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電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第575回

SiCの投資計画を改めて俯瞰する


成長予測は鈍化しても投資競争は継続

2024/10/25

 自動車用半導体の需要低迷やEV市場の成長予測鈍化に伴い、パワー半導体メーカーの投資計画にも若干の調整が入っている。とはいえ、パワー半導体各社は「不確定要素は強まったものの、自動車向けにパワー半導体の需要が伸びていくトレンド自体は変わらない」として、当初の計画を維持し、逆に加速するケースもみられる。そこで今回、SiC(シリコンカーバイド)を中心に、パワー半導体各社の計画を改めて俯瞰してみた。

インフィニオンはクリム新工場を稼働

 最大手の独インフィニオンは、2030年あたりまでに世界の自動車販売台数の約4割がBEVになると見通していた予測に関して、不確定要素が少し強まったとみているものの、24年時点の車両1台あたりの半導体搭載金額は、内燃機関車(ICE)750ドルに対してBEVは1300ドル、30年にBEVは2000ドルまで拡大すると見通しており、自動車用半導体市場の長期的な成長シナリオ自体は維持している。

 8月には、マレーシアのクリム工場内に建設していた第3工場「モジュール3」のフェーズ1を予定どおりに稼働させた。投資額は約20億ユーロで、SiCパワー半導体とGaNエピタキシーを生産する。さらに、第2フェーズには今後5年間で最大50億ユーロの投資を計画しており、8インチのSiCパワー半導体の新工場を整備して27年夏に生産を開始する予定で、当初からの投資計画を維持している。

インフィニオンのクリム第3工場
インフィニオンのクリム第3工場
 自動車用SiCパワー半導体に関しては、24年4~6月期に米EV企業と独ティア1から新たな設計を受注するなど堅調で、設計受注の総額は10億ユーロを超えているという。また、GaNパワー半導体に関しては、カナダのGaN Systemsを8.3億ドルで買収し、先ごろ300mmのGaN on Silicon技術の開発にも成功した。

オンセミはチェコに追加投資

 米オンセミは、現状でEVのわずか6%にしかSiCパワー半導体が搭載されていないという調査結果と、今後3~5年で収益化が見込まれる設計受注のボトムアップ評価から、24年はSiCパワー半導体(産業用も含む)の収益として市場成長率の2倍を達成できるとみている。ここでいう市場成長率に関して、2月の決算会見にて、従来の30~40%から20~30%へ緩やかになるとコメントしていることから、40~60%増を想定しているとみられる。ちなみに、同社の23年のSiCパワー半導体の売上高は8億ドル強。目標にしていた10億ドルには届かなかったが、22年比で4倍に拡大した。

 生産面に関しては、21年に米GTATを買収し、ニューハンプシャー州ハドソンの工場でSiCブール(結晶の塊)の生産能力を従来比約5倍に増強。22年には、チェコのロズノフ工場を増強し、SiCのポリッシュド&エピタキシャルウエハーの製造機能を追加した。なお、チェコについては24年6月にも20億ドルの追加投資計画を発表し、現時点で10億個以上のパワーデバイスを含む年間300万枚以上のウエハーを生産できる体制をさらに拡張する考えだ。

 また、デバイスの製造に関しては、23年秋に韓国・富川工場の拡張を完了し、6インチに加えて8インチでも生産できるようにした。フル稼働時の生産能力は8インチ換算で年間100万枚強。8インチでは現在、ウエハーからデバイス、工場までの認定取得を進めており、当初の計画どおり25年には収益に貢献してくる見通しという。

STマイクロはカターニャで8インチ投資

 スイスのSTマイクロエレクトロニクスは、SiCのフラッグシップ製品(6インチ品)を伊カターニャ工場とシンガポールのアン・モ・キョ工場で量産しており、3カ所目の製造施設として、中国の三安光電との合弁事業で中国・重慶市に8インチSiCウエハーを用いたパワー半導体工場を建設している。SiCウエハーの製造はモロッコのブスクラ工場と中国・深セン工場、SiCウエハーの研究開発はスウェーデンのノルショーピン工場やカターニャ工場が担っている。

 ちなみに、SiCの前工程能力を17年の10倍に増やし、24年までに必要なウエハーの40%超を自社製造する方針を打ち出していた。これに向けて、19年12月にSiCウエハーメーカーのNorstelを買収するとともに、22年12月にはSoitecとウエハー技術(Smart Cut)で協業を発表している。

 加えて、先ごろカターニャに8インチウエハー対応の前工程工場「カターニャSiCキャンパス」を建設すると発表した。総投資額は約50億ユーロ。研究開発から製造、基板からモジュール、テストやパッケージング工程まで対応できる完全垂直統合型施設で、26年から生産を開始し、33年までにフル稼働を目指す。フル稼働時には最大で週1.5万枚のウエハーを生産する計画だ。

ロームはSiCウエハーを3倍増へ

 日本でSiC首位のロームは、SiCの25年度売上高予想を1300億円から1100億円へ、27年度の売上高予想を2700億円から2200億円へ、それぞれ修正した。販売数量に大きな変化はないものの、SiCモジュールの立ち上げ遅れ、産機向けの需要減、価格競争が想定より早まったことなどを反映したもの。宮崎第2工場の立ち上げ前倒しの影響などもあり、黒字転換の時期を25年度から26年度へ修正し、27~30年度に営業利益率25%を達成する方針へ改めた。設備投資のピークは25年度になる見通しという。

 一方で、SiCウエハーを製造する子会社の独サイクリスタルで、ニュルンベルクの既存工場の隣接地に新棟を建設する。26年初頭までに完成する予定で、既存の建屋も含めたSiCウエハーの生産能力を27年に24年比3倍に引き上げる。サイクリスタルは、ローム以外のデバイスメーカーにもSiCウエハーを販売しており、STマイクロと6インチウエハーの長期供給契約の拡大を発表したことなども増強の背景にある。

 ちなみに、SiCパワー半導体の主力生産拠点であるローム・アポロ筑後工場では、25年度から8インチウエハーでの量産を開始する予定。これに先立ち、宮崎第2工場では24年中に8インチ生産を開始する予定となっている。

ウルフスピードは8インチ立ち上げを急ぐ

 SiCウエハー市場で世界シェア首位かつSiCパワー半導体も製造する米ウルフスピードは、近年の大型投資によってSiC生産能力を急速に増強してきた。ニューヨーク州モホークバレーに8インチウエハーを用いるSiCパワー半導体工場、ノースカロライナ州サイラーシティにSiCウエハー新工場「The JP」、ダラム本社敷地内にSiC結晶&ウエハーの新工場「Building 10」を相次いで新設し、8インチベースの量産体制の構築を進めているが、その立ち上げに苦戦している。

 モホークバレーは22年春に稼働を開始し、収益を一部上げ始めているが、稼働率については目標としていた「24年6月までに20%」を何とかクリア。9月末までに25%、さらにBuilding 10からの結晶&200mmウエハーを使用して25年3月末までに稼働率を30%まで高める。「9月末までに25%」は計画より1四半期早く、25年夏までにモホークバレーにウエハーを配送するフルフローの適格性を確保する予定だ。これにより、25年3月までにEVパワートレイン用の生産をほぼすべてモホークバレーへ移管するとともに、ダラム本社での6インチ生産を閉鎖する時期を見極めるという。

 設備投資に関しては、歩留まりや投資効率が向上したことを理由に、今後減額していく方針を示している。25年度(24年6月期)の設備投資は12億~14億ドル。これは以前の発表値から2億ドル少なく、24年度の21億ドルからも減少する。また、26年度の設備投資は、24年末までに多くの固定施設支出を終えるため、2億~6億ドルを想定しており、26年度初めまでに営業キャッシュフローを黒字化する。これには、ダラム6インチ工場の閉鎖時期の検討や、全体的なコストフットプリントの削減が含まれる。この期間にはモホークバレーの稼働率を50~60%に引き上げる計画だ。なお、独ZFと共同でドイツに建設予定の8インチSiCウエハー工場は、当初23年前半にも着工する予定だったが、現在は「25年までに建設が始まることはない」として延期している。

8インチの早期事業化が受注や収益を左右

 こうして各社の計画を俯瞰すると、SiCの競争軸はすでに6インチから8インチへ移行しており、その立ち上げ状況が今後のシェアや収益性に大きく影響しそうなことが分かる。SiC市場では近年、デバイスメーカーがウエハーメーカーを買収して垂直統合体制を形成し、それに伴って6インチによる量産が一気に拡大した。量産拡大に加え、中国メーカーがウエハー市場に大挙参入したことも、品質はともかく価格を下げる点では影響を与えたとみられる。ウルフスピードは、8インチ化をいち早く実現することで先行者利益を享受しようとしているが、立ち上げの遅延で今のところその効果は当初想定を下回っており、逆に6インチ生産の急拡大およびウエハーの内製化進展と外販メーカーの増加&キャパ増によって、猛烈に追い上げられている。

 調査会社Yole Groupが5月に発表したリリースによると、21年に50%近くあったウルフスピードのSiCウエハー市場シェアは、23年に33%まで下がったと分析している。ウルフスピードは当初、8インチは自社生産のみに活用し、外販するのは6インチだけという姿勢だったが、ルネサスと結んだ20億ドルの提携では、25年からの6インチ供給に加え、The JP工場の稼働後は8インチも供給することにした。また、こうした流れのなかで、米コヒレントはSiCウエハー事業を分社化し、三菱電機とデンソーから出資を得て合弁会社化した。先述のYole Groupの分析では、23年のSiCウエハーのシェアを16%まで上げており、先ごろ8インチウエハーの販売開始もアナウンスしている。

 デバイス各社の発表を見る限り、自動車OEMやティア1がSiCを求める流れは今後も継続しそうだ。そのなかで、パワー半導体各社がSiCの垂直統合を進めてきたことで、これからは8インチ化によって顧客の求める数量とコストをいち早く提供できたところに、以前にも増して受注が集まりやすくなる。今後しばらくは、ウルフスピードが提示している立ち上げスケジュールが同社の受注や収益にどう寄与するのかに注目したい。世界経済のデカップリングによって、かつてのような国や地域をまたいだ自由競争という環境とは若干異なるものの、大口径化と量産立ち上げの遅れが以前よりも大きな機会損失につながりかねない状況へ変わってきたことは間違いないだろう。


電子デバイス産業新聞 特別編集委員 津村明宏

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