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イタリアとドイツのフェラーズ報告解読とは? わかりやすく解説

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イタリアとドイツのフェラーズ報告解読

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/28 01:28 UTC 版)

ボナー・フェラーズ」の記事における「イタリアとドイツのフェラーズ報告解読」の解説

中東専門G2将校であるフェラーズ少佐は、北アフリカ戦線での戦闘始まった翌月1940年10月、駐エジプト視察団観戦武官配属され地中海中東戦域(Mediterranean and Middle East Theatre)のイギリスの軍事作戦観察し報告する任務与えられた。イギリスフェラーズに彼らの活動情報へのアクセス許しフェラーズ知ったことを全てフランクリン・ルーズベルト大統領統合参謀本部国務省の「ブラック暗号」(Black Code)を使って報告した。 しかしイタリア軍事情報部(Servizio Informazioni Militare)がアメリカ参戦前の1941年9月ローマアメリカ大使館から暗号書を盗み出し撮影しており、イタリアヨーロッパ北アフリカにあるアメリカ大使館から発信されるほとんど全てのブラック暗号使った通信解読していた。イタリア同盟国ドイツ対すテコにするため、暗号書はドイツ渡さず解読ずみの情報ドイツ知らせた。 そのためドイツ国防軍最高司令部暗号部(Chiffrierabteilung des Oberkommandos der Wehrmacht)は独自にブラック暗号解読当たったフェラーズ大佐1941年10月昇進)の電文が、いつも"Milid Wash"または"Agwar Wash"で始まっていたことは("Milid"は"Military Intelligence Division"(陸軍省情報部)の、"Agwar"は"Adjutant General, War Department"の略)、ドイツ側に再暗号加算数(日本海軍では乱数呼んだ)を使った暗号解読容易にし、1942年1月末までにブラック暗号解読したフェラーズ同年2月ブラック暗号危険性を2回報告していたが、ワシントンが安全と指示したので使い続けた中東戦域(Middle East Command)最高司令官クロード・オーキンレック大将総司令部から第一線部隊まで情報集めて回ったフェラーズは、ワシントン1日に5回も報告することがあり、枢軸国軍側は、イギリス軍兵力配置損失援軍補給情況計画士気などの最高機情報を、フェラーズ発信から8時間以内に読むことができた。アドルフ・ヒトラードイツアフリカ軍団エルヴィン・ロンメルフェラーズ秘密報告送信2時間後に読むこともあった。ドイツ側暗号解読指揮したヘルベルト・シェーデル博士によれば、「ロンメル毎日昼食時に昨晩連合国軍配置正確に知らされのである」。ドイツ側フェラーズに「良いソース」("Gute Quelle")というコードネームをつけ、ロンメル上級大将フェラーズを「小さな仲間」と呼んだ枢軸国軍1941年以降イギリス軍反攻作戦クルセーダー作戦」で押し戻されていたが、フェラーズ情報利用できるようになったことで、1942年1月から再び攻勢出たロンメル上級大将指揮するドイツアフリカ軍団は、17日間で500kmも前進したイギリス軍ロンメル進撃阻止するため、マルタ島にある空軍基地から、ロンメルアフリカ石油補給線空襲をかけた。そのためロンメルマルタ基地からの空襲取り除かねばならなくなりマルタ島ドイツ側主要な目標となったドイツ空軍空襲マルタ島食糧燃料不足し5月末までには降伏瀬戸際追い込まれた。そこでイギリスは、6月マルタ島大規模な救援作戦決行することにした。枢軸国軍側の航空兵力の効果最小限にするために、護送船団アレクサンドリアからの「ヴィガラス船団」とジブラルタルからの「ハープーン船団」の2つ分けられた。両船団航行合わせて枢軸国軍艦艇航空機無効にするための特殊部隊攻撃計画された。しかしこの作戦準備された時、フェラーズいつものようにブラック暗号使ってワシントン通信送った6月11日付のフェラーズ電第11119号は、ローマドイツ国防軍最高司令部暗号部の双方傍受された。同電では次のように書かれている6月12日から13日の夜、イギリス破壊工作部隊が、9つ枢軸国飛行場飛行機に、粘着爆弾による同時攻撃計画している。目的地パラシュート長距離砂漠偵察隊到着する計画イギリス軍自由フランス軍襲撃隊は、リビア国境の背後クレタ島行動起こした。ほとんどの攻撃で、襲撃隊は警報受けた守備隊正確な砲火遭って多大な損失を受け、ドイツ空軍に損害与えることに失敗した唯一成功したのは、フェラーズ警報受信されなかったか、無視されたか、不適切処理されことによるのだった一方、両護送船団発見され攻撃受けたハープーン船団の6隻の輸送船護衛部隊は、ジブラルタル出港した翌日空中水上から継続的な攻撃を受け、2隻の輸送船だけがマルタ島辿り着いた輸送船2隻と駆逐艦1隻が沈没)。輸送船11隻、軽巡洋艦8隻、駆逐艦22隻などから成るヴィガラス船団は、輸送船2隻、軽巡洋艦1隻、駆逐艦3隻を失いアレクサンドリア引き返した

※この「イタリアとドイツのフェラーズ報告解読」の解説は、「ボナー・フェラーズ」の解説の一部です。
「イタリアとドイツのフェラーズ報告解読」を含む「ボナー・フェラーズ」の記事については、「ボナー・フェラーズ」の概要を参照ください。

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