まもなく東日本大震災から2年を迎える。南海トラフ巨大地震で大震災より大きな被害が想定されている西日本各地では、大震災を教訓に、「地域共助」を目指し独自の取り組みが進められている。今回は、これまで南海トラフによる地震で最大級の津波に襲われてきた三重県尾鷲市賀田地区の取り組みを紹介する。(記事・北村理 デザイン・森口友也)犠牲者ゼロのまちへ 賀田地区は巨大地震が発生した場合、地形上の特徴から、三重県沿岸部では最大級の津波に襲われる。 戦時中の昭和19年12月7日の昼間に発生した東南海地震では9メートルの津波が来襲。当時小学4年だった榎本登志彦さん(77)は、両親が農作業をしていたため、0歳の弟と3歳の妹の子守をしていたという。 「津波なんて知らなかったが、揺れが強くタンスがこけたので怖くて外へ出たら、大人たちが『津波がくるぞ』と叫んでいた。2人を抱え無我夢中で逃げたが、四方から津波が襲ってきた