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きょうの日経サイエンス

2024年10月9日

2024年ノーベル物理学賞:物理学からAIの基礎を築いた2氏に

2024年のノーベル物理学賞は,「人工ニューラルネットワークによる機械学習を可能にする基礎的発見と発明」の功績で,米プリンストン大学のホップフィールド(John Hopfield)名誉教授とカナダのトロント大学のヒントン(Geoffrey Hinton)名誉教授に授与される。

ある技術が社会で広く使われ生活や産業を大きく変えたとき,その原点に立ち戻り,最初の一歩となった成果にノーベル賞が授与されることはしばしばある。今回の授賞がまさにその例だ。物理学賞を受賞した2人は1980年代に,今,最も注目が集まっている人工知能(AI)の根幹である人工ニューラルネットワークの基礎を築いた。

ヒントになったのは,磁性の振る舞いを語るのに使われている物理学のモデルだ。磁性体はしばしば,互いに影響を及ぼし合う電子のスピン(自転の向きに相当する)が縦横に並んだモデルで記述される。各スピンはお互いの距離と相互作用を測りながら,全体のエネルギーが最も小さくなる方向を向く。

理論物理者のホップフィールドは1982年,このスピンの向きを白と黒で表し,その配列のパターンをスピン同士の相互作用の強さによって記録する「ホップフィールド・ネットワーク」を考案した。数学的な操作によって,複数のパターンを一度にモデルに記憶させることができる。

今,記憶したパターンが部分的には入っているもののノイズだらけで,全体がわからないパターンがあるとする。これをホップフィールド・ネットワークに入力し,全体のエネルギーを下げていく数学的な操作を行うと,スピンが徐々に回転し,先に記憶させたパターンのうち一番近いものに収れんしていく。

ホップフィールド・ネットワークは,断片的な記憶から全体を再現する「連想記憶」をコンピュータで実現することを可能にした。連想記憶とは,例えば人の名前を思い出すとき「えーと,はし,はしだ……はしもと……あ,はぎもとさん!」などと記憶を呼び起こす方法だ。

その後,ホップフィールド・ネットワークは連想記憶だけでなく,複数の都市を巡る最短ルートを求める「セールスマン巡回問題」など,様々な組み合わせがある中で最適な方法を選び取る最適化問題に応用できることがわかり,盛んに研究された。





記憶したパターンを想起するだけでなく,大量のパターンからその特徴を学習するという新たな情報処理を可能にしたのがヒントンである。ヒントンは1985年,「ボルツマン・マシン」という新たなモデルを開発した。使った物理モデルはやはりスピン系だ。

ボルツマンは19世紀の物理学者で,系があるエネルギーにあるとき,スピンがどんな確率でどの方向を向くかを示す「ボルツマン分布」を提唱した。ヒントンのボルツマン・マシンは,入力した多数のパターンを学習し,スピンの向きの持っている傾向を学びとる。それによって,学習していないパターンでも生成できるようになる。現在の生成AIの原型だ。

2000年代に入るとボルツマン・マシンは次第に多層化されていき,最初の層で学習したことを次の層に受け渡してさらに学習するようになった。多層のボルツマン・マシンは,新たに未知のパターンを入力すると,学習したパターンのどれに近いかを高い精度で判断できる。ヒントンはこの仕組みを「深層学習」と名付けた。これをきっかけに,人工知能の爆発的な進展が始まった。

一方ホップフィールド・ネットワークは記憶できる情報量が少なかったため,学術的には注目されたものの実用的な応用は広がらず,次第に忘れられていった。だが近年,記憶できる情報量を格段に増やしたモダン・ホップフィールド・ネットワークが登場し,再び脚光を浴びた。特にChatGPTなどに使われる深層学習のモデルであるトランスフォーマーと似た性能を備えていることがわかってきたことから,研究が盛り上がっている。

現在のAIは,ホップフィールドやヒントンが作ったマシンとは比較にならないほど巨大化し,はるかに複雑なタスクを実行している。だが「基礎科学としての土台は1980年代に築かれたと言える。それをもとに,応用を目指すエンジニアリングが発展し,現在の姿がある」と立教大学の瀧雅人准教授は話している。

(編集部 古田 彩)

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