伊勢春日部氏 (伊勢国)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/04/04 18:07 UTC 版)
「春日部氏」の記事における「伊勢春日部氏 (伊勢国)」の解説
進士氏の系図にも平氏を祖とする春日部氏の記述が見られる。進士春日部氏。主に伊勢国で活動した。 平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて、桓武平氏(伊勢平氏)の平正度を祖に持つ進士家資(富田家資)一族が伊勢国で春日部氏を名乗り、子孫の春日部詮義が伊勢国朝明郡(現在の三重県三重郡の一部)を所領したのが始まりである。一族の一部は国衙の関係者として武蔵国にも移り住んだ(大井氏、紀姓春日部氏)。伊勢春日部氏は北畠氏に仕え、神戸氏、関氏ら有力氏族と共に、北勢四十八家の一部勢力の伊勢の六人衆と呼ばれた。室町時代中期には、萱生城、伊坂城、星川城等を築城・居城とし勢力を拡大した。天正年間に織田信長に城を奪われ勢力を失ったが、江戸幕末まで武家として存続した。江戸時代後期には全国各地の春日部氏が伊勢春日部氏を頼って移住してきた[要出典]。
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