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距離感ゼロ 〜副社長と私の恋の攻防戦〜
スイッチオン
「それでは、お疲れ様。乾杯」

雰囲気の良いフレンチレストランで、三人はワインで乾杯する。

店内の照明はグッと絞られていて、窓の外に広がる夜空が美しく見渡せた。

「星が瞬いてるのが見えますね。綺麗……」

柔らかい笑みを浮かべながら夜景を見つめる芹奈の横顔に、思わず翔は釘づけになる。

そして、芹奈にぽーっと見惚れている翔に、村尾はまたやれやれとため息をついていた。

(仕事が出来る副社長の面影はどこへやら。俺、ちょっと憧れてたのに。かっこいい大人の男どころか、もはや初恋をした中学生みたいだな)

そんな村尾の様子には気づかず、芹奈は料理に舌鼓を打つ。

「とっても美味しいです。野菜が新鮮だから、素材の味が感じられて。色んな種類のハーブも使ってていいですね」

芹奈の言葉を聞いているというよりは、芹奈の声と仕草に翔は心を奪われている。

「副社長。このあと少しホテルの館内をお散歩してもいいですか?」
「えっ、ああ!もちろん」
「都内のホテルとは違って、お庭も広そうでしたよね。楽しみ!」
「うん、そうだな」

無邪気な笑顔の芹奈と、ドギマギする翔、そしてやれやれとため息をつく村尾。

三者三様で食事を終えると、その足でホテルを見て回った。

「ロビーの天井も高くて気持ちいいですね。それとなく和のテイストで落ち着きます。自然の中にあるホテルって感じで」
「そうだな。これから取り組むマンション建設の計画でも、こんなふうに自然を感じられる住まいにしてみたいな」
「いいですね。都会にいながらホッと落ち着ける住まいって、私の理想です」

そんなことを話しながら歩いていると、ギフトショップに差し掛かった。

芹奈はすぐ後ろを歩いていた村尾を振り返る。

「村尾くん、秘書室のみんなにお土産買っていかない?」
「ああ、そうだな」
「えーっと、このホテルオリジナルコーヒーと、それに合うお菓子はどう?」
「うん。じゃあ、この辺りのお菓子ひと通り買おうか」

クッキーやパウンドケーキ、チョコレートなどの箱を持ってレジに向かおうとすると、芹奈がふと足を止めた。

「どうした?」
「この和菓子、井口くんが好きそうだなって思って。ほら、今、社長秘書の代理を井口くんにお願いしてるでしょ?だからこれは、私から井口くんに買っていくね」

ああ、と頷いた村尾は、急に背中に圧を感じて振り返る。

ギラッと目つきを変えた翔がつかつかと歩み寄って来て、村尾は思わずおののいた。

「里見さん、それは俺が買う」
「え?どうして副社長が?」
「君から井口くんには買わせない。俺が井口くんに買う。いい?これは君からじゃなく、俺から井口くんにって言って渡して」

そう言うと翔は芹奈の手から和菓子の箱を取り上げ、妙に威厳のある足取りでレジに向かう。

(うわっ。スイッチ入ったな、これは)

キリッとした顔でクレジットカードを取り出す翔を見ながら、村尾は心の中でひとりごつ。

すると芹奈が小声でそっと聞いてきた。

「ね、村尾くん。副社長って、いつの間に井口くんと仲良くなったのかな?」

はあー!?と、村尾は思い切り眉間にしわを寄せる。

「副社長自ら井口くんにお土産渡すなんてね。井口くんが有能なのを、副社長もご存知なんだね、きっと」

しばらく口をあんぐりしたあと、村尾は一気にガクリとうなだれた。
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