粘菌が描くコズミックウェブ〜日経サイエンス2025年1月号より
宇宙の見えない形の地図化に粘菌モデルが役立つ
重力は数十億年をかけて宇宙の物質を引き寄せ,コズミックウェブとして知られるフィラメントやテンドリル(巻きひげ状の構造),ボイドからなるクモの巣構造を作り上げてきた。銀河は糸に通したビーズのようにフィラメントに沿って点在しており,ニューメキシコ州立大学の天文学者ハサン(Farhanul Hasan)らはフィラメントが作り出す環境が銀河の進化にどのように影響するかを知りたいと思った。「その環境を銀河生態系と呼びたい」とハサンはいう。
そのためには,コズミックウェブを長期にわたって正確に地図化する必要があった。だが,コズミックウェブはガスや銀河,暗黒物質の混合物で構成されているため,この作業は困難だ。銀河の星は容易に見えるが,残りはそうではないからだ。
ハサンらは宇宙のコンピューターシミュレーションで点どうしをつなげるために特別な“共同研究者”を迎え入れた。粘菌だ。この単細胞生物は周囲を探索することにかけてはエキスパートだ。その膜は同期した波となってあらゆる方向に押し出される。食料源を見つけると近くの膜が緩むため,その後の“押し”によってより多くの細胞内物質をその領域に送ることができる。
科学者は粘菌の優れた探索能力を利用して迷路や論理パズルを解いたり,輸送システムを再構築したり,効率的なコンピューターアルゴリズムを着想したりしてきた。「粘菌が実に素晴らしい地図作製アルゴリズムなのは,人間が最初に決めた一方向にとらわれることなく,すべての方向を同時に探索する能力があるからだ」とニュージャージー工科大学の粘菌専門家ガルニエ(Simon Garnier)はいう。
銀河を“餌”に
ハサンらのチームは粘菌ベースのアルゴリズムに“餌”として銀河の位置を与え,様々な時点のシミュレーションされた宇宙につながりを描かせた。この粘菌アルゴリズムはこれまでに試みられたどのアルゴリズムよりも鮮やかなフィラメント構造を描き出した。小さな特徴にも敏感に反応し,暗黒物質をより容易に探し出すことができたのだ。研究チームは,当初は銀河の近くにどんな太さのフィラメントがあってもなくても銀河に影響しないようだが,宇宙が成熟するにつれて状況が変わることを発見した。クモの巣に引き寄せられた物質が近傍の銀河での星形成を邪魔するようになるのだ。(続く)
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