵側にいるキャラクターという意味でしかないが,後者だとその内面まで悪に染まっているというイメージをあたえる。逆に言えば味方サイドに悪人がいることも原理的には可能だ。
「アンジェリーク」で主人公のライバル(=敵)ポジションにいるロザリアは,確かに主人公に対し終始高飛車な態度をとるが,ゲーム内世界においてはともに宇宙の危機を救う立場にある。また随所で主人公を気遣うような言動もしており,プレイの過程で恋敵になることはあるとはいえ,そのことをもって悪人とするのは無理がある。
本稿でもこの区別を採用することとし,そのキャラクターの内面よりも彼女たちと主人公の関係性に注目して話を進めよう。乙女ゲームにもライバルが登場する作品は少なからずあるため,こう考えると悪役令嬢の対象範囲もぐっと広がるはずだ。
悪役とライバル
とはいえ,友人同士でもある一分野で競い合うことは珍しくないため,すべてのライバルが悪役というわけではない。厳密な線引きは難しいが,前述のリストにあげられている作品を分析すると,以下のように整理できる。
(2)本人が主人公に対し持続的に非友好的である
(3)(プレイアブルな方法かどうかを問わず)実際に主人公の目的を直接的・間接的に妨害してくる
これらを満たすキャラクターは,悪役と呼んでも差し支えないだろう。「ときめきメモリアルGirl’s Side」(KONAMI 2002,以下「ときメモGS」)の須藤瑞希のように,ゲーム内で一緒に遊びにいけるような令嬢は,ライバルであっても悪役感は薄い。
各条件について補足説明しておくと,まず1の異なる陣営とは,主人公サイドとは思想や利害が異なる組織,同じ組織内の別派閥,あるいは社会階層や階級による区分(これは「令嬢」とも関係する)などがある。リスト内の作品も,おそらくすべてこのいずれかでカバーできる。
2は,そのキャラクターが所属する組織なりグループなりが主人公に対し敵対的であるかということよりも,当人がどのようなスタンスをとるかの方が重要である。「持続的」がどの程度の時間を指すのかは個人的な感覚の差が大きい面もあるが,これも1と同じく登場シーンの大半ということになるだろう。
つまりゲーム内でかならずしも最後まで敵対的である必要はなく,途中で「改心」することも可能だが,そのタイミングによって実質的に敵味方どちらの比重が大きいかが判断される。このように,悪役かどうかは単純な二項対立では捉えにくい。そうではなく,その度合いをグラデーションで考えることで見えてくるものもあるだろう。
3については,漫画や小説と同様に物語の進行にともなって攻撃や妨害行為がおこなわれる(=プレイヤーの介入の余地がない)場合と,ゲームプレイの部分でプレイヤーに対して攻撃してくる場合がある。前者はほとんどのノベルゲーム(たとえば「AMNESIA」(アイディアファクトリー 2011)など)にあてはまり,後者はその他の多くのジャンル――乙女ゲームにおいてはとりわけシミュレーション,アドベンチャー,テーブルゲーム――が該当する。
これについてもう少し掘り下げておくと,主人公に直接アクションを起こすパターンと,攻略対象のキャラクターに主人公にとってマイナスとなる話を吹き込んだり,彼を独占して主人公と二人の時間を作らせなかったりなど,間接的に不利な状況を作り出すパターンが考えられる。
令嬢の条件
悪役についてはこんなところだろう。もう一方の令嬢のほうはどう定義できるだろうか。
もう一度表1に戻ると,これについては二つの傾向が確認できる。すなわち彼女たちが属する社会階層の高さと金銭的裕福さだ。
前者はヨーロッパ系の出自をもつキャラクターに共通してみられる特徴で,「ファンタスティックフォーチュン」(富士通 1998)のミリエール・フォン・ローゼンベルクのように,実在の貴族(注8)から名前を拝借したと思しきケースもある(ただ後述するように,本作の主人公と悪役令嬢の関係は他の作品とはかなり異なっている)。これはしばしば貴族社会やファンタジー的な世界観と結びつけられる西洋的な舞台とも相性がいい。
(注8) 19世紀から20世紀初頭にかけてドイツに存在した,レーヴェンシュタイン=ヴェルトハイム=ローゼンベルク侯爵家などがある。
後者はヨーロッパ系令嬢にもみられるが,相対的に日系令嬢がプライドの拠り所とする傾向にある。リストアップしたもののなかでは,「ときメモGS」の瑞希や「乙女的恋革命★ラブレボ!!」(インターチャネル 2006)の東条百合香がそうだろう。表からも読み取れるように,日本が舞台の作品では現代社会(とりわけ学校生活)が描かれることが多いため,血統よりも経済的な指標のほうが格差を表現しやすく,ストーリーに自然な形で取り入れやすい。
もっとも,悪役かどうかを別にすれば現代日本にもさまざまなタイプの令嬢が存在しており,同じ東条でも「VARIABLE BARRICADE」(アイディアファクトリー 2019)の主人公東条ヒバリは,ヨーロッパ型の令嬢たちのように名門の血統と財力を兼ね備えている。
3. 90年代の悪役令嬢(?)たち
このように,悪役令嬢といってもさまざまなバリエーションがある。しかし管見の限りでは,このような差異が議論の俎上に載せられていることはあまりない。既出の情報をこうした枠組みのもとで再考するだけでも新たな発見がありそうだが,今回はまだ名前が挙がっていない作品を中心に紹介することにしたい。
連載第1回では90年代,第2回では00年代,第3回では10年代を扱い,時代ごとに各作品の悪役令嬢を分析していく。一通り候補が出揃ったら,連載の最後に冒頭の表を更新し,あらためて悪役令嬢の系譜を振り返ることにしよう。
上述のとおり,筆者は現在乙女ゲーム史の再検証を進めており,そこで取り上げるソフトの現物や裏付けとなる関連資料を10年にわたって(ときに生活費を削りつつ)収集してきた。そちらは目下第3回(1995-2004年)を執筆中だが,ここまでの期間に発売されたタイトルだけで,およそ70本(移植・リメイク版を含めるともう少し増える)をプレイしたことになる。
なかにはこれまで専門誌やWebメディアの特集記事などで取り上げられたことのないタイトルもあり,そこにも悪役令嬢的な人物が登場する作品が確認できる。今回はそのうち2000年までに発売されたタイトルを何本か紹介しよう。
1)「if2」(アクティブ 1993)
乙女ゲームにおいて最初に悪役令嬢的な人物が確認できるのは,PC-98用ビジュアルノベルゲーム「if2」(アクティブ,1993年)だ。本作は三つのエピソードからなるオムニバス形式となっており,そのうちのひとつである「決戦は学校で」は,女性主人公と男性キャラクターのマルチエンディング恋愛ノベルゲームとなっている。
一般に同シリーズは男性向けの美少女ゲームとされているが,「2」にはほかにも「やっぱり薔薇が好き」というBL的な内容のエピソードも収録されているため,ある程度女性プレイヤーを意識していたとも考えられる(図2)。
筆者が発見した中では,本作に登場する五十川彩架が,乙女ゲームに登場する悪役令嬢第一号だ(図3)。先に述べた悪役令嬢の条件と照らし合わせると,(1)主人公と異なる陣営(社会階層・クラス内派閥),(2)最初から最後まで敵対的,(3)直接・間接的な妨害(マルチエンディングのため,彼女に攻略対象をとられるバッドエンドも存在する)と,まさに完璧な悪役ぶりを体現している。
2)「ふしぎの国のアンジェリーク」(光栄 1996)
悪役令嬢の系譜においては初代「アンジェリーク」ばかりが注目されるが,実際のところこちらのほうがはるかに「悪役」としてのロザリアを感じられる。本作の難度の高さは当時のプレイヤーからも指摘されており,とくにクリア前の最後のミニゲームは慣れていないと結構難しい(注9)。そのため,ほとんどのプレイヤーは何度か挑戦することになるのだが,その相手が彼女なのだ(図4)。
(注9) 向江駿佑(2024)「乙女ゲーム30年のあゆみ 第2回 理想の「女性向けゲーム」を求めて:「ネオロマンス」が築いた基礎(1985年〜90年代)」メディア芸術カレントコンテンツ https://macc.bunka.go.jp/3574/
本作のストーリーは初代「アンジェリーク」の1日を切り取った形になっているため,本編のような補佐官エンドもなく,また選択肢によっては彼女のメイドからも邪険に扱われてしまうため,悪役感が一層増している。
3)「プリクラPocket2 彼氏改造大作戦」(アトラス 1997)
本作はこれまで専門誌やWebメディアで紹介されたことはないものの,90年代に流行ったシミュレーション型の乙女ゲームの特徴を備えている。主人公に最初から彼氏がいるという点はやや毛色が異なるが,マルチエンディング形式で異性と関係を深めるという点では,一般的な乙女ゲームと大差ない。
本作に登場する「しらとり」もまた,”正統派”悪役令嬢だ(図5)。彼女の場合,間接(主人公が彼女の陰口に気付くことでミニゲームに発展する)・直接(図6のように彼女の取り巻きたちを相手にしたシューティングが始まる)を問わず,主人公に攻撃をしかけてくるという点ではゲーム的なキャラクターなのだが,そのモデルは1987年から1992年まで講談社の雑誌「mimi」に連載されていた「白鳥麗子でございます!」だと思われる。
そう考えると,巷で言われるように悪役令嬢ものが少女漫画"だけ"に着想を得ているのかは微妙になってくる。後者にインスパイアされた乙女ゲームが,少女漫画的な悪役令嬢像を取り込んで,独自のスタイルに発展させている可能性もある。悪役令嬢もののなかには,一周まわってそちらを参照しているものがあるかもしれない。いずれにせよ,その検証のためには乙女ゲームで彼女たちがどのように描かれているのかを知らねばならない。ひとまずカードを並べる作業を続けよう。
4)「ミサの魔法物語」(サミー 1998)
筆者は当初このゲームの存在を知らず,作業用に作成していたリストを見た友人から聞いて,今回はじめてプレイした。過去の乙女ゲーム関連の情報誌やWebメディアを確認しても一切言及がなく,見過ごされていた作品だが,本作にも,伊薔薇志摩という分岐によっては悪役令嬢らしき立ち位置になるキャラクターが登場する。彼女は共通ルートでは主人公たちと一緒に行動する局面も多く,悪役感は控えめなものの,これまでに名前があがったなかでもっとも幼い悪役令嬢だ(図7)。
そもそも本作の主な舞台は中学校であり,ターゲットとするプレイヤー層もおおむねそのあたりの年齢だと思われる。こうした低年齢向けの乙女ゲームにも悪役令嬢は登場しており,ゼロ年代以降その傾向はより強くなる。
5)「ファンタスティックフォーチュン」(富士通 1998)
本作はこれまでの言説のなかでも挙げられているが,あえて取り上げたのは他のソフトにはあまり見られないある特徴のためである。それは主人公の置かれた立場だ。
本作の主人公は三人いるのだが,そのうちの一人,ディアーナ・エル・サークリッドは王女であり,国王と皇太子の兄を除くすべての登場人物よりも高い社会階層に属している。にもかかわらず,本作にもまた悪役令嬢が登場する。
彼女,ミリエール・フォン・ローゼンベルクは皇位継承争いに絡む有力貴族の娘で,地位としては王女におよばない。しかしながら初対面時から主人公に対する敵意を隠そうとしないなど,悪役令嬢として申し分ない態度をとっている(図8)。
これが示唆するのは,悪役令嬢がかならずしも主人公より上位の階層に属するとは限らないということだ。これには「悪役」が主人公の立場と相対的なものであるのに対して,「令嬢」のほうはキャラクターの属性であり,主人公との関係には左右されないことも影響している。
6)「élan」(ビスコ 1999)
本作は90年代に流行った男女兼用の恋愛シミュレーションゲームだ。男女どちらの主人公を選んでも登場人物の顔ぶれは変わらず,同性とのコミュニケーションも可能である(それぞれに個別エンドあり)。主人公は惑星探査船「エランシップ」への搭乗をめぐって10人のライバルと競い合う。その一人であるリコは,「高飛車で自信過剰だが,実力が伴っているのがぐうの音も出ないところ。名家に生まれたためか気位が高い」と紹介されており,本作の悪役令嬢的な存在と言える(図9)。
この年には「聖バレンタイン学園」(DIGITAL MISSION 1999)や「BOY×BOY~私立光陵学院誠心寮~」(キングレコード 1999)が発売されるなどBLゲームは存在していたものの,女性同士の個別エンドがあるゲームはかなり珍しかった。
つまり本作は,ゲームの目的として悪役令嬢を「おとす」ことができる最初期の乙女ゲームのひとつと言える(注10)(ただし主人公を含む他人を見下しているものの,恋敵でもなく積極的に妨害してくることもないため,これまでの作品にくらべると悪役感は薄い)。
(注10) 「アンジェリーク」では女王エンドや補佐官エンドでロザリアとの絆をたしかめることができるが,彼女自身が攻略対象として設定されているわけではない。「アルバレア」でもファナとの個別イベントがあるが,そちらは3人の候補者の友情エンドのみとなっている。
7)「遙かなる時空の中で」(コーエー 2000)
本作の悪役令嬢枠は,主人公たちと敵対する勢力である「鬼」の一味であるシリンである。彼女は最後まで主人公と明確に敵対し,かつ積極的に妨害してくるため,知名度を誇る作品の中ではもっともプレイヤーが考える悪役令嬢像に近いと言える(図11)。リメイク版の「遙かなる時空の中で 八葉抄」では,彼女が慕う敵の首領アクラムが恋愛対象に加わったことで,悪役令嬢からおもいびとを奪うプレイが可能になった(図12)。
以上,今回は90年代を中心に7タイトル(+悪役令嬢7人)を紹介した。それぞれに悪役度,あるいは令嬢度に濃淡があり,一概に論じるのは難しいかもしれないが,あえてそれらを並べることで,「悪役令嬢」なるもののレンジの広さを示したつもりだ。
お気づきのとおり,あとになるほど彼女たちとのコミュニケーションが多様化し,対立一辺倒ではない人間関係が築かれるようになっている。この傾向が今後どのように展開していくのか,次回は2000年代の作品を取り上げる。
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