ミシェル・ヨーさん、アジア人初のアカデミー賞主演女優賞 その意味を語る

デレック・ツァイ、BBCニュース

7部門で受賞した「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」でアジア人として初のアカデミー賞主演女優賞を得たミシェル・ヨーさん(12日、ロサンゼルス)

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画像説明, 7部門で受賞した「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」でアジア人として初のアカデミー賞主演女優賞を得たミシェル・ヨーさん(12日、ロサンゼルス)

(この記事は、12日のアカデミー賞授賞式直前のインタビューをもとにしたものです)

「私がここにいるのはありえないってこと? それとも私はここにいちゃいけないってこと?」。12日の米アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞、助演女優賞、編集賞、脚本賞を受賞した大ヒット映画「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」のセリフだ。

居心地の悪い世界を何が何でも終わらせてしまえと、主役に対立するジョブ・トゥパキというキャラクターは、皮肉をこめてこう質問する。しかしこの質問は、俳優ミシェル・ヨーさんがハリウッドでこれまで経験してきたことを、ぎゅっと凝縮したかのようなセリフでもある。

アジア人を自認する俳優として初めてアカデミー賞の主演女優賞にノミネートされ、見事受賞したしたヨーさんは、この映画の演技で歴史を作った。

香港映画のスターとして確固たる地位を築いてきたヨーさんは、この「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」で、エヴリン・ワンを演じる。アメリカでコインランドリーを経営する中国移民のエヴリンは、いつしかマルチバースに引きずり込まれ、なぜか気づけば宇宙を救うスーパーヒーローになる。

エヴリンの役は、自分がハリウッドで認められようと続けてきた闘いを反映するものだと、ヨーさんは言う。そしてその闘いは、映画で自分に敵対するジョブが口にする冒頭の質問にも相通じる。

「同じテーブルに座りたい。自分を見てもらい、聞いてもらう権利を手にするために」。ヨーさんはアカデミー賞授賞式を目前にしたズーム越しのインタビューで、BBCにそう話した。「私が求めているのは、同じように競うための権利です」。

「(エヴリンが)生まれたその日から、彼女は父親からお前はだめだと言われる。女の子だからだと。自分にこれほど深く響くものを読んだのは、とても久しぶりです」

エヴリンとなったヨーさんの演技は、今年度のあらゆる映画賞で注目された。米ゴールデングローブ賞と全米映画俳優組合(SAG)賞を獲得してからは、いよいよアカデミー賞も受賞するかもしれないと期待が高まった。

「私個人が女優として認められるだけにとどまらない、もっと大きなことだと、はっきり認識しています。アジア人がこぞって声を上げているんです。『自分たちのために(受賞を)達成しなくてはならない』と」

「アジアの人間は、あまり感情を表に出しません。そして、自分たちの物語は特に語られなくてもいいなんていう、そんな誤解もあるかもしれませんが、そんなことはありません。どうやって自分たちの物語を語るかが、大事なんです。映画を見る人たちはハリウッドに、世界のコミュニティーを反映してもらいたいと願っています」

ハリウッドで成功する前から、ヨーさんはすでにアジアではトップスターだった。

マレーシアのペラ州イポーで生まれ、10代にはロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・ダンスに通った。背中のけがのせいでバレリーナの夢はかなわなかったが、この時の訓練のおかげもあり、ヨーさんはのちに、自分で自分のスタントをこなす映画俳優として有名になった。

ミス・マレーシアに選ばれたのち、香港映画に出演するようになり、1985年の「レディ・ハード 香港大捜査線」で評判を呼ぶ。ヨーさんが刑事を演じたこの映画の大ヒットを機に、女性を主役にした中国語映画が次々と続くようになった。

「アクション映画に出るようになったのは、ただ救われるのを待っているヒロイン像というのがピンとこなかったからです。女性の物語は、きちんと語る必要があります」

5歳のころにイポーでヨーさんの近所に住んでいたコディ・フーさんは、「うちの母親はいつでも、彼女と一緒につるんでいた。うちの母親が『ミシェルおばさん』ではなく『ミシェル・ヨーおばさん』と呼ぶので、偉い人なんだろうなと思っていた。キーチェーンに触りたいと言ったら遊ばせてくれて、母親とおしゃべりする間、僕がそれで夢中になればそれで良かったみたいだ。その辺のおばさんと、まったく一緒だった」と話す。

Cody Foo and his mum supporting Michelle Yeoh at the opening of her restaurant in Ipoh in 1996

画像提供, Cody Foo

画像説明, 1996年にイポーで、母親とヨーさんと写るコディさん

コディさんは今では33歳で、マレーシアで歌手として活動している。ヨーさんの成功は、コディさんをはじめ多くのマレーシア人に大きな影響を与えている。

「自分みたいにアーティストで、マイノリティーで……という人間にとって、そもそも成功ってどういうものなのか、想像もできなかったのに、ミシェル・ヨーのおかげで自分にもできると思えるようになった」

「1996年に、彼女のレストラン開店を応援しに行ってから間もなく、彼女はマレーシアを離れて『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』の撮影に出かけて行った。それ以来、会っていない」と、コディさんは話す。

ピアス・ブロスナン主演の『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』は、ヨーさんのハリウッド・デビュー作だった。女性やマイノリティーの役がきわめて限定され、ステレオタイプに縛られていた当時、ヨーさんは「ボンド・ガール」のお約束から大きく外れた、有能な中国人スパイを演じた。

ファッション誌「エル」のインタビューでヨーさんは、初めてアメリカに着いた時のことをこう話していた。自分の周りにいたアメリカ人は、ゆっくり話せばヨーさんには聞き取りやすいだろうと思っていたと。

「私が英語を話すと気づいて、その人たちはショックを受けていました」。今でも思い出すと当惑するといった様子で、ヨーさんは言う。「いったい何ごとなのか理解できませんでした」。

「マイノリティーと呼ばれることも、ピンとこなかった。私はマレーシア出身で、マレーシアは多民族国家なので、常にお互いの違いを受け入れるのが当たり前だったので」

従順な女性の役や、男性主役の添え物でしかない役を、ヨーさんは拒否した。そのため、出演機会は減ったものの、それは少しずつ変わっていった。

Michelle Yeoh as Evelyn Wang, Stephanie Hsu as Joy Wang, and Ke Huy Quan as Waymond Wang in the film Everything Everywhere All at Once

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画像説明, 「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」の主要キャストはアジア系だ

「世界は進化しました。成長を続けるほかの市場もあります。それはハリウッドにとって良いことです。ハリウッドも進化して改善しなくてはならないという参考になるので」

しかしそれでも、今になっても、人種以外のステレオタイプがヨーさんに降りかかってくる。

「大勢が、特に女性は、年を取ると何かの箱に押し込まれがちだと、理解していると思います。女優の場合、与えられる役が前よりも小さくなり、重要ではなくなっていきます」

「60代や70代の男性俳優が、世界を救うスーパーヒーローを演じているのに。ではいったいぜんたい、どうして女性がそうしてはならないんでしょう」

ヨーさんがハリウッドで一気に注目されたのは、2018年の「クレイジー・リッチ!」だった。アジア系俳優が多数出演したこの恋愛コメディで、ヨーさんは一族の長を演じた。

自分の成功は、若い監督や作家のおかげだとヨーさんは言う。「なので、ダニエルズ(2人のダニエル。「エブリシング~」の共同監督ダニエル・クワンとダニエル・シャイナート両氏を指す)みたいに、新しい発想の次世代の人たちを頼りにしています。とても平凡な女性がスーパーヒーローになれたら――という今回の脚本を書くのは、とても大胆で勇敢なことだったと思うので」。

「(ダニエルズの2人は)自分で自分のチャンスを作り出します。自分のための出入り口を自分で作ります。私が作家だったら、自分で自分のための脚本を書いたのに」

Directors Daniel Kwan and Daniel Scheinert on the set of Everything Everywhere All at Once

画像提供, A24 films

画像説明, 映画「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」のセットで、「ダニエルズ」とヨーさんが呼ぶダニエル・クワンとダニエル・シャイナート両氏

「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」はヨーさんの友人や同僚たちに言わせると、ヨーさんにとってとんでもなくリスクの大きい企画だったのだという。

「でも人生にリスクはつきもので、リスクを避けていたらいつまでたっても同じことを何度も何度も繰り返すだけになってしまう」

「アジア系コミュニティーはもうあまりに長いこと、誰も自分たちを見てくれていないと感じていたと思います。けれども潮目が変わってきました。それには時間がかかったけれども、変化の兆しが見えるのはひたすらありがたい」

かねてアジア映画界のスターだったヨーさんが、アジア系を自認する女性として初めてアカデミー賞の俳優部門候補となり、そしてついに受賞したのは、実にふさわしいことなのかもしれない。

エブリシング――何もかもが、変化しているという証明なのかもしれない。ただし、それはエブリウエア――どこもかしこも、ではないかもしれない。そして、オールアットワンス、すべて一斉に――では決してない。