以下を読みつつ改めて感じた、「趣味として、アカデミックな資源、とくに論文としてものされたそれらをある程度活かしつつ(すくなくとも活かそうとしつつ)ものを考える」ことに際するさいきんの悩みについて書きます。 哲学の論文をタダで読もう:趣味としての哲学研究のすすめ - Lichtung アカデミックな資源(とくに論文)を活かしつつものを考えるって、なに? 待って待って、「趣味として、アカデミックな資源、とくに論文としてものされたそれらをある程度活かしつつ(すくなくとも活かそうとしつつ)ものを考える」ってどんな営みなの? ってのは当然の疑問です。ここでもうすこし明確化しておくべきでしょう。 「考える」対象について 前からこのブログでもわめいているとおり、「フィクションってなんやろね、どうはたらいとるんやろね」だとか「言語による表現ってなんやろね、なにができるんやろね」だとか、興味の対象なんていく