年間7万人以上が死亡し、アメリカを揺るがす社会問題となっている薬物中毒。特に合成麻薬フェンタニルが蔓延し、ペンシルベニア州フィラデルフィアにあるケンジントン地区はその中心地とも言われている。この地域で生活する人達は、現状をどのように受け止め、政府や自治体には何を求めているのか。

路上では大勢の人が“ゾンビ化”している
路上では大勢の人が“ゾンビ化”している
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取材の中では、フェンタニルにさらなる危険薬物を混入したモノが数多く出回っていて、それがすでに主流となっていることが判明するなど、様々な新事実も明らかになってきた。現地住民達の日常と切実な思いを聞いた。

「毒を排除して」フェンタニル中毒の娘を持つ母親の切実な思い

ケンジントン地区での取材中にまず出会ったのは、自身の娘がフェンタニル中毒だと明かしてくれた女性だ。この地域に住む不安を漏らした。

フェンタニル中毒の娘を持つ母親は治安に不安を漏らす
フェンタニル中毒の娘を持つ母親は治安に不安を漏らす

「犯罪者や麻薬常習者が多すぎる。治安は悪い。多くの家族やコミュニティが破壊されている」

彼女はこの日も娘を診療所に連れて行くと言う。娘は徐々に薬物中毒から回復しているというが、薬物の誘惑や銃、暴力犯罪が常に身近にあり、恐怖を感じているという。さらに、政府がなぜ違法薬物の流入を止めないのか疑問を呈した上で、早急な対策を訴えた。

ケンジントン地区では銃や暴力犯罪、薬物が常に身近にあるという
ケンジントン地区では銃や暴力犯罪、薬物が常に身近にあるという

「政府には、私たちの地域社会に毒(違法薬物)を持ち込むのをやめて、地域社会から毒を排除することを望む。そうすれば、子どもたちにもチャンスが生まれる」

「一度ここに来たら抜け出すことはできない」

ケンジントン地区の入口にあたる場所で、薬物依存者の支援施設や、商店を経営しているのは、自身も30年前には麻薬中毒だったというアリスさん(71)だ。取材をしたときには、男女合わせて6人がアリスさんの支援施設にいた

薬物中毒者の回復を支援するアリスさん(71)。自身も麻薬中毒だったという。
薬物中毒者の回復を支援するアリスさん(71)。自身も麻薬中毒だったという。

施設の部屋のドアには、薬物依存から抜け出せず亡くなった人の名前が記されてもいた。アリスさんは自身が薬物を絶った理由について「自分には失いたくない子どもたちがいた」と話してくれたが、今のフェンタニルのまん延はあまりにも酷い状況だと漏らす。

アリスさんの施設のドアには亡くなった大勢の人の名前が書かれていた
アリスさんの施設のドアには亡くなった大勢の人の名前が書かれていた

「一度ここに来たら離れることはできない。抜け出せない。フェンタニルの中毒者は動くこともできず、何もできない。凍りついたように動けなくなる。彼らは麻薬の売人の近くに常にいる」

アリスさんはまた、政府に対する強い不信感も話す。

「政府は仕事をしていない。彼らは薬物が入ってくるのを許している。麻薬は長い間存在してきた。今はもっと悪くなっている。」

薬物の取り締まりが不十分だと政府や警察に不満が高まる
薬物の取り締まりが不十分だと政府や警察に不満が高まる

一方、アリスさんは、フェンタニルだけでなく、「トランク」と呼ばれる、大型動物などに使われる鎮静剤をフェンタニルに混ぜた違法薬物がまん延していると警鐘を鳴らす。フェンタニルとトランクを混ぜた薬物が主流となっていて、危険をさらに増長しているというのだ。

「フェンタニルは非常に強力な鎮痛剤だ。病院では痛みの緩和などに使われている。しかし、それが鎮静剤のトランクと混ざると、さらに悪化する。人々を殺しているし、殺さなくても内側から人をむしばんでいる」

「人が死ぬほど違法薬物は売れる」

アリスさんの支援者の一人であるガードナーさんは、ケンジントン地区に2017年頃から住んでいる。違法薬物の売人達は、様々な薬物にフェンタニルを混入させて、依存度を高めることで、薬物中毒者を生み出していると指摘する。

ガードナーさんは顧客が死ぬほどの強い効果がある違法薬物が売れると嘆く
ガードナーさんは顧客が死ぬほどの強い効果がある違法薬物が売れると嘆く

「フェンタニルは非常に危険だ。あらゆるものに含まれている。マリファナにも混ぜられている」

事実、勉強に集中するための薬と渡された薬にフェンタニルが混ぜられて、子どもが死亡するケースや、安易に購入した薬物にフェンタニルが混入され、中毒に陥った事件などは枚挙にいとまが無い。違法薬物はSNSを通じて簡単に手に入るという。さらに、売人達は自分たちの顧客が死ぬことをいとわないとも説明し、むしろそれくらい強い効果の違法薬物が人気だと嘆く。

前屈みになって動かなくなっている女性
前屈みになって動かなくなっている女性

「究極の高揚感は、まさに生と死の狭間にある。麻薬ビジネスで大金を稼ぎたいのであれば、顧客を数人殺すことだ。摂取すれば間違いなく死ぬ。しかし、完璧なハイはまさに生と死の間にある」

ガードナーさんはさらに、政府が薬物中毒者に薬を処方していることにも疑問の声を挙げる。薬物中毒者がその処方された薬を転売し、その金を元に違法薬物を購入しているというのだ。

「死体がどんどん生まれている」

取材を終えて帰ろうかという時に、1人の黒人男性と知り合った。彼も薬物依存からの回復の途上にあるという。フェンタニルによって薬物中毒に陥る若者が増えている現状を教えてくれた。

自身も薬部依存から回復中だという男性に出会った
自身も薬部依存から回復中だという男性に出会った

「私も、注射針を腕に刺していた一人だ。しかし、7年前にここに来たとき、フェンタニルやヘロインは軽い気持ちで手を出せるようなものではなかった。今は死体がどんどん生まれている。もう何年もこの状態が続いている。16歳や17歳の若者がここに来て、薬物に染まっている。素晴らしい家庭に育ち、暮らしていたとしても、一度ここに来たら二度と故郷には戻れない。そして、彼らは愛する人を失い、その人を探し、傷つき、苦しむ」

フェンタニに手を出せば家族や大切な人を失う
フェンタニに手を出せば家族や大切な人を失う

彼は最後に政府に早急な対策を求めた。

「この国では違法なフェンタニルは作られていない。しかし、この国にどんどん入ってきていて、それを止めることができない。他の麻薬と同じだ。解決策が必要だ」

トランプ氏は約束通りに違法薬物の流入を阻止できるか
トランプ氏は約束通りに違法薬物の流入を阻止できるか

バイデン政権も国境を不法に越えて持ち込まれるフェンタニルの対策に注力し、死者は減少傾向にあるという。しかし、劇的な改善にはまだほど遠いのが現状だ。トランプ氏は強硬な対策で撲滅に意欲を示すが、第一次政権時代には「何も対応できなかった」と、期待外れに終わることへの懸念の声も挙がる。

トランプ氏は約束通りにアメリカに入る違法薬物を阻止できるのか。新政権は早々に大きな課題に直面することになる。
(FNNワシントン支局 中西孝介)

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中西孝介
中西孝介

FNNワシントン特派員
1984年静岡県生まれ。2010年から政治部で首相官邸、自民党、公明党などを担当。
清和政策研究会(安倍派)の担当を長く務め、FNN選挙本部事務局も担当。2016年~19年に与党担当キャップ。
政治取材は10年以上。東日本大震災の現地取材も行う。
2019年から「Live News days」「イット!」プログラムディレクター。「Live選挙サンデー2022」のプログラムディレクター。
2021年から現職。2024年米国大統領選挙、日米外交、米中対立、移民・治安問題を取材。安全保障問題として未確認飛行物体(UFO)に関連した取材も行っている。