矢野家写真資料は、「写真資料から27」でも取り上げたように、矢野豊次郎氏による撮影及び収集写真です。黒川翠山から写真技術を学んで祭礼などの写真を撮る一方、古写真の収集も行いました。
矢野氏の収集した古写真77点には、ガラス原板のあるものと紙焼きのものとがあります。ガラス原板には、キャビネ判だけでなく、八つ切判、四つ切判などの大判のものも見られます。また、京都の写真だけでなく、奈良県、滋賀県、兵庫県、大阪府、熊本県の写真も含まれています。
年代的には、1873年(明治6)頃に写された祇園社西楼門の写真(矢野20)(写真資料から20)、1874年1月頃の北野天満宮の写真(矢野27)(写真資料から8)をはじめ、稲荷神社(矢野29)、四条鉄橋(矢野78、79)、京都駅(矢野66、67)(写真資料から79)、五条大橋(矢野81)、耳塚(矢野68)(写真資料から35)、神武天皇陵(矢野83)(写真資料から33)など、1880年(明治13)頃までの写真が10点程あります。それ以外の写真も全て1900年までの写真で、その点でも貴重です。


ガラス原板、紙焼き写真ともに大きさや内容もいろいろで、ガラス原板には朱文字の書かれたもの、損傷のあるもの、修理をしたものもあり、複数の所から入手したと考えられます。原板の撮影者は不明ですが、被写体の内容から京都舎密局の撮影分も含まれているように思われます。京都舎密局の写真は、桑田商会に移されていたとされているので、そこから入手した可能性もあります。
京都学・歴彩館の所蔵資料には、古写真を貼り付けたものがいくつかあり、その中に『おもかげ』という図書があります。36枚の古写真を貼る写真帳で、そのうち21枚が矢野家写真資料と同一か類似の写真です。19世紀末には写真を原板から直接焼き付けて写真帳に貼った冊子が多く作られていたことから、『おもかげ』以外にも類似の写真帳が今後見つかることを期待しています。

(矢野家写真資料82)

『おもかげ』には類似の写真が掲載される
(写真資料から97 資料課 大塚活美)