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距離感ゼロ 〜副社長と私の恋の攻防戦〜
抑えきれない想い
「いらっしゃいませ。どうぞご自由にご覧ください」

最初に住宅展示場を訪れると、イベントが開催されているせいか、多くの来場者で賑わっていた。

「へえ、最近はこういう間取りが人気なんだな。書斎とか、ちょっとしたワークスペースとか?」
「そうみたいですね。テレワークの影響もあるかと思います。あとは、SNSにアップする動画を撮影したり」
「なるほど。ちなみに君はどんな住まいがいいの?」
「私ですか?そうですね……。ウッドデッキのオープンリビングに憧れてます」
「あ、こういう感じの?」
「はい、そうです」

すると営業マンが横から話に加わってきた。

「こちらは私もオススメですよ。ガーデニングや、ちょっとしたティータイムにも最適ですし、お子さんが生まれたら日向ぼっこや水遊びも出来ますから。やはり住まいは奥様のご希望が重要ですよね、ご主人」

は?いえ、あの……と芹奈が否定しようとすると、翔が「そうですよね」とにこやかに頷く。

「妻の希望は全て叶えたいと思っています。芹奈、他には何かある?俺は絶対カウンターキッチンがいいな。芹奈の顔をずっと見ていたいから」

いやいや、あのあの、と芹奈が翔を振り仰ぐと、グッと肩を抱き寄せられた。

「寝室は?どんなのがいい?」
「し、寝室!?」
「ベッドは一つでいいよな。俺達、いつもくっついて寝てるし」

芹奈は真っ赤になったまま絶句する。

「初々しいですね。新婚さんですか?」
「そうなんですよ。な?芹奈」

芹奈はキッと翔を睨みつけると、「ちょっと失礼します」と営業マンに断ってから、翔の手を引いて外に出た。

「もう、副社長!適当なこと言わないでください。誤解されたらどうするんですか?」

芹奈の剣幕に、翔はシュンとする。

「ごめん。視察だってバレたら困ると思って」
「あ、まあ、そうですね……。はい」

確かに、副社長などとうっかり呼んでいたら、即座に疑われただろう。
今度は芹奈がシュンとした。

「とは言え、馴れ馴れしくしてごめん」
「いえ。副社長は海外に長くいらしたから、日本の距離感には慣れてらっしゃらないですものね」
「あ、うん」

本当はつい嬉しくて調子に乗ってしまったのだが……、と翔は心の中で反省する。

「じゃあ、もう行こうか」
「え?まだ全然見てないじゃないですか」
「でも、君に嫌なお芝居させるのは気が引けるから」
「そんな。別に嫌な訳じゃないですよ?それに他の人達の反応も参考にしたいですから、もう少し見て回りましょ」

そう言うと芹奈は再び翔の手を引いて、モデルハウスに戻った。
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