新型コロナウイルスの感染拡大で、私たちの生活、国や企業のかたちは大きく変わろうとしている。これは同時に、これまで放置されてきた東京への一極集中、政治の不透明な意思決定、行政のペーパレス化や学校教育のIT活用の遅れなど、日本社会の様々な課題を浮き彫りにした。

連載企画「Withコロナで変わる国のかたちと新しい日常」の第11回は、コロナの時代を歴史からどう紐解くかだ。立命館アジア太平洋大学(以下APU)の出口治明学長が、Withからアフターコロナの日本と世界を語る。

人間はウイルスをコントロールできない

APU出口治明学長
APU出口治明学長
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――今回我々はコロナという未知のウイルスと遭遇したのですが、Withコロナという時代をどうご覧になっていますか?

出口氏:
コロナは自然現象です。ウイルスは数十億年地球に住んでいて、我々ホモサピエンスはほんの20万年しか住んでいないので、彼らの方が大先輩です。ウイルスとホモサピエンスが出会うのは、一定の確率で、しかもアトランダムに起こるので、パンデミックは必ず起こります。これは人間にはコントロールできません。

「ウイルスは数十億年地球に住んでいる」と出口氏
「ウイルスは数十億年地球に住んでいる」と出口氏

――コロナと向き合う中で、我々が直面している問題をどう考えていらっしゃいますか?

出口氏:
ウイルスは自分で動けないので、人と人との接触でしか移動できません。薬やワクチンがない現状では、全世界共通にステイホームしか対策がない。これが1番目の問題です。

2番目の問題は、医療従事者などのエッセンシャルワーカーはステイホームができない。だから彼らに対する感謝と支援を、どう社会全体でうまくマネージするかです。

3番目の問題は、ステイホームは必ず収入減をもたらし、しかもその収入減はパートやアルバイトに代表される社会的弱者に集中的に現れます。緊急の所得の再分配政策を、如何に上手に設計し分配するか。この3つの問題について、世界中の指導者や社会が試されているのです。

同調圧力は製造業の工場モデルが原因

――ステイホームで言えば、海外と日本の大きな違いは、海外は法的な強制力で外出禁止とし、日本は緊急事態宣言と言いつつも外出自粛要請と拘束力が無いことです。

出口氏:
法律に基づいて戒厳令のようなロックダウンをやる国もあれば、日本のように市民の自発性を尊重した要請でやる国もある。

でも結果を見たら日本はかなりうまくやっていて、ロックダウンをしていないのに週末の大都市の繁華街の人出は8~9割減でしょう。しかも感染者数も約1万6千人、死者の数も約700人で、全世界が約460万とか30万以上の死者が出ていることを考えれば、数字としては日本の感染対策はうまくいっているわけです。だから「この機会に強権的な法律をつくらなければ」とかいっている人は、「きちんとデータを見てください。どこにそんな必要があるのですか」と思いますね。

「外出自粛」で人出が激減した渋谷スクランブル交差点
「外出自粛」で人出が激減した渋谷スクランブル交差点

――日本がうまくいっている理由ですが、いわゆる清潔好きな国民性だからとか、同調圧力という相互監視的な社会だからなど様々な意見がありますが、どう思われますか?

出口氏:
日本のように、手を洗うことが大好きとか、お風呂に毎日入るとか、そういう習慣は諸外国ではあまり見られません。でもこれは国民性というよりも水が豊富で湿度が高いという気候風土の問題です。

同調圧力が強いのも、それが何故生まれたのかを考えなければいけないのですが、主因の1つは戦後の製造業の工場モデルです。皆がコンベアーに並んでいるので、「勝手なことをしたら仕事にならない、皆で決めたことは守りましょう」という教育を日本はやってきました。社会全体が製造業の工場モデルに過剰適応したので、人と違ったことをやってはいけないという社会的な常識が生まれ、それがコロナの時にたまたまプラスに働いたのですね。

「日本人の国民性」の議論は意味が無い

――自粛警察と言われる動きも出ていますが、これはどう思われますか?

出口氏:
例えばエッセンシャルワーカーである医療従事者の子どもを保育園が受け入れない、スーパーに物を運んできた東京ナンバーのトラック運転手が罵声を浴びせられる、あるいは一定の確率で感染するにも関わらず患者個人の名前を挙げるとか。こういう行き過ぎた点は、製造業の工場モデルに過剰適応した同調圧力のプラス面とマイナス面が同時に出ているということですよね。

――出口さんのお話を伺っていると、我々は「日本人の国民性」という言葉に、共通のイメージを持っていることが分かります。

出口氏:
僕は「国民性」という言葉が好きではありません。人間の意識や性格は社会構造や気候風土が規定するので、そういう条件を無視して「日本人は優れている」とか「日本人は悪い」とか、「日本人の国民性はこうだ」などという議論は、ほとんど意味のない議論だと思います。むしろ何でこうなったのかを考えなければいけません。

日本の社会は製造業の工場モデルに合わせて、強い同調圧力がかかるようになってしまったので、そのマイナス面として面従腹背も皆が上手になりましたね。

日本人は愛社精神も無く面従腹背?

――面従腹背も製造業の工場モデルが生んだと?

出口氏:
日本人は会社に対する忠誠心が高いといわれていますが、エデルマンのトラストバロメーター調査をみると、真逆で自分が所属している組織に対する信頼性が特に低いのが日本です。あるいは、よく日本人は正直だといわれていますが、これもエデルマンの調査データをみると、企業や社会のリーダーに何が大事なのかという問いに、欧米は「正直さ」が1番ですが、日本は5番目くらいです。だから客観的にデータを見れば、日本人は実は愛社精神も無ければ、正直者でもないという実像が出てくるわけです。

――皆が思っている「日本人の国民性」というのは、データベースで見ると全く違う物になりますね。

出口氏:
これは同調圧力できれいに説明できます。同調圧力が強いので会社では皆が面従腹背を余儀なくされているけれども、面従腹背を余儀なくされる会社のことは本音ではあまり好きではない。あるいは会社は適当にやっていればいいので、正直さを大事にしない。ですから、どういう社会構造がどういう人々の意識をつくるかということを考えないで、「日本人の国民性は正直だ」とか「会社への忠誠心が高い」とかいってしまうと議論が深まらないのです。

だから「日本人は」とか「国民性は」という議論は、僕は極力しないようにしています。全く学問的では無いし、全く意味が無いと思っているのです。つまり日本の気候風土や社会構造から生まれた日本人の意識の有り様が、今回のコロナウイルスではたまたまプラスに働いていることもあれば、マイナスに働いていることもあるということです。

他者を思いやる心が不足している日本人

――日本人の意識の有り様で、今回マイナスに働いたのはどんなところだと思いますか?

出口氏:
他者を思いやる心が、不足していると思います。例えばフランスでは3月17日にマクロン大統領がロックダウンを宣言したら、数十分後にはSNSで「自分たちのステイホームを可能にしているエッセンシャルワーカーに、夜の8時にベランダに出て皆で拍手しよう」という運動が起こるわけですよ。

夜の8時になるとベランダから拍手を送るフランスの親子
夜の8時になるとベランダから拍手を送るフランスの親子

日本では「ともかく決めたことは守りなさい」という教育をされ、社会でも皆と違っていることは極論ですが白眼視されます。だから表面的に合わせておけばいいんだという気持ちになって、他者を思いやる気持ちが乏しくなるのではないでしょうか。

――日本で生きるには、他者を思いやる気持ちがあまり必要無かったと。

出口氏:
グローバルな考え方は、「人間は顔が違うように皆考え方や感じ方が違うのが当たり前で、違うということを前提に、違うことを拒否するのでは無く違う考えの人も大事にする」ということです。日本は表面的には皆と同じ様にふるまうのがいいことですから、良い子でない子は全部悪い子になってしまいます。そういう子はとにかく排除しようとするわけです。そうすると相手を思いやることが出来ませんよね。

APUの学生寮では、1回生は外国人と日本人を2人で1室に入れています。相性が悪かったら大変です。でも学生は「世の中では自分の思い通りにならないことが、たくさんあるということを学べるからラッキーです」と話しています。

他者を思いやる気持ちというのは、ダイバーシティ=多様性をベースにしていますが、日本は、社会に自分を合わせなければ住みにくい風土を作ってきたわけです。しかし、室町時代の日本人はまったく違うので、これは戦後の製造業の工場モデルの中で生み出された特異なものだと考えなければいけません。

「飲みニケーション」おじさんは淘汰される

――アフターコロナの新しい日常について伺います。出口さんは社会や生活がどのように変わると思いますか?

出口氏:
それは短期と中長期の2つの時間軸で考えなければいけないと思いますが、まず短期的には、びっくりするほど元に戻ると思います。だって僕の周囲でも、「終わったらカラオケ行って歌おうぜ」と叫んでいる人がいっぱいいますからね。

でも中長期的には、大きく変わると思います。市民のITリテラシーはものすごく高まっていますからね。日本は先進国の中では一番ITリテラシーが低い社会でした。だってコロナの騒ぎの中ですら保健所が手書きでFAXしていたわけです。だから役所を含めてテレワークやオンライン会議、オンライン授業を行うようになって、市民のITリテラシーが高まったので、多分一番ダメージを受けるのは、ITリテラシーが低く「飲みニケーション」が大好きなおじさんとか(笑)。ともかく部下を集めて説教するのが大好きなおじさんは、淘汰されるでしょうね。いま飲み会はインターネットでたくさん行われているでしょう。でも上司と飲み会やりますか?

――やらないと思いますね(苦笑)。

出口氏:
友達とやっているわけでしょう。誰でもせっかく家でいるときに、上司の説教とか歌とかは聞きたくないわけです(笑)。ということは、付き合い残業とかおじさんが大好きな飲みニケーションは、中長期的には廃れていきます。

確かにステイホームによってDVや子どもの虐待が増えたとか、ダークサイドもあります。しかしほとんどの人は、子どもの宿題を見たり、家族とゆっくりご飯を食べる方が、いつも同じ上司の説教を聞きながらお酌するより、楽しいということがわかったはずですよ。

ニューノーマルはかなりいい社会になる

――アフターコロナは働き方や生活観が大きく変わるでしょうね。

出口氏:
しかも皆が、「リーダーが大事」ということもわかりましたよね。いまSNSで全世界の指導者が試されています。例えばクオモNY州知事とトランプ大統領を見ていたら、クオモの方がましじゃないかとか(笑)。あるいは日本の知事の中でも、「うちの首長よかったな」とか、「うちの首長は頼りないな」とか皆が話しているわけで、政治に対する関心が高まっていますね。韓国は総選挙で9%くらい投票率が上がっています。だからメディアがそういう大事な点を枝葉ではなく幹をきちんと報道すれば、社会のITリテラシーは上がり、投票率も上がり、政治に対する関心も深まり、ニューノーマルは、かなりいい社会になるのではないでしょうかね。

――では、後編はアフターコロナの国際社会、また9月入学について伺います。

【聞き手:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。