【解説】 ウクライナ南部のダム破壊、得するのは誰なのか
フランク・ガードナーBBC安全保障担当編集委員
ウクライナ南部のロシア支配地域にある巨大ダムが決壊し、大量の水が下流に流れ出た。この破壊行為で誰が得するのか。
6日未明のダム決壊をめぐっては、ロシアとウクライナが互いを非難し合っている。この状況は、ガスパイプライン「ノルド・ストリーム」で昨年起きた原因不明の爆発の時と似ている。いずれの場合も、西側諸国は即座にロシアに疑惑の目を向けた。しかしロシアは二度とも、「私たちではない。なぜ私たちがこんなことをするのか。自傷行為になる」と反論した。
カホフカ・ダムの決壊では、ロシアは少なくとも二つの点から、自国の利益を損なうものだと主張できる。まず、下流の土地が浸水したことで、ロシアは自国の兵士と住民らを、ヘルソンやドニプロ川の川岸から東へと避難させる必要が生じたことが挙げられる。このことは、ロシアの砲撃やミサイル攻撃に連日さらされてきたヘルソンの住民に一息つかせることになる。
もう一つは、ロシアが占拠しているクリミア半島における水の供給に影響を与えかねないことがある。同半島は乾燥地で、決壊したダムに近い運河からの真水を頼りにしている。ロシアとウクライナの双方が自国の領土だと主張する同半島は、2014年にロシアが不法に併合して以来、厳重な守備態勢を敷いている。
とはいえカホフカ・ダムの決壊は、ウクライナでの戦争という、より広い文脈で考える必要がある。特に、ウクライナの夏の反転攻勢がすでに始まっていると思わしきことを考慮しなくてはならない。
ウクライナが反撃を成功させるには、クリミアとウクライナ東部ドンバス地方を結ぶ広大な領土をロシアが昨年から支配している状況を変える必要がある。もしウクライナが、ザポリッジャ南部のロシアの防衛線を突破し、周辺の土地を分断できれば、クリミアを孤立させ、大きな戦略的勝利を収めることになる。
しかし、ロシアは昨年2月にウクライナへの本格侵攻を始めて以来、多くの教訓を得ている。ウクライナが攻撃してくる可能性が高い場所を特定し、アゾフ海を目指して進撃してくるウクライナ軍を阻止しようと、ここ数カ月間、非常に強力な守備施設を構築してきた。
ウクライナがロシアの防衛線の西側に軍を派遣する計画を立てていたとは断言できない。ウクライナの最高司令部は賢明にも、ロシアを惑わすため、手持ちのカードを見せるようなことはしていない。
しかし今回の行動は、誰がやったにせよ、ウクライナの選択をはるかに困難なものにしている。
ドニプロ川は、ウクライナ南部では川幅が広い。そのため、ロシアの砲撃やミサイル、さらにはドローン(無人航空機)の攻撃が続く中で川を渡るのは、ウクライナの装甲旅団にとって極めて危険度が高い。
そのうえ、ダムの決壊で下流の広大な土地が浸水したことで、ヘルソン市と反対側のドニプロ川東岸地域には事実上、ウクライナの装甲車両が入れなくなってしまった。
歴史を振り返ると、ロシアはこの地域で「過去」がある。1941年、当時のソヴィエト連邦はナチス・ドイツの進撃を阻止するため、ドニプロ川のダムを爆破した。それによって発生した洪水では、ソ連の国民数千人が犠牲になったとされる。
ともあれ、いまの状況は、カホフカ・ダムを破壊した人はそれが誰であれ、ウクライナ南部の戦略に関するチェス盤をひっくり返し、双方に多くの大きな調整を強いた状態だと言える。そして、しばらく前から予想されているウクライナの反撃において、次の一手を遅らせる可能性がある。