ファミレスが深夜営業をやめる
「ロイヤルホスト」「ガスト」「ジョナサン」・・・おなじみのファミリーレストランが続々と深夜営業を取りやめる方針を発表した。
一方、深夜営業を従業員が1人でこなす「ワンオペ」が批判された牛丼チェーン「すき家」は、人員を確保できた店舗で深夜営業を再開している。
「外食産業はブラックになりやすい。基本的にはシフト制なので、長時間労働をする必要はないはずです。人員確保と営業時間の見直しが課題です」
BuzzFeed Newsにこう語るのは、国内で約700店を展開するファミレス「ジョイフル」(本社・大分市)代表取締役の穴見陽一さん。衆議院議員(2期)であり、政調会長補佐として、自民党の「働き方改革に関する特命委員会」(委員長・茂木敏充政調会長)の事務局次長を務めている。
安倍晋三首相が議長を務める「働き方改革実現会議」が2016年度末にまとめる実行計画に反映させるために、「働き方改革特命委」は12月15日、中間報告をまとめた。長時間労働については次のように明記。勤務と勤務の間の休息時間を定めるインターバル規制は、将来的な導入を見据えた表現になった。
労働基準法を改正し、36協定によっても超えることのできない罰則付きの時間外労働の限度を設ける。
勤務間インターバルについては、当面は、これを導入する中小企業への助成金の創設や好事例の周知を通じて、労使の自主的な取組を推進することにより、将来的に規制導入を進めていくための環境を整えていく。
規制は実現するのか
穴見さんは「まずは法律による規制が必要だ」と強く主張する。時間外労働の上限が「過労死ライン」の80時間であっても、インターバルがたった6時間であってもーーそんな最低ラインの規制でも「規制を導入することに意味がある」という。
「今は残業代さえ払えば従業員に何日でも徹夜をさせることができる。労働者が健全で正常な生活ができなくなることを法律が認めているなんて、おかしいじゃないですか。会社と対峙すると弱い立場にある労働者の権利を守るために、政治がある」
働き方改革を企業努力に委ねるのではなく、法整備にこだわる。それは、自身が経営者として働き方改革を進めてきたからだ。
痛みを伴う経営改革
穴見さんは1994年、父親が創業したジョイフルに入社。皿洗い、接客、調理を経験した。岡山県で子会社を設立後、33歳だった2003年に父の後を継いでジョイフル社長に就任した。
13年前の当時、ジョイフルでは従業員の離職率が年間100%を超えていた。1年で従業員が1回転以上する計算で、持続可能な組織とはいえなかった。穴見さんは社長就任2年後に過去最高益をはじき出した後、営業利益の4割を犠牲にする働き方の大改革に着手した。
「改革に痛みが伴うことはわかっていたが、やらなければ前に進めなかった」
残業代の支払いを見直し、人員を確保し、業務フローを改善し・・・。正常化するためにはコストがかかる。株主らに「今までの利益は不当なものだった」というわけにもいかず、減益の説明に苦労した。
それでも2012年、元店長の女性(当時30代)が、長時間労働やパワハラでうつ病になったとして慰謝料などを求める訴えを起こす(和解成立)。15年11月には元店長の男性(当時38歳)が、心疾患を発症したのは長時間の過重労働が原因だとして、約8100万円の損害賠償を求めて大阪地裁に提訴し、係争中だ。「ブラック企業」の汚名は長くつきまとう。
「競争条件が何も変わらないままで改革することの難しさを感じました」
1社だけが営業時間を短くしたり、人件費を上げたりすると、競争に負けるかもしれない。危機感は拭えなかった。
この競争原理は、外食産業に限らない。例えば、建設会社の場合。A社が3カ月の納期を提示すると、B社は残業100時間を見込んで2カ月の納期を提示する。同じ金額であれば、納期が早いほうが競争で有利になる。
必要なのは、共通のルール
だが、法律で残業が禁止されたとしたらどうだろう。
A社もB社も、同じ3カ月の納期で勝負することになる。無理をして前倒しする必要はなくなるぶん、技術力の高さや発想の斬新さなど、時間ではない評価軸が新たに生まれる。
「みんなが同じルールのもとで、同じだけの時間で戦える土壌をつくらなければフェアではない。それでコストがかかるとしても一斉に値上げができる。世の中のルールが変われば、『せーの』で構造改革できる。単独の企業努力ではできないことです」
「ビジネスマンだった僕が政治の世界に入ったのは、ルールメイキングのためです。政治は予算をつけることだけではない。国民が求めているのは、ルールを変えてほしいということなんです。国民の生命を守るために最も重要なルールです」
時間で稼ぐのはなぜダメなのか
高度経済成長期には、製造レーンの稼働時間がそのまま成果に比例していた。しかし今は、成果が出せないことを長時間労働でカバーしようとしている。そこに「仕事のやり方をイノベートする発想がない」と穴見さんは指摘する。
産業構造をみるとすでに90年代にサービス業など第三次産業が4割を超えており、そのサービス内容は、顧客のニーズに合わせた工夫や、他社と差別化した独自の視点が求められる。求められる成果が変わっているのに、仕事のやり方が変わらなければ、成果を出せるはずはない。
「残業させることで成果を補おうとするマネジメントの怠慢が、日本の産業全体のイノベーションを阻害している。労働生産性の伸びが頭打ちになっていることの最大の原因です」
長時間労働は人権問題
穴見さんは、仕事のスケジュールの3分の1を空白にし、業界・商品研究、経営手法や社会問題の勉強などに充ててきたという。「自分が経営者として陳腐化し、陳腐化したことにすら気づかず滅びていく恐怖」があったからだ。インプットの時間は自助努力でいくらでも生み出せる、という人もいる。だが多くの一般労働者は、自己裁量で時間をつくりづらいのが現実だ。
「だからこそ、国が労働規制をする必要がある。労働者の家庭生活や心身の健康を正常に保つための時間を守るのが、国の責務です。長時間労働は、重大な人権問題だと考えています」
時間外労働の上限規制やインターバル規制について、経済界の一部では慎重論もある。一方で「規制導入に経済人として邁進したい」と語るサントリーホールディングスの新浪剛史社長など、長時間労働の撲滅を「新しい経営戦略」と位置付けている経営者は大勢いる。
「経営者は、消費税の増税などのショックにこれまでも対応してきた。長時間労働の改善もそうしたショックの一つに過ぎない」と穴見さんは言う。
ここで変えられるかどうか
大手広告代理店・電通の新入社員の女性(当時24歳)が過労自殺した事件などによって、働き方改革にかつてない注目が集まっている。
長時間労働撲滅プロジェクトの発起人で、NPO法人ファザーリング・ジャパン理事の西村創一朗さんは、「長時間労働はサッカーに例えるとイエローカード。審判がおらず、ルールが守られていなかった。取り締まることまで踏まえたルール整備が必要」として、労働時間の上限設定とインターバル規制の義務化を安倍首相らに求める署名を呼びかけている。
働き方を見直すコンサルティング会社ワーク・ライフバランスの小室淑恵社長は「ここで政府が規制導入を決断することが、国民に対する前向きなメッセージになる」と話している。
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