米裁判長、トランプ前大統領に「扇動的」発言控えるよう警告 選挙事件関連の発言は認める

バーンド・デバスマン・ジュニア、BBCニュース(ワシントン)

Donald Trump

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2020年米大統領選の結果を覆そうとしてアメリカ国民を欺いた罪などで起訴されているドナルド・トランプ前大統領に対して、審理を担当するワシントン連邦地裁の裁判長は11日、陪審員の印象操作につながりかねない「扇動的」な発言を控えるよう、前大統領に警告した。

他方で、証拠開示請求で弁護団が得た証拠を公表しないよう求めた司法省の申し立てについては、タニヤ・チャトカン裁判長はこれを退けた。プライバシーや機密などにかかわる証拠内容の公表は認めなかった。

前大統領に対する捜査を主導する司法省のジャック・スミス特別検察官は、検察が弁護団に開示した証拠資料を前大統領がソーシャルメディアなどで公表すれば、証人への圧力になり得ると懸念を示し、連邦地裁に「保護命令」を要請していた。

ワシントンの連邦地裁で開かれたこの日の審理は、90分間続いた。チャトカン判事は、前大統領に対するこの事件は歴史的なものだが、通常の刑事裁判として進行すると念を押した。

「(トランプ前大統領は)刑事被告人だ。あらゆる被告人と同じ制限の対象となる」と判事は述べ、「この被告人が選挙運動の最中だからと言って、他の刑事被告人より多い、もしくは少ない、自由裁量が認められることはない」と強調した。

保護命令とは

2020年大統領選の結果を覆そうとしたとしてトランプ前大統領は今月1日、以下の四つの罪で起訴された。前大統領は3日にワシントンの連邦地裁に出廷し、無罪を主張した

  • アメリカを欺くための共謀
  • 公的な手続きを妨害するための共謀
  • 公的な手続きの妨害
  • 市民の権利を妨げるための共謀

翌4日午後、前大統領は自ら運営するソーシャルメディア「トゥルースソーシャル」で、「こっちをやっつけようとするなら、こっちがお前をやっつけにいく!」とすべて大文字で強調しながら書いた。

これを受けて、スミス特別検察官は4日夜、前大統領が今後、大陪審記録など非公開資料を公開してしまう懸念があると、裁判所に「protective order(保護命令、秘密保持命令)」を出すよう対応を求めた。

こうした保護命令の請求は刑事事件では、珍しいことではない。多くの場合、弁護団は検察側からの証拠開示を遅らせたくないため、保護命令にはなるべく従おうとする。

ただしこの事件では、前大統領と弁護団は、憲法修正第1条が保障する表現の自由が制約されると主張。個人情報や機密情報などのみ、非公開とするよう求めた。

チャトカン判事はこの点について弁護団に同意したものの、この裁判に関して前大統領の修正第1条の権利は「絶対」ではないとくぎを刺し、今後の実質審理において法廷が「おまつりさわぎ」になることは許さないと警告した。

前大統領はすでに、ニューヨーク州検察に起訴された、ポルノ女優に対する口止め料の支払いを隠すため事業記録で不正を行ったとされる事件で、同様の保護命令を受けている。

弁護団はさらに、前大統領が私邸で機密文書を不正に取り扱ったとされる事件については、保護命令に相当する条件を受け入れた。

これについて、元連邦検察官のケヴィン・マクマニガル氏はにBBCに対し、「ワシントンでの事件とフロリダでの事件は、性質が異なる。フロリダの事件の場合、機密文書そのものが事件の対象だからだ」と説明した。

米ケイス・ウェスタン・リザーブ大学の法学教授でもあるマクマニガル氏はさらに、「フロリダの事件の証人の多くは、前大統領の私邸を家宅捜索して文書を押収した、連邦捜査局(FBI)職員だ。(前大統領が何を言っても)FBIの捜査員は脅されておびえたりしない」と話した。

裁判所の変更はあり得るのか

大統領選の結果を覆そうとしたと起訴された事件について、トランプ前大統領はこのほか、裁判所の変更を要求している。ワシントンの有権者は圧倒的に民主党支持者が多いため、ワシントンでは公平な裁判が期待できないという理由からで、ジョン・ローロ弁護士はウェスト・ヴァージニア州の連邦地裁を代替地として提案している。

しかし、裁判所が変更される可能性はきわめて少ない。

2021年1月6日の連邦議会襲撃に参加した罪で起訴された被告のうち約40人がすでに、裁判所の変更を求めては、却下されている。トランプ前大統領が指名した裁判官が、この請求を却下することもある。

裁判所の場所について司法省側は今年7月、「ほとんどの(ワシントン)住民がドナルド・トランプに投票しなかったからといって、その住民が本件の証拠を偏りなく検討できないというわけではない」と、裁判所に主張した。

ヴァージニア州にあるリッチモンド大学の法学教授、カール・トバイアス氏は、ワシントンの裁判所がすでに議会襲撃について複数の事件を取り扱ってきたことは「多くの前例」となっていると指摘。裁判所の変更を求める前大統領の主張が、認められない可能性が高いという。

「同じ裁判所の複数の判事が、ワシントンは十分に大きく多様な街なので、偏りのない陪審員12人を確保できないという前提は、現実からかけ離れていると、すでに判断を示している」と、トバイアス教授は指摘する。

Protester outside courthouse in Washington DC

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画像説明, ワシントンでは公平な裁判が受けられないとトランプ前大統領は主張する

チャトカン判事はこの事件から退くべきか

トランプ前大統領はさらにチャトカン判事についても、この判事のもとで自分は公平な審理が受けられるはずがないと主張。3日の罪状認否のあと、チャトカン判事に事件の担当から退くよう求める「強力な根拠」があると自らのソーシャルメディアにで書いた。

ただし弁護団は、まだ裁判長の交代を要求していない。

チャトカン判事は、議会襲撃の実行犯に厳しい判決を出す裁判官としての評価を得ている。

合衆国法典は、裁判官の不偏性が合理的に疑われる場合、その裁判官は審理から退くものと定めている。

リッチモンド大学のトバイアス教授は、取り扱う事件につい判事に「利益相反」がある場合、あるいは「不公平に見える」ため訴訟指揮能力が妨げられる場合、連邦裁判所の判事はその事件から自ら身を引くことができるし、そうすべきだと話す。

「しかし(チャトカン判事は)そのような様子を見せていない」ため、このまま裁判長として継続すると思うと、トバイアス教授は話した。「この点では(トランプ前大統領は)勝てないと思う」。