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特集◆仲間作りの国際政治学 ─連携と制度─
多層化するソフトな地域統合
─東アジアの地域統合とEU:現実からの仲間づくり─
羽場久美子
はじめに
─ 21 世紀の国際関係の変容と、地域統合
それに並ぶ形で、地域の統合・拡大・再編、さ
らには、地域「間」の交流が、進行している。
ハンガリー出身の国際経済学者バラッサは、
そうした状況で、
地域統合において、
未だバラッ
地域統合を五つの段階に分けている。それは、
サの理論から、ヨーロッパをモデルないし最終
自由貿易協定、関税同盟、共同市場、経済同盟、
段階とし、アジアを初期・中期段階とする理論
完全な経済統合の五つで、それに依拠すると、
でなく、
現実から理論を再構築する必要がある。
ヨーロッパは最終段階に入り、アジアはまだ初
21 世紀最初の 11 年、日本の 3.11 歴史的災害
期・中期段階にあるとされてきた。またアジア
と原発危機までの時代を振り返れば、きわめて
では、
制度化や法制化が遅れ、
欧州のようなかっ
示唆的な事実が見えてくる。
ちりした制度と法的枠組みのある地域統合は、
ほぼ無理といわれてもきた。
9.11 に始まり、3.11 に終わる 21 世紀の 10 年の
最大の示唆は、アメリカ一国による近代国民国
しかし 21 世紀の 10 年間、近代国民国家の理
家型の軍事・政治・経済・安全保障体制が、一
念をなぎ倒して進むグローバル化の進展、2008
方では緩慢に、他方ではドラスティックに、衰
年の世界金融危機を経てのアメリカ経済・金融
退に向かいつつあると言うことであろう。
の衰退、日本を追い越して進む中国・インドの
そうした中で、現れつつあるのは、中国や、
興隆において、また地域統合自体が、21 世紀
インドや、ブラジルという、第二次世界大戦後
の近年の 10 年間では、その中国・インドを含
の時期においてはむしろ第三世界の枠組みに
み込むような、巨大地域(メガ・リージョン)
入っていたような、新興国、あるいは、スーザ
や、地域「間」協力が、始まりつつある。こう
ン・ジョージが「なぜ世界の半分が飢えるのか」
した中で、1961 年に発表された「経済統合の
と嘆き、先進国からの開発と援助の問題点を指
理論」が未だ確たる有用性を持って支配的であ
摘したような国々が、グローバル化のもとで、
りうるだろうか。
その「貧しさ」を、①安い労働力、②安い商品、
近年、冷戦終焉から 21 世紀初頭にかけての
③膨大な人口(市場)に読み替え、先進国に、
国際関係の変容過程の中で、アメリカの国際関
激しい「競争」を仕掛けてきている。グローバ
係理論学者の間からも、
「理論が現実から乖離
リゼーションと多発する自然災害は、近代に先
してきている。
理論家はまず謙虚に現実に学べ」
進国が 200 年間磨き研いできた刀で、今や先進
との声が聞かれる。
国に向かって切りつけてきているように見え
今や方や、G2、G3、G20 など、国家と世界
42
システムにおける新秩序形成が模索される中、
る。
学術の動向
2011.6
PR OF I LE
羽場久美子
(はば くみこ)
日本学術会議連携会員(政治・地域)
、
青山学院大学国際政治経済学部教
授、日本 EU 学会理事、東アジア共
同体評議会副議長
専門:国際政治学、拡大 EU・NATO
1.多層化するソフトなアジアの
地域統合の現実
20 世紀後半、冷戦の進展とともに発展した
欧州の地域統合は、異なるシステムのソ連・東
欧圏を敵とし、
そのためにアメリカを引き込み、
せたものとなったが、他方で、外見はとてもシ
ドイツを抑え込むという状況から出発した。
ンプルであり、EC / EU という一つの機構に、
その結果、欧州統合の枠組みは、制度・機
経済統合、政治統合、外交・安全保障という総
構・法として内部はきわめて複雑に縛りを利か
合的枠組みを導入し、
「多
図 1 欧州の主要枠組み 平成 22 年 8 月(外務省ホームページより)
バチカン
統合後半世紀たって実現
CE(47)
EEA(30)
EFTA(4)
リヒテンシュタイン
ノルウェー
アイスランド○
米国
カナダ
しかし現実には、外交・
CSTO(7)
エストニア
リトアニア
ラトビア
英国
チェコ
ハンガリー
ポーランド
デンマーク
ブルガリア
ルーマニア
スウェーデン
アルメニア
トルコ○
クロアチア○
アルバニア
ウクライナ
アゼルバイジャン
モルドバ
セルビア
あり、むしろ EU の市民
層 は こ の 間、 各 地 で ナ
ショナリズムとゼノフォ
めている。
他 方、21 世 紀 初 頭 に
モンテネグロ
おける東アジアはどうで
グルジア ※2
アンドラ
安全保障の統合は困難で
ビア(よそ者嫌い)を高
マケドニア○
あろうか。
モナコ
<略語解説>
CE(Council of Europe):欧州評議会(47)、CIS(Commonwealth of Independent
States):独立国家共同体(11)、CSTO(Collective Security Treaty Organization):集団安全保障機構(7)
EEA(European Economic Area):欧州経済領域(30)、EU(European Union):欧州連合(27)
EFTA(European Free Trade Association):欧州自由貿易連合(4)、
NATO(North Atlantic Treaty Organization):北大西洋条約機構(28)、
OSCE(Organization for Security and Co-operation in Europe):欧州安全保障協力機構(56)
2011.6
トルクメニスタン※1
CIS(11)
<凡例>
○:EU加盟候補国(4) ☆:ユーロ参加国(16) _:NATO加盟のための行動計画(MAP)参加国(3)
※1 トルクメニスタンは2005年よりCIS準加盟国。
※2 グルジアは、2008年8月18日にCISからの脱退を表明。09年8月18日に正式に脱退。
学術の動向
ベラルーシ
カザフスタン
キルギス
タジキスタン
ウズベキスタン
ボスニア・ヘルツェゴビナ
キプロス☆
サンマリノ
る(図 1)
。
スイス
ロシア
NATO
(28)
アイルランド☆
オーストリア☆
フィンランド☆
マルタ☆
させようとしたかに見え
EU(27)
スロベニア☆
フランス☆
ドイツ☆
ベルギー☆
オランダ☆
ルクセンブルク☆
イタリア☆
ギリシャ☆
スペイン☆
ポルトガル☆
スロバキア☆
OSCE
(56)
様性の中の一つの声」を
(
)内は参加国数
図 2 に見るように、東
ア ジ ア で は、 す で に 12
ものさまざまなレベル
の、経済協力、安全保障
協力、経済統合関係が、
43
特集◆仲間作りの国際政治学 ─連携と制度─
図 2 アジアにおける重層的な地域機構
★ 六者協議 6
(6 Party Talk)
アメリカ、ロシア、
日本、中国、
韓国
(北朝鮮)
アジア太平洋経済協力(APEC) ★
(★印はアメリカが参加)
ASEAN地域フォーラム ARF+15 ★
ASEAN拡大外相会議 +10 ★
ASEAN +8
東アジア首脳会議
+6
ASEANプラス3
東南アジア諸国連合(ASEAN)
ブルネイ、インドネシア、マレーシア、
カンボジア、ラオス、ミャンマー
フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム
南アジア地域協力連合 8
(SAARC)
上海協力機構 6
(SCO)
インド
中国、ロシア
パキスタン
バングラデシュ
カザフスタン
スリランカ
ネパール
ウズベキスタン
ブータン
モルディブ
オブザーバー
アフガニスタン
オブザーバー
中国
アメリカ
など 8
日本、中国、韓国
オーストラリア、ニュージーランド
カナダ
キルギスタン
タジキスタン
インド
アメリカ、ロシア
EU
パプアニューギニア
モンゴル、北朝鮮、東ティモール、パキスタン
ペルー、メキシコ、チリ、香港、台湾
モンゴル
インド
パキスタン
イラン
アジア欧州会合(ASEM)46+2
パートナー
ブルネイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、
ベラルーシ
スリランカ
アジア協力対話(ACD)
ブルネイ、インドネシア、マレーシア、
シンガポール、タイ、ベトナム、カンボジア、ラオス、
ミャンマー、日本、中国、韓国、EU
フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム、
カンボジア、ラオス、ミャンマー、日本、中国、
韓国、インド、パキスタン、バングラデシュ、
バーレーン、カタール、カザフスタン、
クェート、オマーン、スリランカ
(外務省資料等より作成)
主権国家を維持しながらも、
「機能」している。
またアジア・太平洋の、地域「間」協力として、
G2、G3 しかりである。
近年のアメリカ・オバマ政権の積極的なアジア
APEC がアジアと北米の統合体であるとする
関与を象徴し、12 に及ぶアジアのさまざまな
と、近年それに対抗するように、アジア・ヨー
機構のうち、五つに、アメリカが意識的に関与
ロッパ会合として ASEM が大きく力をつけて
している(★印)
。これに仮に TPP を加えると、
きた。ASEM の参加国・機関は現在 46 カ国 +2
アジアの機構の半分に、既にアメリカが入って
機関でロシアも加盟しており、米欧亜の中で
いるのである。
もっとも弱い環であったヨーロッパとアジア
東アジアの地域統合が議論に上ると、
必ず
「日
44
アジアの地域統合に根を下ろそうとしている。
の話し合いの枠組みが進み始めている。
米同盟か、東アジアの地域協力か」という議論
10 以上の重層的、多元的な枠組みが既にア
となり、アメリカを刺激しないためにも、また
ジアに存在している。これは複数の異なった組
中国は信頼できないがゆえに「東アジアの共同
織による、排他的でなく包摂的な東アジアの共
体など、ありえない」とされてきた。が、日本
同組織が経済を中心に既に存在し、実質的に機
が気づかない間に、アメリカはすでにしっかり
能しているということであろう。
学術の動向
2011.6
2.経済統合から進める東アジア
の統合─ ①得意な分野から開始する
東アジア地域統合の核は経済統合である。拡
いずれもマイナス成長で、先進国の需要が非常
に落ち込む一方で、中国、インド、中東、アフ
リカなどの新興国が急速なプラス成長をして
いる、対照的な状況である。
大 EU の最初の教訓は、得意な分野から始める
また近年はアジアの中間層が急増しており、
ことである。制度や法制化はヨーロッパの得意
1990 年代の 1.4 億人から、2008 年には 8.8 億人、
分野である。ヨーロッパは、ローマ法から始ま
2020 年には 20 億人に増大する予想がある。さ
り現在に至るまで法的枠組みと制度的枠組み
らに非常に興味深いのは、アジアの貯蓄率が日
が最も基本的な部分にあり、一番の典型として
本を大きく凌いでいることである。中国、イン
EU 機関の枠組みがある(図 3)
。行政、司法、
ド、マレーシア、ベトナムに高い貯蓄割合があ
立法の三権が分立しており、諮問機関であった
る。アジアはあと 10 年で米欧を超える消費市
欧州議会が、今回のリスボン条約で真の立法機
場になる。他方、日本上場企業の営業利益を比
関の役割を付与されて拡大し、リジッドな法的
較してみると、欧州、アメリカとの関係が急速
枠組みが形成されている。しかし他方で、EU
に縮小し、アジアからの営業利益が 39.4%を占
はエリート主導の官僚的機構としての問題点
める状況である。
もある。それ故近年は、
「デフィシット・オブ・
同様にアジアの急成長を示す比率として、
デモクラシー(民主主義の赤字:欠損)
」とい
1980 年に 2 兆ドルの規模であったアジア経済
われる、
EU の理念と国家や市民の理念との「ズ
が、2009 年には約 15 兆ドルと 8 倍近い成長を
レ」が指摘されてきた。EU 益、国益、市民益
遂げ、2015 年には NAFTA や EU を越える一大
の三項対立である。リジッドな法的、制度的枠
経済圏になると予測されている(いずれも経済
組みを重視する EU なればこそ、市民社会や国
産業省資料)
。
益との軋轢が生じているのである。
制度化は後でもよい。また次ページの機構図
アジアの地域統合は、得意分野である経済の
に見るようにアジアでも閣僚会議や委員会な
発展と繁栄から始めればよい。政冷経熱と言わ
どは機能している。行政、立法、司法などの三
れようが、世界が注目する経済の振興を基盤と
権分立の構造は未だ存在しないが、必要に応じ
する地域の発展と市民の繁栄をなにより優先
て整えてゆけばよい。
させる。
2004 年の読売新聞の経済コラムで筆者は、
経済産業省により発表された最新のアジア
経済状況を紹介したい。
2009 年の世界経済の現状は、日欧米英露が
学術の動向
2011.6
90 年代は「米欧の二大経済圏の成長」と書い
たが、あと 5 年もすると EU、NAFTA を越え
るアジア経済圏の成長が見込まれる。2020 年
45
特集◆仲間作りの国際政治学 ─連携と制度─
図 3 EU 機関の仕組み
EU 機関の仕組み
Structure of EU Institutions
○ アジアでも機能存在
× アジアには不在
最高政治的機関、EU を政治的に推進し政策の方向性を設定
Highest political organ to giving to the EU political impetus and defines general political directions
欧州理事会
(EU首脳会議)
加盟国首脳+欧州委員会委員長
○
(サミット)
European Council
(EU Summit)
Leaders of Member States + President of the European Commission
意思決定・立法
Decision-taking and law-making
EU理事会
議長国任期6ケ月
加盟国閣僚+欧州委員会委員
○
(閣僚会議)
EU Council
Term of Presidency: 6 months
Ministers from Member States + European Commissioner
共同の参加・協力その他の手続き
Participation in the co-decision,
cooperation and other procedures
法案・予算案に関する
排他的発議権
政策提案
Exclusive right to initiate legislative,
budget and policy proposals
規制・指令等の決定
Enactment of
regulations and
directives
協議
Consultation
行政
Administration
定数
立法・民主的統制
Law-making, democratic control
年次報告
Annual report
欧州委員会
27人(任期5年)
ブリュッセル
European Commission
Commissioners: 27 (term: 5years)
Brussels
委員会不信任議決権
意見
Right to pass a motion of no-confidence in the
Commission
司法
Judiciary
46
会計監査院
検査官 27名
任期 6年
ルクセンブルグ
欧州司法裁判所
判事 27人(任期6年)
(+第一審裁判所)
ルクセンブルグ
Court of Auditors
Members: 27 (term: 6years)
Luxembourg
European Court of Justice
Judges: 27 (term: 6years)
(+Court of First Instance)
Luxembourg
経済社会評議会
委員 344名
任期 4年
ブリュッセル
地域委員会
委員 344名
任期 4年
ブリュッセル
Economic and Social Committee
Members: 344 (term 4 years)
Brussels
Committee of the Regions
Members: 344 (term: 4 years)
Brussels
欧州議会
定数 736人(任期5年)
本会議(ストラスブール)
委員会(ブリュッセル)
(
European Parliament
Members: 736 (term: 5years)
Plenary Meetings (Strasbourg)
Committee Meetings (Brussels)
行政
×
議会
司法
)
議長・副議長は2年半ごとに互選
President, Vice-presidents,
(term: 2.5years=Mid-term change)
欧州投資銀行
ルクセンブルグ
欧州中央銀行
フランクフルト
European Investment Bank
Luxembourg
European Central Bank
Frankfurt
○
(各種委員会)
学術の動向
2011.6
までには、中国が日本を上回り、アジア最大の
という順番でヨーロッパ諸国がトップを占め
消費市場になる。アジア全体で、欧州を抜いて
たことである。対照的に日本は、2007 年の世
米国に並ぶアジア経済の成長が起こる。にもか
銀の指標で 23 位まで落ち込んだ。2008 年のリー
かわらず、アジアだけに共同の枠組みが存在し
マン・ショック「以前」を見る限り、EU は統
ない、という状況である。実際には多数の機能
合と拡大によりアメリカを凌ぐ経済圏となっ
的枠組みが存在しているにもかかわらず、これ
た。このような世界状況から、地域統合の波に
をどう実態的に組織していくか、が早急な課題
乗らなければ日本は乗り遅れるのではないか
となってきている。
と様々な場で聞かれるようになった。新中国大
使になった伊藤忠相談役の丹羽大使も「日中の
3.世界経済における地域統合化と
東アジア:日本の成長戦略
―②統合すればアメリカを凌ぐ
世界経済の地域統合化の中で、最も遅れて
い た 東 ア ジ ア が、 制 度 を 除 き、 経 済 的 に は
NAFTA、EU に既に並び、凌ごうとしている。
EU は、1990 年代に欧州がユーロペシミズム
FTA を進めないと日本は沈没する」と朝日新
聞の記事で書いている(2010.7.24)
。アジアの
地域統合が名実ともに推進され始めている。
4.日米同盟との関係:アメリカも望む、
アジアの地域統合ありうる
―③ECは、アメリカと結び、ヨーロッパを統合した
と言われ、経済的に非常に落ち込んだときに
問題は、日米同盟との関係である。個人的に
統合を開始した。スローガンは「2010 年に世
は日米同盟と東アジア共同体は並存しうる、と
界最大の経済市場になる」であった。マイナ
考える。アメリカの望むアジア地域統合はあり
ス成長の中、予想もできない大胆なスローガン
得る。EC・EU は、その理念の誕生以来様々な
であったが、統合と拡大の結果、2007 年に前
紆余曲折があったが、第二次世界大戦後はアメ
倒しで目標を達成した。2007 年の GDP(世銀)
リカと結んでヨーロッパを統合していった。一
では、EU 全体で、16.8 兆ドルとなり、アメリ
段階目は、戦後、対ソ、対社会主義圏という新
カ 13.8 兆ドルを凌いだ。ドイツ、イギリス、フ
たな敵に対する統合として、独仏和解からはじ
ランスなど各国レベルでは経済停滞があった
まった。
が、拡大の効果によって、今やアメリカを凌ぐ
二段階目、冷戦終焉後は、自由化・民主化を
経済圏になった。さらに重要なことは、一人当
掲げて、異なる体制間の和解が始まった。ここ
たり GDP(2007 年 /2008 年)が、ルクセンブル
では旧社会主義体制だった東ヨーロッパを取
グ、ノルウエー、アイルランド、アイスランド
り込み、ロシア・CIS 諸国とエネルギーで共存
学術の動向
2011.6
47
特集◆仲間作りの国際政治学 ─連携と制度─
した。さらに現在 EU は中国、アジア諸国と密
した。リーマン・ショック以降、EU の通貨危
接な関係を構築すべく、ASEM(アジア・ヨー
機、ギリシャ、イタリア、スペイン(いわゆる
ロッパ会合)を立ち上げ、種々な段階での共同
PIGS)における経済危機があった。しかし現
行動を開始している。
在ドイツ経済は V 字回復を遂げつつあり、欧州
三段階目はリーマン・ショック以降である。
EU 外の領域、ロシア、中東、アフリカ、中国
等と積極的に関係を強めながらアメリカとの
摩擦を起こさずに協力を進めている。
諸地域の貿易もユーロ安の中、回復に向かって
いるとされる。
2009 年 5 月、EU 欧州委員会のシンクタンク
であるジャンモネチェアの ECSAWorld の国際
最近オバマ大統領が、アジア太平洋の地域協
会議に出かけた。ギリシャ通貨危機の真っ只中
力に積極的に参与したいと発言し始めている。
であったため、さぞ欧州委員会の首脳たちは
既に図 2 で示したように、アジアには重層的、
意気消沈しているだろうと思ったが、逆であっ
多元的な枠組みが存在し機能しており、その枠
た。EU 関係者は、日本のマスコミがあまりに
組みの中に、アメリカもロシアも、例外的には
も EU を否定的に書き過ぎる、と指摘していた。
北朝鮮すら包み込まれる。排他的でなく包摂的
EU は 2009 年末にリスボン条約が批准発効され
な機構を目指す。
てから、2010 年から 2020 年の 10 年間に達成す
昨秋開催された APEC は、アジアとアメリ
る課題を策定した。先に述べたように、2000
カとの共同をいかに経済面で発展させるかと
年に出されたリスボン宣言では、経済停滞とア
いうメルクマールになる。世界の中で躍進する
ジアの経済成長の中、EU は 2000 年から 2010 年
アジア経済をアメリカにとっても利益となる
の 10 年間にユーロペシミズムから抜け出し世
ような形で進めればよい。その条件は全てを一
界最大の金融センターになることを打ち出し、
つの機構にまとめず、安全保障やエネルギー・
それを前倒しで実現した。
環境、防災に置いても協同できるゆるやかな多
元的機構を構築することである。
2010 年以降、今後 10 年間の拡大 EU の課題
は、さらなる成長と雇用戦略、教育と若者の育
成である。特に教育を重視し、技術革新によっ
5.ギリシャ通貨危機:
今後の経済・金融危機に対抗して
―④金融危機に対する相互扶助
48
て経済発展と地域統合を促進させ、若者を広範
囲に育て発信させることで EU の役割を果たし
ていく。もう一つは、
近隣諸国政策といわれる、
EU 外隣国との関係の強化である。EU は冷戦
ギリシャ危機の問題であるが、世界金融危機
終焉後、特にアフリカ、ロシアを初めとする
以降、アメリカに次いで EU 経済にも暗雲がさ
CIS 諸国との関係を極めて重視し、異体制間和
学術の動向
2011.6
解に乗り出した。EU 関係者は、通貨危機にお
非常に興味深いのは、この過程で経済のレ
いて、EU がなければギリシャはとっくに破綻
ベルを超えて、制度化または基準のスタンダー
し、イタリアとスペインも回復の道を見出せな
ド化を目指すような動きが見受けられること
かった。
我々はギリシャを一丸となって支える、
である。例えば、大阪行動指針の中でボゴー
と述べた。むしろ地域統合を持たない日本のほ
ル目標達成のための一般原則として、包括性、
うが危ないのではないか、とすら語っていた。
WTO の整合性、同等性、無差別、透明性、ス
対照的なのは日本である。フランスのある新
タンドスティル、同時開発、柔軟性、協力、有
聞記事が象徴的に指摘したように、日本は「東
用性、斬新性、有効性等が挙げられている(大
のスイス」
、即ち、中立平和の「東のスイス」
阪行動指針)
。具体的な 15 分野では、拡大 EU
ではなく、スイスのようにアジアの統合の中で
加盟基準の 31 項目に極めて近いような条件項
孤立する立場を取るのではないか、という指摘
目が打ち出されており、FTA あるいは EPA の
すら出始めている。
ネットワーク化が達成目標となっている。さら
に、釜山ロードマップを見ると、ボゴール目標
6.エネルギー、環境の共同体、
枠組みの議論の始まり
―⑤石炭鉄鋼共同体、原子力共同体
の中間評価の成果に関連して、今後の重点分野
として、多角的貿易体制、共同行動計画、質の
高い FTA、そして釜山ビジネスアジェンダと
して貿易の円滑化、民間部門の開発、知的財産、
近年、日本と中国は特に環境・エネルギー面
投資透明性、反腐敗、安全な貿易、構造改革等
で協力し始めた。拡大 EU は石炭鉄鋼共同体、
の様々な要件が、経済枠組みを超え出され始め
原子力共同体として、戦争の原因たるエネル
ている。
ギーの共同体から組織し、
「不戦共同体」を構
築した。3.11 の災害・福島原発事故を経て、地
域のエネルギー共同関係、環境・防災問題の共
同関係は極めて重要となろう。
1994 年にインドネシアのボゴール宮殿で、
7.制度化の始まり:
ゆっくり、Pass Finder で
―⑥Opt Out(制度に組さなくてもよい)
経済協力強化の他に、貿易投資の自由化等を初
制度化の始まりはゆっくりと「パス・ファイ
めとする自由でオープンな貿易を促進するボ
ンダー」でやればよい。パス・ファインダーと
ゴール宣言が採択された。その後、ボゴール目
は、
全てを共同でやらなくても良い、
場合によっ
標は、大阪行動指針、釜山ロードマップなどで
てはパスすることを認めるという、例外を容認
次々補強される。
するアプローチである。
学術の動向
2011.6
49
特集◆仲間作りの国際政治学 ─連携と制度─
拡大 EU 加盟に際して、旧東欧諸国は、非
つ達成していくことで、ASEAN、+ 3、+ 6、
常に厳密な 8 万ページに及ぶ EU 法を全て国内
+ 8、+10、APEC、ARF、という重層的な枠
法に適用しなければならないという厳しいア
組み ASEAN を核とし、より従属的に機能して
ジェンダがあった。だが、その EU でさえ、制
いくのではないか。中国とは経済的な枠組みで
度に組さないことを認めるという「オプト・ア
協力関係を実行し、
安全保障のレベルでは地震・
ウト」制度がある。例えばイギリスはユーロを
津波など自然災害に共同で対処していく。そう
導入していないし、ヒト・モノ・カネ・サービ
した機能別の重層的な制度化は、既に着手され
スの四つの自由移動が保証される「シェンゲン
始めている。
協定」に参加しない地域もある。近年は特に東
西の経済格差や制度格差から、
「二速二元のヨー
ロッパ」と言われている。速度が異なってもよ
い、制度や社会が多元的なもので良い、という
ことである。
より緩やかな形の「パス・ファインダー」が、
既にアジアの地域協力のロードマップに、実は
存在する。達成されれば良いが、達成し足並み
見てきたように、最大の課題は、今ある小文
字複数形のネットワーク型の東アジア地域統
合、複数形の東アジア地域協力を、アジアの成
長戦略政策として推進することであろう。
APEC の成長戦略である、①均衡ある成長、
をそろえることが共同の条件ではない。例えば
②包括的成長、③持続可能な成長、④革新的成
民主化や自由化が、ASEAN チャータなどで打
長、⑤安心安全の成長、という可能なところか
ち出された時に、もしもどこかの国が達成しな
らの共同、あくまで自国に利益が戻ってくる
くても排除しない、できない場合はできるまで
Win-Win の経済的・発展的共同から始める。
待ち、やらない場合にはやらなくてもいい。非
制度化については、欧州経済共同体(EEC)
常に鵺(ヌエ)的であるが、この二つを掛け合
自体、石炭鉄鋼共同体から始め、戦後 10 年余
わせることによって可能なところから制度化
を経てようやくローマ条約が締結された。政
し、不可能なところは後回しにするという、い
治を含む制度化は、実は統合 30 年以降を経た
わゆる「抜け道」をヨーロッパもアジアも作っ
1991 年のマーストリヒト以降であった。アジ
てある、ということは極めて重要である。
アでも、法制化からではなくまず経済から始め
日中韓、ASEAN の共同がコアになるとよく
50
まとめ
ればよい。
言われる。一定正しいが、むしろ現在の経済的
WTO フォーラムで企業の方々の参加者よ
な枠組みを基礎としながら、ボゴール目標ある
り、今後製品基準スタンダードが非常に重要に
いは大阪行動指針、釜山ロードマップを少しず
なっているとの話があった。経済が求める基準
学術の動向
2011.6
の制度化・標準化などから始め、スタンダード
た。オブザーバーとして参加したが、民主党だ
をアジアで作っていく。これも機能別、地域別
けではなく、他党からも広く議員が参加してい
でよいのではないか。
た。東アジア共同体の重要性についての講演で
アジアの強みは地域である。ローカルとして
は、アジアの共通の地域枠組み、共通通貨がで
の地域である。制度的、法制的な枠組みが最も
きるのもそう遠いことではない、それによって
遅れていると見られるアジアである。しかし、
日本は経済的に再生できるだろう、という意見
経済枠組みにおいては、中小企業の多いアジア
が交換された(2010.11)
。
では、各地域と地域の関係が、場合によっては
政治や歴史の記憶がマイナスにならない形
国を超え、あるいは大きな地域を越え、既に網
で、成長するアジア経済や現在存在する 10 を
の目のように張り巡らされている。いわゆる、
超える機構枠組みを基礎に、出来るだけ緩やか
グローバル、広義のリージョン、国家、ローカ
で重層的な形でアジア地域統合を進めていく。
ルなリージョンという四層構造が、下からボト
それこそが「仲間作り」の国際連携、アジア地
ムアップで始まっているのがアジアと言える
域の既にある地域機構を基盤としたゆるやか
のではないか。
な制度化の開始であろう。
たが
日本が日米同盟という安全保障の箍、日中和
たが
解の困難さという歴史的問題の箍により、世界
的競争力を持ち、アメリカ・EU をも脅かして
参考文献
経済産業省資料統計、EU 代表部資料。
いるアジアの地域経済圏の枠組みに入らない
国際アジア共同体学会編進藤榮一・中川十郎『東アジア共同体
のは、国益としても国民にとっても非常にマ
羽場久美子「拡大 EU の教訓と東アジア共同体」『海外事情』
イナスである。EU に例えるならば、スイスに
なるのではなく、せめてイギリスに、中に入っ
た上で、少し客観的に見る国になればよい。さ
らに一歩進んで、ドイツのブンデスバンクが
ECB(欧州中央銀行)になったように、日銀
と日本の戦略』桜美林大学北東アジア総合研究所、2011。
拓殖大学海外事情研究所、2007 年 6 月。
羽場久美子「拡大 EUというガバナンス・モデル」押村高編『世
界政治を読み解く』ミネルヴァ書房、2011(近刊)
。
羽場久美子・溝端佐登史編『ロシア・拡大 EU 』ミネルヴァ書房、
2011。
羽場久美子『東アジアの地域統合と日本の繁栄』岩波ブックレット、
2011 年(近刊)
。
が安定的で発展的なアジアの共通通貨のセン
ターになれないか。それを 2000 年以降、財務
省や国際通貨研究所などが中心となって検討
している。
鳩山内閣が総辞職して菅内閣になったとき
に、超党派で東アジア共同体議員連盟が発足し
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