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日本語時間名詞の構造に ついて 田窪行則 国立国語研究所

東京外国語大学語学研究所 講演会 2020年1月30日 日本語時間名詞の構造に ついて 田窪行則 国立国語研究所 1 この講演の目的 • 日本語の時間に関する表現を見て、我々人間にとって「時間」 とは何かを考える。 • キーワード:周期的時間、時間の構造、時間と空間、時空間写 像 • 話題:時間とは、時間と時間の名前、構造と構造間写像 • 時間名詞のリスト:『分類語彙表』1.16 2 目次 様々な時間名詞 非周期的時間名詞 周期的時間名詞 「いまごろ」で見る周期的時間の構造 時間の構造とテンス・アスペクト:テンスを 時間の前後関係とみなす 6. おわりに 1. 2. 3. 4. 5. 3 1.様々な時間名詞 • 非周期的時間名詞:ダイクティックなもの、非ダイクティックな • • • • • もの 周期的時間名詞:ダイクティックなもの、非ダイクティックなもの 周期の名前(スケール名):日、週、月、年、世紀 周期の部分:午前、午後、昼、夜、正午、真昼 春、夏、秋、冬 イベントを表す時間名詞:夕食、食事、戦争 これらの具体的な値:1月30日、2月、2014年、22世紀 4 2.ノンダイクティックで非周期的時間名詞 • 時代:奈良時代、平安時代、鎌倉時代、江戸時代、明治時代 • 戦争:太平洋戦争、第一次世界大戦、日露戦争、日清戦争、文禄慶 長の役、 • 季節、時期:春、夏、秋、冬、初夏、梅雨 • 時間の名前:3時、正午、深夜 • 時期の部分:はじめ、終わり、前期、中期、後期、戦前、戦中、戦 後 • 週の部分:ウイークエンド、週明け、(土日)(平日は違う) • 月の部分:月初め、月末、初旬、中旬、下旬 • 年の部分:年始め、年末 5 2. 非周期的時間名詞 ダイクティック名詞: さっき、今、(今)すぐ、 関係名詞:まえ(に)あと(で)、以前、以後 時間の名前:3時、正午、深夜 時期の名前:春、夏、秋、冬、初夏、梅雨 週の部分:ウイークエンド、週明け 月の部分:月初め、月末、初旬、中旬、下旬 年の部分:年初、年末 6 2.非周期的時間名詞:時間そのもの • 時間、時期、季節、とき、瞬間 • 間、間隔、期間、インターバル • 計量単位:分、秒、日(か)、週、月(つき)、年、 7 3.周期的時間名詞 ダイクティック名詞:今日、明日、あさって、来週、今週、今月 来月、今年、来年 日の名前: 2月12日、大晦日、元旦、元日、メーデー、憲法記 念日、成人の日、春分の日、クリスマス、平日、日曜日、月曜日、 火曜日… 週の名前:第一週、第二週、第三週… 月の名前:1月、2月、正月 年の名前:平成元年、令和元年、2020年 8 3.周期的時間名詞:ダイクティックなもの • • • • • 日:さきおととい、おととい、昨日、今日、明日、明後日 週:先々週、先週、今週、来週、再来週 月:先々月、先月、今月、来月、再来月 年:おととし、去年、今年、来年、再来年 世紀:今世紀、前世紀、来世紀 9 4.「いまごろ」で見る周期的時間の構造 • 周期的時間名詞:「今ごろ」は発話時の対応物を与える。 • 非周期的時間名詞:「今ごろ」は使えない。 • それ以外の場合:対応する時間構造を与えてから発話時の対応物 を与える。 「任期」「スケジュール」「仮想世界」「反事実世界」 田窪・笹栗(2001) Takubo (2009) 10 4.「いまごろ」で見る周期的時間の構造: 「今」と「今ごろ」 今は時間、いまごろは時間ではない? a. 今という時間(を大切にしよう)。 b. *今ごろという時間(を大切にしよう)。 今は話者が時間の名前を知らなくてよい。今ごろは? a. 今何時? 今4時。 b.*今ごろ何時? #今ごろ午後4時。 11 4.「いまごろ」で見る周期的時間の構造: 「今」と「今ごろ」 • ロスでは今ごろ午後4時だ。 *ロスでは今ごろ何時? • ロスでは午後4時が今ごろだ。 *ロスでは何時が今ごろ? ロスでは今午後4時だ。 ロスでは何時が今? 12 4.「いまごろ」で見る周期的時間の構造: 「今」と「今ごろ」 • 「この時間」と「今ごろ」 a. ⁇この時間という時間(を大切にしよう)。 #この時間は何時? いまこの時間という時間 *今この時間は何時? • ロスではこの時間は午後4時だ。 • ロスでは午後4時はこの時間だ。 • この時間と今ごろ 13 4.「いまごろ」で見る周期的時間の構 造:「今」と「今ごろ」 • 今ごろ 明日の今ごろ 来年の今ごろ ??明日の今 ??来年の今 今日の今ごろ 今年の今ごろ ?今日の今 ?今年の今 14 4. 「いまごろ」で見る周期的時間の構 造:今ごろと周期的な時間 明日の今ごろ 今ごろ • 明日 |--------¥‘----| • 今日 |--------¥----| 今 来年の今ごろ 今ごろ • 来年 |--------¥‘----| • 今年 |--------¥----| 今 15 4. 「いまごろ」で見る周期的時間の構 造:特別な場合 • 木星の朝ごはん 「木星ではいまごろ朝ごはんをたべる」のあいまい性 木星 |----------------| 地球 |-| 16 4.「いまごろ」で見る周期的時間の構 造: 「今ごろ」は「今」の対応物を表す 2006年の今ごろ 今ごろ • 2006年|--------¥‘----| • 2020年|--------¥----| 今 22世紀の今ごろ 今ごろ • 22世紀|-¥-----------| • 21世紀|-¥-----------| 今 17 4.「いまごろ」で見る周期的時間の構 造:季節は周期的時間か • 夏の今ごろが一番暑い。  夏の今の時期  夏の今の時間 • 夏休みの今ごろ 夏休みの今の時期 一年の今の時期(=夏休みの終わりなど) 18 4.「いまごろ」で見る周期的時間の構 造:午前、午後など • 明日の午前中の今ごろ 明日の今ごろと同じ • 明日の午後の今ごろ 明日の今ごろと同じ 19 4.「いまごろ」で見る周期的時間の構造: 問題となる領域が非明示的で、周期的でない 場合 今の課長は仕事が遅い。前の課長は今ごろもっと成果を上げていた。 <在任期間> 去年だったら、今ごろニューヨークに着いているはずだ。 <フライトスケジュール> 彼がいなかったら今ごろ路頭に迷っているだろう。 <反事実状況> 20 5.時間の構造とテンス、アスペクト 時間とイベント • 時制 前後関係としてのアスペクト・テンス る・た • アスペクト 位置関係としてのアスペクト てい 21 5.時間の構造とテンス・アスペクト: 前とあと • 行く前 行ったあと 食べる前 食べたあと • *行くあと *行った前 *食べるあと *食べた前 • (例外的なケースについては後述) 22 5.時間の構造とテンス、アスペクト: 前と後 • 食事の前 •前 •後 食事のあと <前[12時15分-食事-1時]<あと 食べ-る前 食べ-た後 xーー行kーー ーー行kーーx 前 x<[イベント] 後 [イベント]<x 23 5.時間の構造とテンス、アスペクト • イベントはあるインターバルを持つ。 食事(e) 12時15分開始 (e) 1時終了 [食べ-る]の(r)uは食事の最初の部分より前の時点を示す。 [食べ-た]のtaは食事の最後の部分より後の時点を示す • 前----[行k]----後 イベント時点 24 5.時間の構造とテンス、アスペクト: テンスを時間の前後関係とみなす • 夕食を食べる。 • 夕食を食べた。  時間的先行関係を<で表すことにする x<y:xがyより前 25 5.時間の構造とテンス、アスペクト  VP(e)+(r)u:VPで表されているイベントeより問題の時点rが先 行することを表す。 (r≤e) VP(e)+ta:VPで表されているイベントeより問題の時点rが先行す ることを表す。 (e≤r) R=発話時の時 今(3時)<今日の6時 今3時 ル 今≤[6時に夕食を食べ(e)] 今7時 タ [6時に夕食を食べ(e)]≤今 26 注  VP(e)+(r)uは、VPで表されているイベントeより問題の時 点rが先行する(r<e)ことを表す。 注: eは時間でないのでeの占める時間に変換するか、e自 体がそれが占める時間も持つことにする必要がある。普通は、 τ=trace functionを使い、τ(e)として、eが占めるインターバ ルに変換します。 • 「今」も言語表現なので、それが表す時間に変換しておく必要 があります。 • 27 5.時間の構造とテンス・アスペクト :るまえに • [[6時に食べ-る]前に[車にガソリンを入れ]]-る。 A (VPル)前:t: t ≤動詞句(e) B VP(r)u:t<動詞句(e) ル:参照時点がイベントの初めの部分より前に来る ⇒6時あるいはそれより前の時点の集合 前:主文のイベントが従属文のイベントより前に来る。 ⇒6時より前の時点の集合 VP(e)ル前 ーーー[B(e) ] ---[A[B(e) ]] OK 28 5.時間の構造とテンス、アスペクト: たあとに • [[食べ-た]あとに[車にガソリンを入れ]]-る。 A (VPた)あと:{t: 動詞句(e)<t} B VP-た: {t:動詞句(e)≤t} タ:参照時点がイベントの終わり部分よりあとに来る ⇒食事の終わりの時点あるいはそれより前の時点の集合 あと:参照時点が従属文のイベントよりあとに来る。 ⇒食事の終わりの時間より後の時点の集合 VP(e)たあと [[B]A] [ B(e)]ーーー [ B (e)]A--- OK 29 5.時間の構造とテンス、アスペクト: たまえに • [[食べ-た]まえに[車にガソリンを入れ]]-る。 A (VPた)まえ:{t|t<動詞句(e)} B VP-た: {t |動詞句(e)≤t} タ:参照時点がイベントの終わり部分よりあとに来る ⇒食事の終わりあるいはそれよりあとの時点の集合 まえ:参照が従属文のイベントよりまえに来る。 ⇒あるイベントよりまえの時点の集合 VP(e)た [ B(e)] tーーー (VP(e)た)前 Aーーー[ B(e)] 食事の終わりよりあとの時間かつ食事より前の時間:重なる時点なし。 30 5.時間の構造とテンス、アスペクト: るあとに • [[食べ-る]あとに[車にガソリンを入れ]]-る。 A (VPる)あと:{t: 動詞句(e)<t} B VP-る: {t:動詞句(e)≤t} タ:参照時点がイベントの終わり部分よりあとに来る ⇒食事の始まりあるいはそれより前の時点の集合 あと:参照時点が従属文のイベントよりあとに来る。 ⇒イベントより後の時点の集合 VP(e)-るーあと ――――[B(e) ]Aーーー 食事の始まりより前かつ食事の終わりより後の時間 重複なし 31 5.時間の構造とテンス、アスペクト: 例外的な解釈 • 6時に食べた(その)前に、ガソリンを入れた。 僕が食べた時間の前に、 • 6時の前に、ガソリンを入れた。 「前、後」はイベント間の前後関係と先行する節の時間の値と後続す るイベントの前後関係の両方の解釈が可能。 • 山田が立っている前に、田中が立っていた。 • 山田がLに立っている前に=Lの前 田窪(2012:例(16))参照 32 おまけ 満と数え: 池間方言 • • • • • 日:ゆーかない、みーかない、ん゜ぬ、きゅー、あちゃ、あさてぃ 週:先々週、先週、今週、来週、再来週 月:先々月、先月、今月、来月、再来月 年:みーてぃない、くじゅ、くとぅす、やーに、さらに 世紀:今世紀、前世紀、来世紀 基点を1と置く:「満」でなく「数え」で数える(by 西原の 人)。 33 終わりに 構造と対応物 • パソコンの画面とプロジェクター • 部屋 • 身体 • 構造的メタファー • 時空間マッピング 34 参考文献 • 国立国語研究所編(2004)『分類語彙表ー増補改訂版』大日本図書 • Takubo, Yukinori (2009) Conditional modality. In: Pizziconi, Barbara and Mika Kizu (eds.) Japanese Modality: Exploring its Scope and Interpretation, 150-182, London: Palgrave Macmillan. • 田窪行則(2012)「時間の前後関係としての日本語テンス・アスペ クト」 『日本語文法 12(2)』65-77 日本語文法学会 • 田窪行則(2018) 「トコロの多義性を通して見た 言語、認知、論 理」 『言語研究 第154巻』1-27 • 田窪行則・笹栗淳子(2001)「「今」の対応物をあらわす「今ご ろ」について」 南雅彦・アラム佐々木幸子(編) 『言語学と日本語教育Ⅱ』 くろしお出版 35