記事のポイント

  • 新しい研究によれば、科学者たちはクモの巣を利用して絶滅危惧種を追跡しているということ。
  • 粘着性のある蜘蛛の巣から、その地域に存在する生物を把握することにつながる環境DNA(eDNA)の採取が可能であることが判明。
  • 研究チームは、「この新しい技術を用いて、その地域にどのような生物が存在するか? を常に、そして正確に把握できる」と期待。

クモの巣が
生物の生息を示す指標に

科学者たちは近い将来、クモの力を利用して世界中の動物を調査しようとしています。より正確に言えば、「クモの最も重要と言える資産、“巣”を活用する」ということになります。

生命科学や物理科学、地球科学の研究を掲載する学術誌『iScience』に掲載された最近の研究(*1)によれば、ある研究者グループはクモの巣を利用して、絶滅の危機に瀕し、追跡が難しい生物の活動を調査することを提案しています。筆頭著者のジョシュア・ニュートン(*2)は、プレスリリース(*3)で次のように述べています。

「蜘蛛の巣は美しいだけではなく、自然をより深く理解するための秘密兵器になる可能性があります。私たちの研究はクモの巣が、さまざまな動物たちの活動を妨げることなく調査するのに役立つことを示すものになります」
これはxの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。

クモの巣についてほぼ誰もが知っていることと言えば、彼らの住居であり休憩場所である以上に、それは獲物を捕まえるための罠でもあるということ。

だからこそ、この研究者チームは「クモの巣が役に立つ」と考えています。研究チームは、49種の異なるクモの巣にかかったeDNA(*4)を調べ、それを残した生物を調査。その結果、93種類の動物のeDNAが見つかりました。

eDNAは実際に動物そのものを見つけなくても、「その動物がその地域にいるかどうか」、あるいは「ごく最近までそこにいたかどうか」を知る手がかりとなるため、自然保護において重要な役割を果たす存在になりつつあるようです。この研究の著者の一人であるモーテン・アレントフト(*5)教授は、NPR(米国公共ラジオ放送)の取材(*6)に対して次のようにコメントしています。

「ある環境、ある生態系に存在する全ての種は、死んでいるか、腐敗しているか、排尿しているか、排便しているか、呼吸しているかです。これらの活動によって細胞が、環境に放出されやすくなります。そして放出された細胞には、DNAが含まれています」

つまり、クモの巣上で動物の遺伝子の残骸を見つけることは、新鮮な死骸や排泄物と同じように、それらの動物の存在を示す強力な証拠となり得るのです。そしてそれ以上に、その痕跡は広範囲におよぶので単純によりサンプル数も増え、その環境や移動による推移などの情報から推定が立てやすくなります。しかも、綿棒で行う植物の調査のように簡単にできます。活動中の動物の巣穴を見つけ、さらにその穴にもぐりこむといった危険も伴いません。

また、研究者にとって幸運なことに、DNAはそこまで広範囲に飛散していないようです。そうしてアレントフト教授はプレスリリースの中で、「私たちはクモの巣で地元の脊椎動物のDNAを採取するという、とんでもないアイデアを持っていた…」と前置きをしながら、こう続けます。

「当初、オーストラリアのパース(*7)の丘陵地帯にある巣から採取したものからは、地元の野生動物の痕跡が多数検出され有望な結果を導いた。しかしながら、この手法の真の可能性が明らかになったのは、パース動物園での調査を繰り返したときだった。なんと、そこのクモの巣からはキリンやサイのDNAが検出されたのだ」

これにより基本的にクモの巣は、近くの空間に生息する地元の動物のeDNAだけを拾っていることが確認できたということ。つまりクモの巣は、「その地域に希少動物が生息しているかどうか? を示す信頼できる指標になる」と考えられるというわけです。

そしてクモの巣は研究者たちに、「この地域の近辺にどんな動物が生息しているか?」をかなり正確に教えてくれるだけでなく、特定の生物が最後にその地域に生息していた時期に関しても、かなり正確に推定できる可能性も秘めているそうです。

研究チームはNPRに対し、「ほぼ毎日、新たな巣をつくるコガネグモ科のクモの巣をうまく利用できれば、日別に『どんな動物がどこにいるのか?』の調査が可能になる」と語っています。

しかも、「その方法なら(クモたちがどう思っているかはわかりませんが)、動物たちにも余計なストレスも危害も与えない」と彼らは考えています。すでに絶滅の危機に瀕している動物を捕獲し、ストレスを与える必要もないということです。単に、クモの巣に綿棒を入れ続ければいいのですから。

この技術はまだ発展途上ですが、特に絶滅危惧種の動物だけが研究対象ではないため、その結果は研究チームに大きな刺激となりました。アレントフト教授はプレスリリースで以下のように述べています。

「通常、科学者は動物への直接観察に頼って研究しているが、今回の研究は脊椎動物のeDNAを捕獲するクモの巣の有効性が強調し、eDNAに基づく生物多様性モニタリングの範囲が広げた――われわれはこの研究結果で、キタキツネ、ハツカネズミ、クマネズミなどの外来種まで特定し、生態系モニタリングのツールとしてのクモの巣の可能性を示すことができた」

[脚注]

*1:学術誌『iScience』に掲載された、Spider webs capture environmental DNA from terrestrial vertebrates を参照

*2:Joshua P. Newton オーストラリア カーティン大学 分子生命科学部(School of Molecular and Life Sciences)博士号取得予定者。研究者のためのSNS「ResearchGate」の当該ページを参照

*3:オーストラリア カーティン大学の公式サイト内に掲載された「Nature’s DNA traps: Spider webs put new spin on wildlife research」を参照

*4:環境DNA(environmental DNA)の略 環境中に存在する生物由来のDNAのこと。具体的には、水や土壌、空気中に漂う生物の細胞や組織、あるいは死骸から放出されたDNA断片を指す。環境省サイト内のpdf資料環境DNA技術を用いた生物分布モニタリング手法の確率を参照

*5:Morten Allentoft オーストラリア カーティン大学 分子生命科学部(School of Molecular and Life Sciences)教授 大学のスタッフ紹介ページ内の当該ページを参照

*6:NPRの公式サイトのNeed to track animals around the world? Tap into the 'spider-verse,' scientists say」を参照

*7:Perth オーストラリア連邦の西オーストラリア州の州都であり、同州の最大都市。Google Earthで確認する。

Translation / Yumi Suzuki
Edit / Satomi Tanioka
※この翻訳は抄訳です