米国ユタ州でアイラ・レヴィン戯曲の演劇『デストラップ』(Deathtrap)の上演を見た女性が、男性同士のキスシーンがあることに激怒し、「注意書きをつけるべき」「払い戻せ」と劇団に抗議しました。それに対して劇団の代表取締役が発表した回答が完璧だと話題になっています。
詳細は以下。
Theater Director Responds Perfectly to Anti-Gay Patron | The Bilerico Project
『デストラップ』は、1982年に映画化もされた(邦題は『デストラップ~死の罠~』)人気ミステリー劇です。以下、Amazonから映画版のあらすじを引用してみます。
追いつめられた劇作家が書いた、名声のための完全犯罪ストーリー。
ブロードウェイの劇作家シドニー・ブリュールは悩んでいた。かつてはスリラー劇の第一人者として活躍したが、近頃はスランプ状態。その上最新作ミステリーで酷評をかい、作家としての危機を迎えていた。このまま慰みで書き続けるか、それとも心臓病を抱える金持ちの妻に養ってもらうのか…。そんな折、郵便で一冊の台本が届けられる。昔の教え子が初めて書き上げたミステリー劇を送ってきたのだ。それは素晴らしい出来ばえだった。何よりヒット作が欲しかったシドニーの脳裏に、ある残酷なストーリーが書き上げられる…。
これも映画版ですが、くだんのキスシーンはこちらです。
Gay kiss from: Deathtrap (1982) - YouTube
ちなみに舞台版でも、キスの場面はほんの3~4秒だとのこと。
そういう場面があると知らなかった、しかもゲイ嫌いのとある女性が、ティーンエイジャーの息子を連れてこのお芝居を観に行ったものだから、さあ大変。上演した劇団『パイオニア・シアター・カンパニー』(Pioneer Theatre Company)に、怒りに満ちた手紙が届けられることとなりました。以下、この劇団がFacebookに転載した文面より引用します。
わたしは通常冷静で、温厚で、動転したりはしない人間ですが、昨晩の『デストラップ』の第1幕末に演じられた露骨な同性愛表現には激怒いたしました。無害な劇のように思えたため、10代の息子を連れて行っていたからです。わたしはあなたがたの提供するコンテンツ・アドヴァイザリー(訳注:未成年に適さない内容があるときにつける注意書きのこと)に基づいて、10代の息子を連れて行く判断をしたのです。これまでわたしはコンテンツ・アドヴァイザリーをありがたく思い、子供を連れて行くかどうか判断する基準として信頼していました。残念ながら、あなたがたは「きわどい」要素を提供することで贔屓客の中の取るに足りない少数派にアピールせねばならないと考えているのだということがはっきりわかりました。
I am normally calm, mild-mannered, and don’t get upset, but last night, at the close of the first act of Deathtrap, I was infuriated with the explicit, homosexual display on stage because I had brought my teenage son to see the seemingly innocuous play. I based my decision to take my teenage son upon the content advisory you provided. In the past, I have appreciated the content advisories, and I have relied upon them to make attendance decisions. I realize that, unfortunately, you feel you must appeal to an insignificant minority of patrons by offering “edgy” material.
冒頭の自画自賛っぷりといい、同じ単語を何度も繰り返す文体といい、ゲイ・コンテンツを好む層を「取るに足りない少数派」と侮蔑的に形容するところといい、ある種の人物像がありありと浮かび上がってきますねえ。この女性は幕間にチケット売り場で「上司を出せ」と要求したもののかなわず、注意書きがなかった理由をスタッフに問いただしたのだそうです。
なぜあの内容に注意書きがなかったのかと聞くと、「筋が台無しになるから」と言われました。筋が台無しにですって? あなたがたはわたしの晩を台無しにし、あなたがたへの信頼を台無しにし、息子からわたしへの、見る価値のある娯楽を見つけてくれるという信頼を台無しにしたのですよ。
あなたがたが単純に「同性愛の内容が含まれます」と書くことができなかったことにはぞっとさせられます。こんなにムカムカして激怒したのは初めてです!
When I inquired as to why that content was left out of the advisory I was told that it would “ruin the plot.” Ruin the plot?! You ruined my evening, ruined my trust in you, and you ruined the trust my son has in me to find worthwhile entertainment for him. I feel sick about tonight.
I am appalled that you could not have simply stated: homosexual content. I have NEVER been so disgusted and infuriated!
手紙の最後でこの女性は、『デストラップ』のチケット代と残りのシーズンチケットの代金を払い戻してほしい、今後は「不快な」内容にはすべて注意書きをつけてほしいと述べています。
さて、これに対して、『パイオニア・シアター・カンパニー』のクリス・リノ代表取締役はFacebook上で以下のように返事を書いています。
キスには反対するのに、彼らが人殺しだという事実には反対しないのですか? 息子さんが殺人の芝居を目撃するのはよくて、同性同士のキスはだめなのですか? 殺人もキスも芝居ではただのつくりごとですが、まるきり無害な描写――たとえ同性同士のキスだとしてもです――がまったく容認できない一方で、『デストラップ』のような現代物の殺人ミステリーであろうと、『マクベス』のような不朽の悲劇であろうと、殺人を描く演劇が道徳的に容認できる理由は何ですか?
You object to the kissing, but not to the fact that they’re murderers? You are comfortable with your son witnessing an enacted murder, but not a same sex kiss? In both cases, it’s just make-believe, but how is a play that depicts murder, whether it’s a contemporary murder-mystery like Deathtrap or an immortal tragedy like Macbeth, morally acceptable while the depiction of a fairly innocuous, albeit same-sex kiss, is totally unacceptable?
だよねえ。子供のためと言うのなら、キスに目くじらをたてる一方で殺人にはおとがめなしというのは筋が通りません。「子供が人殺しになってもかまわないが同性愛者になったら困る」とか、「子供が世の中には殺人事件があると知るのはかまわないが、同性愛の存在に気づかれては困る」とか、そういうこと? それはもう道徳の問題じゃなくて、同性愛嫌悪の問題なのでは。
なお、リノ代表取締役はこの女性へのチケット払い戻しに応じるそうですが、注意書きのポリシーは変えない模様。注意書きと言えば、この1件を報じた米ハフィントン・ポストのコメント欄に、秀逸な意見がありました。(強調は引用者によります)
ユタ州の女性と、ブライアン・ユーリ(訳注:この女性の意見に同意している、ユタ州のメディア監視グループの人)へ。「注意:世界は――同性愛を含みます」。
For the Utah woman and Brian Urie. Advisory: The World - Contains homosexuality.
そうそう、もうこの注意書きだけでいいじゃないですか。これが世界の真実なんだから。