TITLE: ストロンチウム89(89Sr)により長期 に病勢をコントロールできた去勢 ドセタキセル抵抗性前立腺癌の1例 AUTHOR(S): 上山, 裕樹; 井口, 亮; 牧野, 雄樹; 金丸, 聰淳; 伊藤, 哲 之; 今中, 一文 CITATION: 上山, 裕樹 ...[et al]. ストロンチウム89(89Sr)により長期に病勢をコント ロールできた去勢ドセタキセル抵抗性前立腺癌の1例. 泌尿器科紀要 2012, 58(9): 515-518 ISSUE DATE: 2012-09 URL: http://hdl.handle.net/2433/160112 RIGHT: 許諾条件により本文は2013-10-01に公開 泌尿紀要 58 : 515-518，2012年 515 ストロンチウム89 (89Sr) により長期に病勢を コントロールできた去勢ドセタキセル 抵抗性前立腺癌の 1 例 上山 裕樹1，井口 亮1,3，牧野 雄樹1 金丸 聰淳1，伊藤 哲之1，今中 一文2 1 西神戸医療センター泌尿器科，2西神戸医療センター放射線科 3 静岡市立静岡病院泌尿器科 LONG-TERM DISEASE STABILIZATION BY STRONTIUM 89 (89Sr) FOR CASTRATION AND DOCETAXEL-RESISTANT PROSTATE CANCER : A CASE REPORT Yuki Kamiyama1, Ryo Iguchi1,3, Yuki Makino1, Sojun Kanamaru1, Noriyuki Ito1 and Kazufumi Imanaka2 1 The Department of Urology, Nishi-Kobe Medical Center 2 The Department of Radiology, Nishi-Kobe Medical Center 3 The Department of Urology, Shizuoka City Hospital A 67-year old man was diagnosed with advanced prostate cancer with multiple pelvic lymph nodes and multiple bone metastases (cT2N1M1b), with an initial prostate specific antigen of 1,300 ng/ml. Prostate biopsy specimens revealed poorly differentiated adenocarcinoma, Gleason’s score 5＋3. He was treated with maximal androgen blockade (MAB) from 2001, but showed resistance to hormone therapy and docetaxel in 2007. External radiation therapy for bone pain was difficult due to multiple lesions. 89 Sr therapy was started in 2009. The therapy could be performed 5 times without any side effects. Good pain control and decreasing PSA was obtained at each dose. (Hinyokika Kiyo 58 : 515-518, 2012) Key words : Multiple bone metastasis, Prostate cancer, Strontium 89 諸 言 であった．前立腺針生検で 4 本すべて Gleason’s score 5 ＋ 3 の前立腺癌を検出．CT で両側内外腸骨リンパ 塩化ストロンチウムは有痛性骨転移に対する疼痛緩 和治療として2007年 9 月に保険適応となった．約70％ の患者で有効であり，疼痛緩和効果は投与10日目頃か 泌58,09,12-1 ら約 2 カ月持続する．今回われわれは，ストロンチウ ム89（以下 89 Sr) を複数回投与することによって，疼 痛緩和だけでなく，長期にわたり病勢のコントロール が可能であった前立腺癌の 1 例を経験したので，若干 の文献的考察を加えて報告する． 症 例 患者 : 67歳，男性 主訴 : 排尿痛 家族歴・既往歴 : 特記すべきことなし 現病歴 : 2001年 3 月排尿痛にて近医を受診．直腸診 にて前立腺両葉とも石様硬，PSA 330 ng/ml と高値の ため 4 月当院紹介となった． 初診時の血液検査で PSA 1,300 ng/ml まで上昇して おり，ALP 737 ng/ml と高値を認めた以外は正常範囲 Fig. 1. Bone scintigraphy (99 mTc-HMDP) at the first visit. 泌尿紀要 516 58巻 9 号 2012年 泌58,09,12-2 Fig. 2. 8-year clinical course from the first visit. 節腫大，骨シンチで多発骨転移 (EOD3) (Fig. 1) を認 ものの，骨シンチにて多発骨転移あり (Fig. 3） ，外照 め，cT2cN1M1b stage IV の前立腺癌と診断した． 射でのコントロールは困難と判断し，89Sr 治療を開始 2001年 4 月より MAB 開始． 6 月に両側精巣摘除術 した．約20カ月の間に 5 回投与可能であり，投与の度 施行．治療開始 6 カ月の時点でリンパ節腫大は消失 に高い鎮痛効果と PSA の低下を認めた (Fig. 4） ．骨代 し，骨病変も著明に改善した．その後，PSA の昇降 謝マーカーとして ALP は 89 年でホルモン治療抵抗性と判断し，ドセタキセル 5 Sr 投与後約 2 カ月かけて 50％程度の低下を 1 ，2 ，5 回目の投与で認めた． 3 ， 4 回目は投与前後で変化なかった．特に臨床上問題と コース施行するも効果なく，以後，デカドロン，ゾメ なるような副作用は認めなかった． に合わせて種々のホルモン治療を行い，治療開始4.5 タと， 5 カ所の有痛性骨転移部位に放射線外照射を繰 り 返すことで疼痛を 2 年間コントロールして い た ． (Fig. 2） 2011 年 1 月より骨髄浸潤による DIC を併発し， Sr の投与は断念．緩和ケアを地域と連携して行い， 6 月に自宅で永眠された． 89 2009年 1 月（治療開始 8 年目）には痛みの部位が多 岐にわたり，CT ではリンパ節や他臓器に転移はない 考 察 ストロンチウムはカルシウムと同族体のアルカリ土 類金属であり，生体内ではカルシウムと同様に骨に取 り込まれる．特に，骨シンチで染まるような造骨活性 泌58,09,12-3 の高い部位に強く集積する性質を持つ．ストロンチウ ムの放射性同位元素の 1 つである 89 Sr は半減期50.5 日，β 線を平均 2.4 mm 放出することで有痛性骨転移 の 疼 痛 緩 和 に 対 し て 効 果 を 発 揮 す る．1942 年 に Pecher1) が 89 Sr の骨転移に対する疼痛緩和について 初めて報告し，Robinson ら2) は前立腺癌骨転移 100 例 を含む200例以上の患者において した．その後 89 89 Sr の有効性を報告 Sr は 1989 年にイギリスで，1993 年に アメリカで認可され，現在では世界各国で承認されて いる．本邦では2007年 9 月に有痛性骨転移の疼痛緩和 に対して保険適応となった． どのような患者で鎮痛効果が得られやすいかについ ての前向き研究の実施が望まれるところではあるが， 99 Fig. 3. Bone scintigraphy ( mTc-HMDP) before the 89Sr therapy. レトロスペクディブな解析では骨転移数が 10 カ所以 下，骨転移の早期例，貧血が軽度，PS 良好など，比 上山，ほか : 前立腺癌・多発骨転移・ストロンチウム89 517 泌58,09,12-4 Fig. 4. 20-month clinical course with 89Sr therapy. 較的早期から使用した方がよいとする報告が多く見ら castration-resistant prostate cancer（以下 CRPC) の治療 れる3~5)．副作用の骨髄抑制は比較的軽度であること 戦 略 に つ い て 下 記 の よ う に 考 え て い る (Fig. 5） ． が多く，抗癌剤との併用も可能であるとする報告が多 CRPC 後はエストロゲンやステロイドなどの治療が 6) い ．ビスホスホネート製剤との併用は問題ないとさ 開始されるが，多発骨転移が目立つ症例に対しては比 れている7)．現在のところ，どの時点で使用すべき薬 であるとする報告が多い8,9)．また，症例報告の範囲 Sr を併用し，PSA が低下すれば複数 回投与を考慮．PSA が低下しない場合はドセタキセ ルを考慮し，その後 89Sr は疼痛緩和にのみ使用する． PSA の低下する症例では予後の改善や病的骨折の予 ではあるが，89Sr 単独での抗腫瘍効果が報告されてい 防につながる可能性があると考えられる． 剤であるかは議論のあるところであるが，終末期のオ ピオイドの代替としてではなく，早期から使用すべき る9,10)． 較的早期から 現時点で 89 転移巣が骨のみである本症例においては， Sr の投 89 89 Sr が本邦で十分に普及しているとは言 い難い．しかしながら，特に前立腺癌患者において 89 Sr の恩恵を受ける患者が多く 与で，鎮痛薬の減量が可能であり，非常に良好な疼痛 は，本症例のように 緩和効果を認めた．さらに，PSA の低下も認め，ド 存在すると考えられる．適切な患者選択を行った上 セタキセル抵抗性となった後も約20カ月の間，病勢の で，89Sr の疼痛緩和効果と抗腫瘍効果の 2 つの側面を コントロールにも有効であり，骨転移に対しては抗腫 考慮して，適切なタイミングで使用することが期待さ 瘍効果があると考えられた．さらに，特に副作用もな れる．ただし現在では疼痛がなければ保険適応外にな く，安全に複数回投与可能であった． そこでわれわれは 89 Sr の抗腫瘍効果を考慮し， るので，今後多発骨転移を有するが疼痛がない症例で も使用できるように保険適応の拡大が期待される． 結 泌58,09,12-5 語 多発骨転移を有する CRPC に対して 89 Sr を投与す ることにより長期に病勢をコントロールできた症例を 経験した．89Sr の骨転移に対する抗腫瘍効果を考慮し たわれわれの治療戦略を報告した． 文 Fig. 5. Suggested treatment strategy for CRPC with multiple bone metastasis. 献 1) Pecher C : Biological investigation with radioactive calcium and strontium : preliminary report on the use of radioactive strontium in treatment of metastatic 518 泌尿紀要 58巻 bone cancer. Pharmacol 11 : 117-149, 1942 2) Robinson RG, Spicer JA, Preston DF, et al. : Treatment of metastatic bone pain with strontium-89. Nucl Med Biol 14 : 219-222, 1987 3) Kraeber-Bodere F, Campion L, Rousseau C, et al. : Treatment of bone metastasis of prostate cancer with strontium-89 chloride, efficacy in relation to the degree of bone involvement. Eur J Nucl Med 27 : 14871493, 2000 4) McEwan AJ : Use of radionuclides for the palliation of bone metastases. Semin Radiat Oncol 10 : 103-114, 2000 5) Serafini AN : Therapy of metastatic bone pain. J Nucl Med 42 : 895-906, 2001 6) Porfiri E, Collins S, Barton D, et al. : Initial feasibility and safety results from a phase II/III clinical trial to evaluate docetaxel therapy in combination with 9号 7) 8) 9) 10) 2012年 zoledronic acid ±strontium-89 in hormone-refractory prostate cancer patients : ISRCTN12808747. J Clin Oncol 28 : 15s, 2010 Storto G, Klain M, Paone G, et al. : Combined therapy of Sr-89 and zoledronic acid in patients with painful bone metastases. Bone 39 : 35-41, 2006 黒田 功，上野宗久 : ストロンチウム89 (89 Sr) の泌尿器癌に対する有用性の検討．臨放線 54 : 1779-1783，2009 山口慶一郎 : 放射性ストロンチウムによる骨転移 の疼痛制御．癌と化療 37 : 1868-1871，2010 Robinson RG, Blake GM, Preston DF, et al. : Strontium-89 treatment results and kinetics in patients with painful metastatic prostate and breast cancer in bone. Radiographics 9 : 271-281, 1989 Received on February 8, 2012 Accepted on May 15, 2012 ( )