「最初に入りますのは讃岐の名産八房(やつふさ)、不思議にも一つの幹から八つの房が出るから八房、続いては紀州有田の特産品でありますお蜜柑の皮を粉末にしたもの、陳皮と言います……」
お祭りの名物屋台のなかでも、ひときわ輝きを放つ存在、それが七味唐辛子。はじめてその屋台を見たときは衝撃を受けました。
ボウルを回転させながら鮮やかに七種の材料をブレンドしてゆく手さばき、そしてつらつらと淀みなく述べられる売り口上。「職人技だ! カッコいい……!」と興奮したものです。
しかし2020年。新型コロナウイルス感染症の蔓延によって、イベントは軒並み中止に。お祭りも大多数が中止になったり、屋台の出店が取りやめになるなど、規模の縮小を余儀なくされました。
そこで今回は、SNSで出会った「七色蕃椒堂」の店主・香川仁志さんに、なんとも奥深い七味唐辛子の魅力と、異色のキャリアについてお話をうかがいました。
※インタビューは2021年2月にオンラインで実施、撮影は後日行いました。
七色蕃椒堂は「斜に構えた」七味唐辛子屋
──七色蕃椒堂さんはいったいどんなお店なんですか?
香川さん(以下、敬称略):はい。七味唐辛子のネット通販と飲食店への卸売、そして店舗での実演販売をしています。店舗は埼玉の北越谷と川越にあるんですが、どちらもご縁のあった方のお店の敷地をお借りした、仮設店舗という形で営業させていただいています(土、日、祝日限定)。
──お祭りの屋台みたいな感じですね。……ということは、お祭りには出店していないんですか?
香川:お祭りには「別のお店のお手伝い」という形で参加しています。
やっぱり、七味唐辛子屋といえば屋台のイメージがありますよね。そういう意味では、通販を主体にしている「七色蕃椒堂」っていうのは、ちょっと斜に構えてるっていうか正面切った商売をしていないところがありますよね。
▲北越谷で営業中の七色蕃椒堂
──なるほど……YouTubeチャンネルでは香川さんの売り口上も聞くことができますが、店舗ではやっぱり口上をされているんですか?
香川:もちろんです。ただ、売り口上ってもともと客寄せの面もあるので、100人お客さんが来たら100回あの口上を述べてるかっていうと、そういうわけじゃなくて……時々差し込みながらお客さんを集める感じですね。
もちろん、「YouTubeを見てるからやってくれますか」とか「動画撮っていいですか」って聞かれたら、喜んでお披露目しますよ!
▲香川さんの口上はこちらからどうぞ!(動画は、定期的にお手伝いしているという「七色香本舗」での販売風景)
──YouTubeでも評判の口上が直接聞けるのはうれしいですね。ところで、川越は古い街並みが残る観光地なので「七味唐辛子屋」があるイメージが湧くんですけど、北越谷にお店があるのはなぜですか?
▲北越谷店では、お好み焼き屋さんの脇にテントを立て、土日祝日を中心に営業している
香川:元々私たちは北越谷で七味唐辛子の調合をしていたので、どうせなら工場の近くで販売しようということで、特段意図はないんですよ。
観光地ではないですが、目の前にホームセンターがあるので、そのお客さんが買い物ついでにお買い上げくださいますね。
川越は有名な観光地なので、特に若い方々に七味唐辛子の魅力を知っていただききたく、お店を出すことにしました。もっとも両店ともに、七味唐辛子をお買い求めにわざわざ遠方から訪ねてくださるお客さんもいらして、うれしい限りです。
商品は100%オーダーメイド
※店頭価格は2021年2月時点のものです。最新情報は店頭にてご確認ください
──こちらのお店では、お客さんの好みに合わせて調合してくれるんですよね。例えば、どんなリクエストがあるのでしょう?
香川:例えば「大辛」って商品に対して、「私はゆず入りで、青のり多めが欲しいです」ってリクエストをいただきます。
──お客さんごとに、ある程度好みの調合が決まっている……ということでしょうか?
香川:それが、意外とそういうことはないんですよ。みなさん、「いろんな調合を試してみたい」という気持ちなのでしょうか、リピートしてくださるお客さんは前回と違うご注文をされる方が多いですね。
いずれ決まった味に落ち着くのかもしれませんが、「マイ・ベスト七味」への探求心というか、好みを調整していく楽しさがあるのも魅力だと思っています。
▲左から、「焼き唐辛子」「麻の実」「白ごま」「山椒」「青のり」「陳皮(みかんの皮)」「唐辛子」。これが七色蕃椒堂の七味唐辛子の材料
──なるほど、買い重ねながら好みの味にチューニングしていく感じですね。こうしたお客さん一人ひとりに寄り添う販売スタイルは、長年続ける中で培ってきたのですか?
香川:いえ、それが全然違っていて。実は私、元エンジニアだったんです。
エンジニアが七味唐辛子屋になった理由
──えっ!? エンジニアをされていたんですか?
香川:はい、大学を卒業して、電機メーカー勤務でした。半導体エンジニアを10年、技術営業を10年……最終職位はグローバルの営業部長まで務めました。そこからスタートアップの日本法人の事業部長をやって……。
──バリバリのサラリーマンだったんですね! それまでのキャリアを捨てて七味唐辛子屋をやろうと思ったのは、どういうきっかけですか?
香川:自分の中で仕事に対する葛藤もあって、会社を辞めて違うことをやろうかなと。浪人みたいな感じですね。
とは言っても現金収入がないと生きていけません。そこで縁があって出会ったのが、七味唐辛子屋だった。
──今も屋台でお手伝いしている「七色香本舗」さんですね。
香川:そうです。私は元々関西出身なんですが、「七味唐辛子を売ってるお店」はたくさんあるんですけど、目の前で口上を述べながら商品を作って、販売するというスタイルって関西には多分広まってなくて。
──確かに、わたしも関西出身ですが見たことがありませんね……。
香川:東京に来て、屋台の手伝いをするようになって。だんだんそれが面白くなってきたんです。「みかんの皮は何で陳皮っていうの?」とか、エンジニアや営業をずっとやってきた癖で「何でこうなの?」って考えちゃうんですよね。
例えば口上一つをとっても、人によって内容が違うんです。私の場合は、七味唐辛子ってのは元々「食べる漢方」なんで、産地とかよりも効能の話を折り込んでアピールしています。
「麻の実」なんて言われるとイメージがないでしょうけど、「ヘンプシード」ならなんとなくご存知でしょう? 栄養素がバランスよく含まれていることで注目されている食材ですから。
──口上はどういった部分にひかれたんですか?
香川:文化的な価値をなんとなく感じたんですよね。この七味唐辛子というもの自体は、江戸時代の1625年(寛永2年)に生まれたんですけど……うちのロゴは1800年代、江戸時代の後期に物売りが唐辛子を売ってる絵(『近世商賈尽狂歌合/豊芥子』より)を使っているんです。
ほら、その場で七味唐辛子を調合していますよね。
(画像提供:七色蕃椒堂)
香川:しかも文献を見ると、どうやらあの時代から口上を言っているそうなんです。つまり、販売スタイルが200年ぐらい前からほとんど変わっていない。
▲材料をかきまぜて、七味唐辛子を作る。「七色(なないろ)」とも言うそうだ
──「日本の伝統文化を繋げていきたい」という思いがあるのでしょうね……。
香川:そうですね、私ももういい年なんですけど、次の世代とか、そのまた次の世代に七味唐辛子を売ってる人は残るのかな? とか考えるんです。
幸いにもお手伝いしているお店がYouTubeで話題になったので、動画で記録は残ると思うんですが、それだけでなく七味唐辛子の風味ですとか、そういうのも残ればすごいうれしいですし。せっかくなら自分でもやりたいなというのがきっかけですね。
──なるほど。ちなみに、口上の内容はお手伝いをする中で教えてもらうんですか?
香川:いやいや、あんなの台本ないですからね。人のやってるのを盗んで聞くだけなんで。そこから自分で足して引いてアレンジして。今だったら動画見て、テキストに落とし込んで、調べて推敲して……。まぁ最終的には、そうやってみんな独自の口上になっていくんでしょうね。
看板商品は「ぶどう山椒」入り七味
──では、そんな香川さんにとって「七味唐辛子」とはどういうものなんでしょうか。
香川:おそらく、世のなかの9割以上の人が七味唐辛子に対して抱く印象は「辛い」だと思うんです。激辛ブームなんで、唐辛子を使ったいろんな辛いものが出ていますし。
──はい。正直なところ、わたしもそういう印象でした。
香川:でも、私が七味唐辛子にひかれたもうひとつの理由は「風味」なんです。
風味を楽しんでいただくってのが、江戸時代から続く七味唐辛子っていう伝統的な調味料の本来の役割だと、僕は解釈しています。だからもっと、欧米のハーブに近い存在であるべきなんだろうなと思っています。
うちの商品で言うと、「中辛」っていうのは、実のところ唐辛子は約4割しか入っていないんですよ。「大辛」だとだいたい6割ぐらい、「激辛」になると7~8割。
──唐辛子が10割になると一味ですよね。
香川:そういうことです。だから、本当の七味唐辛子って意外とそんなに辛くないんです。
▲中辛(左)と小辛(右)。唐辛子の量が違うため、色がまったく違う
──なるほど……! では七味初心者に向けて、オーダーメイド調合のコツはありますか?
香川:一番わかりやすいのは、当たり前だけど辛さですよね。あとは青のりの磯の香りや、ジャリっとした麻の実の食感は好き嫌いが出るので、好みで増減させる方もいます。でも、やっぱり一番個性が出るのは山椒です。山椒のありなしで全然味が変わりますから。
──ほう、七味唐辛子の風味のキモは山椒なんですね!
香川:山椒のイメージって、やっぱりうなぎなんですよね。単体でかけすぎちゃって「ビリビリするやつ」ってイメージがついて、苦手意識を持ってしまう人もいますが、山椒のさわやかで鼻に抜けるような風味は、他の素材にはないものです。
で、山椒が苦手な人には、その代わりににんにくや柚子をバリエーションとして入れています。
▲山椒の代わりに入るにんにくや柚子/唐辛子はハバネロやブートジョロキアまで!
──では、この「ぶどう山椒(写真中央)」とはどういったものなんでしょうか?
香川:これはうちの看板素材です。七味唐辛子のお店は日本全国、数多くあると思うんですが、ぶどう山椒入りの七味を扱っているものはそうそうないですね。和歌山県・有田川町の限られた地域でしか採れない山椒なんですよ。
──そんな貴重な山椒があるんですね!
香川:もう風味が全然違います。記事だと匂いを嗅いでいただけないので残念でしかないんですけど(笑)。
店舗にお買い求めにいらっしゃるお客さんで「山椒が好き」って方には、普通の山椒とぶどう山椒の香りを比べてもらうんです。すると、だいたい9割ぐらいの方がぶどう山椒をお買い上げになります。
価格は倍くらい違ってインパクトがあるんだけど、やっぱり好きな方・価値を感じていただける方はこれをお求めになられますね。
▲広げた瞬間に立ちのぼる香り。記事でお届けできないのが本当に残念!
──香川さんは、どうやってこのぶどう山椒に出会ったんですか?
香川:お店を始めて数年たったある日、有楽町に行った際に、たまたま和歌山県のアンテナショップを見つけまして。
なんの気なしに覗いたら、ビンに入ったやたらと高い山椒があるな、と。気になって試しに買ってみて、家で開けてみたらすごい香りがするわけですよ。今までの山椒と違って、とっても爽やかでフルーティーで。
──衝撃的な出会いだったんですね!
香川:これをうちの七味に入れてみたらどうなるだろうと。試してみたところ、そのままの山椒の比率ではだめで、代わりにあちらを多くしてこちらを減らして……試行錯誤の末、理想の七味唐辛子が完成したんです。
ただ、問題は仕入れルートでした。そのビンを毎回買ってたら、1袋5,000円ぐらいにしないと割が合わない(笑)。そこで、和歌山県のJA(農業協同組合)さんに電話で交渉したら、ありがたいことに直接仕入れることができるようになって。
──七色蕃椒堂の看板商品は、ご縁に恵まれて生まれたんですね。
香川:そうです。JAの職員さんにもよくしてもらったし、これもすべてご縁ですね。ありがたいことです。
辛くない七味はできる?
──ここまで話しておいて何なんですが、実はわたしは辛いのが苦手でして……。唐辛子抜きの七味って作っていただけたりしませんか?
香川:ああ、「風味調合」ですね。できますよ。私はあまり好きな言い方ではないけど、ネット上ではよく「ゼロ辛」なんて言われてますね。
──怒られるかなと思って内心ドキドキしてたんですが、できるんですね! ほっとしました。
香川:わざと唐辛子を入れない、本来あるべき風味を味わっていただく調合です。辛さが邪魔しないから、いろんな料理に使いやすい。辛さが苦手な方にも、七味唐辛子の持つ風味を楽しんでいただけるんですよ。
▲唐辛子を入れない七味。これが「風味調合」
──それはどんな料理に合うんですか?
香川:なんでもいいんです。たとえばちょっとお高い料亭なんか行くと、煮物やお吸い物の上に「木の芽」ってのが乗っかってますよね。あれは山椒の葉っぱなんです(編注:地域によってはアケビの若芽を指す)。だからご家庭でも、おひたしとか煮物にひと振りするといった使い方ができる。
他にも、ちょっと匂いのきついものとか、生臭いものなんかにもパラッとかければ本当においしいです。脂がのった寒ブリにぶどう山椒の風味調合をかけて、塩で食べてごらんなさい。めちゃくちゃうまいですから。
──ゴクリ……。聞いただけで食欲が増しますね……!
▲実際に家でも試してみましたが、山椒や青のりの風味が生臭さを打ち消し、さらに塩がブリのねっとりとした食感を生かしてくれ、とてもおいしかったです
香川:鯛しゃぶとかも紅葉おろしでいただきますが、辛いのが苦手でしたら大根おろしに風味調合をかければいいわけです。いつものポン酢にぶどう山椒の風味を加えるだけで、もうそこは高級料亭のようになりますね。
──家庭の味が高級料亭に……!
香川:辛いのが苦手な人は、無理して唐辛子を入れなくてもいいんです。食事って本来楽しく食べるもんだと思ってますから。
私たちは「かけるだけで食生活が豊かになるもの」を作りたいんですよ。七味唐辛子は素材の味を引き立てるプラスアルファであってほしい。食生活が豊かになるってことは、食卓での会話も弾むだろうし。
▲サラダもおすすめされたので、肉しゃぶサラダにかけてみました。鼻に抜ける香りや、ピリッとした山椒の刺激が食欲をそそります。いくらでも食べられちゃう!
香川:辛いのが苦手な人以外にも、例えば柚子がお好きな方に「柚子入りの激辛を下さい」って言われたら「大辛ぐらいに抑えて柚子の風味を楽しまないともったいないですよ」って勧めますね。
究極の柚子好きな人には、柚子と一味だけのブレンドとかね。
──七味ならぬ、二味唐辛子ですね。
香川:ははは、二味とは言わないかな。「柚子一味」って言いますね。別に無理に七味にすることはなくて、やっぱお客さんのお好みをうかがって、おいしく食べていただけるのがうれしいのでね。
ぜひとも、いろんな調合で好みに合わせた七味唐辛子を食べてもらえたらと思いますよ。
……そうそう、この商売を始めるにあたって、当店の経営理念というのも一応考えてまして。
江戸時代より続く伝統の薬味、調味料である七味唐辛子を通して、香りや風味を楽しむ幸福感のある食生活を育み、日本の伝統文化を敬愛する豊かな社会の実現に貢献する
もちろん商売繁盛も目指してますが、伝統的な調味料がもっともっとみなさまにとって身近なものになるよう、微力ながら努力して参りたいと思っています。
──今後のご活躍も楽しみにしてます!
お店情報
七色蕃椒堂 北越谷店
住所:埼玉県越谷市花田1丁目34-2 「お好み焼きけい」敷地内
電話:080-8116-8268
営業時間:10:00~19:00(土・日・祝のみの営業)
七色蕃椒堂 川越・小江戸店
住所:埼玉県川越市連雀町7−2 「炭火 鳥もと」敷地内
電話:03-6662-6673
営業時間:11:00~18:00(土・日・祝のみの営業)